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10年ぶりに買った口紅が神だった話


私は口紅との相性がバチクソに悪い。何色が合うか分からないとかそういう次元じゃなく、10本塗ったら9本の割合で唇が「やすりかけたの?」ってくらい荒ぶる。きっと前世で口紅になにがしかの不敬をはたらいたのだろう、クレヨンの替わりに落書きに使った的な……。現世ではもう、口紅とのお付き合いは諦めている。



いつぞやにそんな嘆きを聞いていただきましたが、今日はそんな自分が10年ぶりに口紅を買った話をしたいと思います。



それは昨年末、親友に贈る誕生日プレゼントのことで頭を悩ませていた時のこと。インスタのタイムラインで、とある広告に遭遇した。



『花西子 Florasis(フローラシス)』という中国のコスメブランド。ひと目見た瞬間、ぴん、と来るものがあった。このルックス、間違いなく親友の好みにどストライクなやつだ……!

調べたところ、2021年秋に日本での公式サイトがオープンしたばかりらしい。ブランドネームは、「花でうつくしくなる」というコンセプトのもと、FloraとSisterを組み合わせ、「うつくしい花の女神」という意味を込めて名付けられたそうだ。

公式サイトに並ぶ商品は、どれもため息が出るほどうつくしかった。いかにも中国らしい緻密で繊細なレリーフ、華やかでありながら絶妙にシックな色使い。お値段もデパコス並みで、贈り物としてはちょうどいい価格帯だ。ヒュウ……!なんてすてきなんだいベイビー、と呟きながら夢中になってサイトをさまよっているうちに、辿りついたのがこちらだった。


鮮やかな赤の口紅。親友が日ごろ愛用している色合いに近いし、これなら使いやすいかも!

親友はコロナの野郎がアレして以来、ずっと在宅仕事をしているけれど、自宅だろうと毎日きちんとお化粧をする暮らしぶり。特に彼女にとって口紅は欠かせないアイテムのようだから、これは喜んでもらえるかも?


と、色見本写真と共にこんな紹介文が並んでいた。


・同心錠とは二人の心を繋がるあかしである。そんなかけがえのないリップスティックで、特別なロマンを愛する人へ
記念すべき日にちに、この思いを込めた気持ちを大切な人へ


これしかねえ……


その後はただちに、ネット上の口コミ情報発掘に乗り出した。日本での直営販売が始まったばかりで、口コミ情報そのものを見つけるのが大変だったけれど、ようやく探し当てたレビューの印象はどれも悪くない。というかおおむね好評。

ヨッシャヨッシャ、さっそく発注だー!と息巻く私。だがここへ来て、ある数式が脳裏に浮かんだ。


「二人の心を繋ぐ縁結び的アイテム」
×
「お揃いというキーワードが大好きな親友」


買うべきではないか。ご自宅用を。



ここで冒頭の過去記事引用を思い出してほしい。そう、私は口紅とのご縁に恵まれない人生を歩んできた女。面の皮の厚さとは反比例するかのように、非常にデリケートでセンシティヴな私の唇……それをしっとりとやわらかく包み込み、ほんのりと彩ってくれる夢の1本を求め、シティーの煌びやかなコスメカウンターを渡り歩いた日々もあった。けれど私が通った道に残されたのは、ひと塗りしただけで唇の皮をボロボロに枯らした兵(つわもの)どもの死屍累々……。やがて私は、今生で口紅を塗ることを諦めた。


この商品もおそらくまた、私の唇には合わないだろう。いやそれ以前にこの商品のカラーバリエーションは、鮮やかながらもこっくりと深みのある赤を基調とした、つまりは成熟した大人の女性にふさわしいものばかりだ。万が一唇に合ったとしても、鉈がよく似合うことで定評のある私の面構えに合うとは到底思えない。購入したところで、ドレッサーの肥やしになるだけだ……。



