見出し画像

言語かイメージか? 「文章を読む」という共通ゴールも、得意な領域で達成すればいい【開発者インタビュー/後編】

現在の教育システムが抱える、集団教育ゆえに個別の支援がままならない課題について、前編『「うちの子、発達障害!?」 言葉を一人歩きさせず、客観的指標で原因を知ろう』で取り上げました。

個別の支援をサポートするツールとして、私たちワーキングメモリ教育推進協会では、HUCRoWアセスメントを提供しています。

今回も、広島大学大学院の教授であり一般社団法人ワーキングメモリ教育推進協会の代表理事である湯澤正通さんと一緒に、HUCRoWへの思いや活用方法について考えます。

イギリスの研究室でワーキングメモリの最新研究を知る

野瀬愛未(以下、野瀬)
湯澤先生は、イギリスで、HUCRoW開発の原点となるワーキングメモリの研究に出会われたのですよね。

湯澤正通先生(以下、湯澤)
はい。ワーキングメモリの研究は古くからありますが、発達障害や学習の遅れと関わっているとはっきりとわかったのは、ここ20年ほどの話です。

湯澤
もともと、ワーキングメモリは妻の研究テーマでした。妻がイギリスに留学した際、ワーキングメモリを専門とする研究者の研究室にいたため、私もその講義を受けたのが研究テーマとの出会いです。私は教育心理学が専門で、子どもの学習も研究テーマのひとつ。最新の科学でワーキングメモリと発達障害の関係がわかってきたと知り、興味をもって研究をスタートしたのです。

野瀬
それから、もう20年にもなるんでしたよね。

湯澤
そうですね。ワーキングメモリのテストはいくつもありましたが、妻が所属していた研究室の研究者が、PCで受けられるテストをつくっていました。結果を生かして子どもたちにトレーニングなどもしており、日本でも同様の研究をしたら役に立つだろうと考えたのです。

日本でワーキングメモリの研究をスタートし、HUCRoWの開発へ

湯澤
日本でもワーキングメモリのテストをつくり、学校などの現場で生かしたい、と考えたのがHUCRoWの始まりです。プログラムをつくってデータを取り、データを解釈しながら現在に至っています。

研究を通して、ワーキングメモリの観点から子どもたちの問題を解釈し、支援していくと、実際に子どもたちの役に立つとわかってきました。それを社会に還元するために、社団法人を立ち上げてHUCRoWを広めていく活動を始めたんですね。そのときに、野瀬さんも一緒にスタートしました。

野瀬
はい。私がHUCRoWやワーキングメモリの考え方に出会ったのは、塾の現場で勉強を教えているなかで「どうして、できないんだろう?」とモヤモヤしていたころです。湯澤先生の講演を聞き、「そういう視点があるんだ!」と開眼。子どもたちが学習でつまずいている原因はここにあるのではないか、とヒントを得ました。

野瀬
湯澤先生の書籍には、「私たちが目指すところは、全国学力テストの数字をいかに上げるかではなく、『わかった実感』が喜びの笑顔に変わっていく瞬間をより多くの子どもに持ってもらうこと(※)」とあります。

ワーキングメモリの観点から子どもを見ていくと、つらく苦しい勉強から、「わかった」と理解ができ、楽しくなるような学びにつながっていくと感じています。「わかった」という体験が、結果的に点数にもつながっていくのだと考えています。

※『ワーキングメモリを生かす効果的な学習支援―学習困難な子どもの指導方法がわかる!』(学研プラス)

HUCRoWで弱みを知り、基礎の部分を教材でフォロー

野瀬
改めて、湯澤先生はHUCRoWを今後どのように発展させていきたいと考えていますか?

湯澤
HUCRoWアセスメントは、さまざまな困難や問題を抱えている子どもに対して、その原因を明らかにし、解決していくための一歩になるでしょう。

同時に、原因がわかったあとで、対応する学習やトレーニングなどを、保護者や教育現場の方、子ども本人に、もっと提案していきたいと考えています。

湯澤
トレーニングについては、学習の本が2022年の11月に出版され、2023年の3月にも出版を予定しています。個別に対応する支援は子どもによって異なりますが、読み書きや算数など、基礎となるところはある程度の共通点があります。そのため、共通した基礎の部分を積み上げていくトレーニングは、教材として提供できるのです。

簡易版HUCRoWで数年先を予測し、通常版で原因の特定を

野瀬
基礎のトレーニングは、できるだけ早いうちから取り組んでほしいですよね。

湯澤
そうなんです。ワーキングメモリは成長してもそれほど大きく変わるものではないので、HUCRoWアセスメントで、将来のつまずきをだいたい予測できます。HUCRoWには簡易版と通常版の2種類があり、簡易版は4~7歳くらいが対象です。

