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【掌編】胡蝶蘭は中間管理職(第5話)

「あたし、そんなつもりで言ったんじゃないもん!」

暖簾に腕押しと言うコトワザを知ってて良かったと思う。じゃないと、この状況の説明のしようがない。

もうかれこれ1、2時間は、腕を押しているのだ。

いい加減やめようかとも思ってはいるのだが、おれの事を試しているのかと思い忍耐強く続けている。

知ってる。

継続は力なりというやつだ。

奥さんのご機嫌をとることは夫としての最重要課題ではあるが、「100年後の子孫に解決を委ねましょう」という大陸的発想も大切ではないだろうか。

いや、100年もこんな状況に耐えられるわけが無い。

そもそも、奥さんではない。

この店のスタッフじゃないか。

「おれも、そんなつもりじゃないし」
「は!?なんなの!?その言い方!」

いやいやいやいや、『そんなつもり』がどうのこうののくだりは、君が始めたんじゃないのか?

つーか、自分が何者なのか分かっているのか?

いや、愚問だ。

自分が何者であり、何の為に生きてるのかを理解している者など、この世界に誰一人として存在しない。

人は自分が信じたいことしか信じようとはしない。

他人の真実など、どうでもいいのだ。

大切なのは自分にとって都合がいいかどうかである。

「わかったよ。おれが悪かった。ごめんね」
「なによそれ?それじゃ、あたしが駄々こねてるみたいじゃない!」

「ちがうって、そうじゃないよ」
「じゃあ、なんなのよっ!?」

・・・

えー・・・っと・・・もう、帰ってもいいでしょうか?・・・

「あのぉ・・・お取り込み中、すみませんが・・・」

奥の席にいたスタッフが、その客の会計を頼みにきた。

渡りに船である。

「あっ、ごめんね」

そう言うと、お金の計算をするためにお店の奥に入っていった。

「ねぇ、さっきから、なに喧嘩してんの(笑)?」

この子は、あの子の高校の時の後輩で、あの子に誘われてこの店で働いている。

黒くて長いストレートの髪が、ロイヤルブルーのドレスの腰まわりに流れている。年のわりに落ち着いた雰囲気に見えるのは、生まれついての素質なのか。この子なりの歴史の結果なのか。

「・・・べつに・・・」
「ふふふふ(笑)。夫婦喧嘩?(笑)」

「うるさい!」

夫婦であるわけがないが、夫婦であり、現実ではないが、現実であり。

夢だろうが現実だろうが、たいして現状認識に影響はない。

生きることなど、所詮百年弱の仮住まいにすぎず、そんな真に受ける必要などどこにもない。

人生とはショートコントだ。

笑えればそれでいいじゃないか。

「・・・・」
「・・・・」

とは言ってもだ・・・

ギリシャ時代から、なんとかマシーンでやってきた、この復讐の女神は、なんとかしないといけないだろう・・・

はて、どうしたものか。

「・・・・」
「・・・あのー・・・」

「・・・・」
「・・・帰ろっかな・・・」

「・・・そっか」

三十六計逃げるにしかずである(笑)

なんでまた、こんなことになったのか真実を知りたいところではあるが、真実を知ったところで幸せになれるとは限らず。

真実の定義も幸せの定義も曖昧で。

結局、不幸な人間は、自ら好んで「不幸フィルター」を創りあげ、この世界をでっち上げているだけであり。

一方で、幸せな人間は「幸せフィルター」を備えていて、どんな状況であっても希望を見つけ出すのだ。

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《よぉ、相変わらず、楽しそうだなぁ》

《・・・何よ・・・何しにきたのよ・・・》

《どうでもいいけどよぉ、あの男、どうするつもりだぁ?あ?》

《・・・関係ないでしょ・・・あんたには・・・》

《・・・あ?・・・なに?・・・》

《・・・》

《自分の置かれてる状況が理解できてんのかぁ?》

《・・・もう少し・・待ってよ・・》

《・・・あ?》

《・・・あと一週間、待って・・・》

《これが最後だ》

《・・・》

《分かったな》

《・・・》

【つづく】


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