マーそれでもいっか、飾っとけば。



三日間悩んだ末、私は親友用と自分用の二品を発注した。お揃いのコスメを所持して親友の反応を見たかった、というのが主な理由だけれど、まあなんというか……要はこの口紅にひとめ惚れしてしまったのだ。使えなくてもいい、手元に置いておきたいと思ってしまったのだ。その証拠に、自分用に選んだ色は「M211 もみじいろ」という鮮やかな赤。赤い口紅なんて生まれてこのかた買ったことがない。すごくすごく憧れるけれど、自分の顔には絶望的に似合わないと思うもののひとつだから。なのに赤を選んでしまった。熱に浮かされたような感覚だった。


そして待つこと半月。


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期待通り、いや期待以上にうつくしい品が届いた。小ぶりのパーティバッグを思わせるケース、一面に施された繊細な彫刻、黛青の石と華奢な金の鎖で作られたチャーム……なんかもう、手に載せてるだけで自分が美人になってきたと勘違いできそう。そういうオーラがほとばしっておいでである。


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鍵穴をモチーフにしたボタンを押すと、ケースから口紅部分が突出する仕組みだ。


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(使いかけの画像ですみません)口紅部分にも緻密かつうつくしい彫り物が施されている。


さて……使えなくても飾っとけばいっかー☆とは言ったものの、こんな女子力の権化みてえなブツが届いてしまった以上、使ってみたくなるのが乙女心といふもの。

愛用のリップクリーム(これに辿りつくまでにも相当な辛酸を舐めた)を塗り、その上からおそるおそる、10年ぶりくらいで口紅を塗ってみる。

鏡の向こうからこちらを見返してくる、いつもとは違う自分の顔。唇に色がついてるだけですごい違和感……やだやだ気持ち悪い、やっぱやめよ!そうして塗ったばかりの口紅を勢いよくティッシュで拭い取る。……というのが、過去に何度も繰り返してきた、新しい口紅との対面シーンだった。

ところが今回、私はそれをしなかった。

何しろ10年ぶりの口紅、それも人生で初めて自分で買った赤だ。当然違和感はある。あるのだけれど、なんというか、思ってたよりしっくり来て、いる、よう……な……?


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※こちらの画像は公式からお借りしています


公式サイトに出ていたのがこんな↑だったので、がっつりこってり鮮やかな赤に染めるわよ~おーっほっほっほ!みたいな感じをイメージしていた。けれど実際塗ってみると、きちんと発色はするものの、ベターっと激しく主張するような感じはない。まあ私がびびりにびびりまくってひと塗りだけしたせいもありましょうが、着け心地は非常に軽やかだし、予想よりもずっと透明感のある発色だ。変なテカり感もべたつき感もない。それでいて、唇にはしっとりと馴染んでくれている。相性の悪い口紅(およびリップクリーム)を使った時の、唇がひりつくような嫌な気配も全くない。

私は顔がまん丸い上、人格の五割を永遠の14歳少年に占拠されている都合上大人の色香とは無縁な顔立ちだし、おまけにおちょぼ口。ずっと憧れつつも、赤い口紅なんて生涯無理だと思っていた。たまに試してみても、毎回毎回大層不気味な七五三コスプレにしか見えず、音速で鏡から目を背けて拭き取ってきた。

でも、これは。この赤い口紅ならば、もしかして……。


その予感は当たっていた。


ひとめ惚れした勢いで試用もせず購入した品が、私のデリケートでセンシティヴな唇に対してさざ波ほどの違和感も与えなかった、その奇跡に完全に舞い上がった私は、翌日から毎朝この口紅をつけるようになった。

相変わらずファンデーションを塗らない生活なので、日焼け止めにミラコレ様をはたいて眉を整えマスカラを塗り、最後にこの口紅を引く。そんなことを繰り返しているうちに、自分にとってベストな塗り加減が少しずつ掴めてきた。濃すぎず、かといって薄すぎず、私のひらたい顔にほんのりと彩りを添えてくれる匙加減。それがほぼ身につくころ、私はふと、自分の中にある変化が起きていることに気づいた。


身支度の仕上げに紅を引き、鏡の中の自分と対峙する瞬間、なんとも言えない感覚に包まれる。背筋がまっすぐに伸びるような、気持ちがぴしりと居ずまいを正すような、そんな感覚だ。

ほとんど化粧っけのない顔の中で、唇だけが赤い。晩秋を鮮やかに彩る紅葉のような、太陽が昇り始めた東の空のような、澄んだ紅。それが私を心なしか、凛と引き締まった風情に見せてくれている……ような気がしてくる。そんな自分と対峙する時間はすがすがしく、そしてとても心地よい。よし今日も頑張ろう、とスイッチが入る。

こんなご時勢ゆえ、塗った後はマスクで隠してしまうのだけれど、なんというか……唇に紅をさしている、という事実が、私の心身を鼓舞させてくれるようなのだ。戦化粧ってこういうこと?