京都と広島の小学1年生に入学直後のタイミングで簡易版HUCRoWを受けてもらい、その後の読み書きの発達を追跡しました。小学校入学時のワーキングメモリの数値が低いと、2~3年生になった時の国語や算数の成績が低くなる傾向があります。ところが、数値の低い子どもたちに対し、1年生のうちに算数や国語の基礎トレーニングをすると、2~3年の成績が平均くらいになる、というデータが取れました。

 「勉強に遅れてから」ではなく、遅れる前に対策ができるのです。

野瀬
簡易版HUCRoWは、小学校へ入学するすべての子どもに受けてもらいたい。学習につまずきが出てくる高学年になってから慌ててHUCRoWを受け、対策をする子どももいますが、「もっと前に受けていればよかった」という保護者の方のお声も聞きます。

入学直前か直後に受けておけば、先を見越して対策ができますよね。

子どもにとってのゴールは?

湯澤
一方で、通常版HUCRoWは、小学生以上を対象としており、学習に後れを取っている子どもに対して原因を特定するもの。全員が受ける必要はないでしょう。「学習につまずきを感じたら、まずはHUCRoWを受けよう」と、第1の選択肢になるといいと思っています。

小学校3年生くらいで、「いまは遅れているけど、そのうちできるようになるだろう」と考える親御さんもいます。ただ、「そのうちできるようになる」が当てはまらない場合、子どもは自分のせいではない弱い部分に大変苦労することになります。早いうちからHUCRoWアセスメントを受けていれば、早くから的確な対策ができます。

野瀬
HUCRoWアセスメントの結果を親御さんに報告すると、「弱い部分を埋めるにはどうしたらいいですか」といった質問を受けることがあります。弱い部分を埋めようとすると、子どもに大きな負荷がかかりますよね。

湯澤
苦手でも身につけなくてはいけないスキルと、得意を伸ばせばいいスキルがあると思います。最終的なゴールを就労と考えると、「かな文字が正確に書ける」「自分の名前や住所は漢字で読み書きできる」「お金の計算ができる」という必要最低限のスキルは身につけなくてはならないでしょう。平均的な子どもより負担は大きくなるかもしれませんが、学習してほしいと考えています。

基礎をつくってから得意を伸ばしていこう

湯澤
ただし、HUCRoWアセスメントを受けると、ワーキングメモリの中で「言語の領域が高い」「イメージの領域が高い」といったことがわかります。「文章を読む」という同じ行為でも、言葉を音にして読んでいくのと、言葉を頭でイメージに変えながら内容を把握するのでは、方法が異なります。そこで、「文章を読む」という共通のゴールを達成するために、自分の得意な方を使っていけるのです。

不得意を全部克服しなくてはいけないわけではなく、得意を生かしながら実現していきます。ただし、生きていくためにすべての教科が必要なわけではありません。受験勉強などでは、得意な科目を伸ばしていけばいい。

野瀬
いまは勉強の話ですが、将来的には仕事にかかわってきます。仕事でも学びは続くので、自分に合っている勉強法を知っておくことは、一生使えるスキルですよね。

湯澤
自分に合った勉強法は、多くの子どもがテスト勉強などを通じて知っていくことではありますが、1人ではできない子どももいます。そのような子どもでも、HUCRoWアセスメントで支援できるのです。

また、学習以外にも、ワーキングメモリの数値が低いと日常のコミュニケーションに問題を抱える場合があります。それを知らずに就職して、退職せざるを得なくなり、発達支援センターに駆け込む……という成人の方もいます。そういった方の場合にも、通常版HUCRoWを使って強い部分を見つけ、そこを生かして日々の学習を重ねっていってほしいです。


【野瀬愛未からの、インタビュー後記】
ワーキングメモリの弱い部分を知らないがために、「なぜ、できないの?」と原因がわからなかったり、「これをやればできるはず」とやみくもに学習を進めてしまいがちです。また、日常生活の部分に問題を抱える子どももいます。それでも、原因を知れば、適切な対策ができます。

小学校入学前後のお子さんは簡易版HUCRoWで将来の予測と対策を、いまつまずいている小学生のお子さんは通常版HUCRoWで原因の特定を、できるだけ早くしてほしいと願っています。

 

■簡易版「HUCRoW」から試してみる

簡易版・HUCRoWお申込みのご案内 | 一般社団法人ワーキングメモリ教育推進協会 (ewmo.or.jp)

編集協力/コルクラボギルド(文・栃尾江美、編集・平山ゆりの)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?