口紅が彩るのは、唇だけとは限らない。

長年憧れていた色に唇を染める時間は、私にそんなことを教えてくれた。


10年ぶりに口紅を買ってから2ヶ月半。その後唇が荒れることもなく、改めて私にとっては救世主的逸品だったことを痛感している。ごく薄く塗っては鏡に向かってニンマリするのも、朝の習慣になった。休日でだるーんとした気分の時も、洗いざらしの素顔にこれを引く。するとなぜか気持ちが引き締まり、ヨッシャヨッシャお掃除でもするかー!という気合いが満ちてくる。


ちなみにこれを贈った際の親友はというと、私の腰が若干引きかけるほどそら恐ろしいテンションで喜んでくれた。読み通りこのルックスが彼女のハートにバチンコ☆どストライクだったようだ。そして、縁結びを意味するデザインだから私もお揃いで10年ぶりに口紅買っちゃったよ、と告げた時、彼女の目尻には涙がにじんでいた。


「ねえワカナ、これってプロポーズってことだよね?そうなんでしょ?」
「ば、バッカ……皆まで言わせんなよ恥ずかしい」

(実際のやり取りを無修正でお届けしております)


親友は私とは違って口紅難民ではないけれど、発色も使い心地も今まで愛用してきた中でトップクラスに入るよ!と喜んでくれていた。予想以上に、いや予想の斜め上を行くレベルで喜んでくれて、私もとてもうれしい。先日は彼女の息子くんが卒業式だったのだけれど、その晴れ舞台に彼女はとっておきのお着物を着て、この口紅を塗って出かけてくれた。今度は私が泣きそう。


私がこの口紅を塗ったところは、今のところ恋人と親友くらいにしかじっくり見せていないのだけれど、二人とも「きりっとした感じだけど溌剌として見える。すごく似合ってるから自信持ってけ」みたいに言ってくれた。こそばゆさに身悶えしつつ、鼻の下はだるだるに伸びている。そろそろ足首に到達しそう。

ちまちまとしか塗らないので、使い終わるまでは相当な時間がかかりそうだけれど、その分長いお付き合いになりそうだ。



ちなみに冒頭に貼った記事で口紅難民生活の嘆きを洩らした際、荒れにくいと評判の口紅情報を寄せてくだすった方がいました。



カラーバリエーションが豊富すぎて、サイトを見ているだけでわくわくする!唇に載せた感じを見てみたいので、これはぜひともカウンターにお伺いして、あれこれ目移りしながら試してみたい。赤は神の逸本(いっぽん)を手に入れたから、オレンジ系とかベージュ系とかをここで買ってみたいな。早くシティーに気軽に行けるようにならないかな。


ところでこの「セルヴォーク」を教えてくだすった方は、以前こんな記事を書かれています。


私が初めて餃子さんを知ったのがこの記事だったのだけれど、読んでたちまち「この人いいな、すごくいい……。すげえ好き!」と恋に落ち、即フォローした。(なおこの記事はワカナ用ひみつマガジンに格納され時々読み返されている模様)

note界きっての凄腕料理人のお一人に、料理系じゃない記事で初邂逅を果たすとは、我ながらなんという引きの良さ。持ってるじゃねえのワカナ。ちなみに私はかなり長い間、「ブルベ夏ぅ?そりゃブルーベリーは夏に決まってんでしょ」という認識しか持っていなかった。そして今もよく分からないままだ。そもそも理解する気がない。


この年になってようやく知った、唇に紅を引く喜び。

その喜びはぜひとも、私の「好き」を基準にして、大切に育みながら楽しんでいきたい。








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