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生き残されし彼女たちの顛末 第2部 第32章 幹部たち(2)

 翌9月9日の月曜日、前日に昼、夜とたらふく飲み食いしたこともあって、4人とも朝はコーヒーのみですませた。
 朝から本降りの雨。気温はそんなに高くないが、かなり蒸す。
 周光立の自宅から第9支団オフィスに向かう道すがら、ヒカリが周光立に尋ねた。
「昨日は、李勝文さんたちに結構お話ししちゃったけれど、大丈夫でしょうか」
[一応「極秘」ということは言っておいたからね。あの人たちなら無茶はしないだろう]
「でも特に朱菊秀さん。決して悪い人じゃないんだけれど、あんな感じだから…」
[少しぐらい情報が流れることは想定している。いま進めている幹部への説明にしても、秘密保持を厳重にするなら「支団副書記以上」とか絞ることもできる。話がどこかから漏れることは十分あり得るだろう。少しくらい情報が流れても、かえっていいと考えている]
「どうして?」
 新中山路から東西一路に右折するタイミングで一瞬沈黙したのち、周光立が続ける。
[いま流れている噂話は、どれも情報量が少なく、悲観的なものが圧倒的に多い。それらに対抗するとまではいかなくとも、正しい情報に基づいた少しは楽観できる話が流れるようにすることに、それなりの意味があるんじゃないかな。事前に少し流しておいたほうが、正式に発表したときの受け止める側の納得感も高まるんじゃないかとも思う]
「なるほど」
[楊大地、高中の2年先輩の馮万会(フォン・ワンフイ)を覚えているか]
[ああ、文芸部の部長だった。いまはたしか、長江新報の主任編集員]
[そう、彼に先月末に会った。いまシカリに話したのは、そのときの受け売りだ]
[じゃあ、馮万会には話をしているということか]
[そう。OK出すまでは絶対記事にしない、という約束でね。彼なら信用しても大丈夫と思うし、いざというときの味方を、プレスに作っておいたというわけだ]

 9時少し前に、第9地区の少し第10地区寄り。虹口街区のメインストリート虹口東西路に面した第9自経団のオフィスに着いた。
 通された部屋には、上海副総書記を兼ねる第9自経団と第10自経団の書記と、各自経団の副書記を兼ねる支団書記の面々が揃っていた。全部で合わせて12名。周光立がダイチとヒカリ、高儷を紹介し、二人の副総書記が自己紹介とそれぞれの部下の副書記の紹介をした。
[本当にお集まりのみなさんだけへの説明でよろしいのですか]と周光立。
[ああ、そうしていただきたい]と第10自経団書記の鄧超(ドン・チャオ)が答える。50代前半の男性。
[我々としては、今の段階であまり話を広げたくないのです]と第9自経団書記の曽万虎(ツァン・ワンフー)。40代後半の男性。
[あなたも本音では、厄介なところを一度にさっとすませたいのではないかな]と鄧超。
[これはこれは。まあ、追加でご説明が必要なら、私はいつでも参上しますよ]
[では、始めてくれるかな]
 いつもの通り、周光来のビデオメッセージに始まり、ダイチ、ヒカリ、高儷の順に話をして周光立が締め括った。
[聞いたところでは、持盈商業劉流通集団の元董事長の黄美帆を含めて、長老たちに話をしたとか]と鄧超。
[さすが、お耳が早い。昨日午前中に集まっていただきました]
[ということは、この話は長老たちが同意しているということかな]
[いくつかご指導はいただきましたが、大筋では]
[我々は、みなが安全にやり過ごせる方法なら、連邦に頭を下げようが構わない。しかし…]
[頭が痛いのは、ご存じの通りキャラバン・コネクションの連中です]と曽万虎。
[いままで連邦相手においしい商売をしていた反動で、いまはすっかり連邦を敵視するようになっています]
[私らがちょっとやそっと言っても、納得するような連中じゃないからな]と鄧超。
[その点は黄名誉董事長からも、ご指導をいただきました。武昌支団に彼らと懇意にしている者がいますので、その者を交えて私共から話をしようと考えています]
[それは、武上物流の張子涵のことか?]
[そうです]
[なるほど、あの張子涵か…女総経理のお手並み拝見だな]

 降り続く雨の中、第4地区の第18支団オフィスに戻る。昼食は帰途、ファストフードの麺で軽くすませた。
 ダイチ、ヒカリ、高儷は武昌支団幹部会にPITで参加。大きな変化は無し。
 引き続きマオ委員会。
[ご無沙汰しています]と挨拶し、周光立が加わる。
 ダイチから現時点での上海の状況について報告する。
[まずは順調、というところかな]と委員長の楊清立。
[そうですね。かなり見通しが立ってくるとともに、越えなければならないハードルも見えてきました。張子涵、帰ったら詳しく話すけれど、きみの力が必要になる]
[おう、なんでも。お安い御用さ]
 周光来の秘書の劉静から送られてきた、長老たちとの集合写真をPITで共有する。
[周光来もお元気そうだね]と楊清立。
[3人が武昌に戻る前に、もう一度会う予定です]と周光立。
[よろしく伝えてほしい]と楊清立。

 18時少し前にマオ委員会は閉会した。武昌の会議室。ふだんならさっと片づけをして帰り支度に入る陳春鈴が、席に座ったまま、PITの画面を眺めている。
 気づいた張子涵が声をかける。
[おい、どうした。もう定時回ってるぞ。お前らしくない]
[う、うん…あのさあ、周光立って、結婚しているのかな]
[そうだな。楊大地と同い年ならしていてもおかしくはないな。なんなら聞いてみようか?]
[いや、いいんだ]そう言ってそそくさと席を立ち、会議室の片づけにとりかかる陳春鈴。
[…はは、相変わらず、わかりやすい奴だな]と張子涵は呟くと、片づけを手伝う。

 翌10日の上海。前日の雨は早朝のうちに上がったようで、雲の合間から陽が差している。
 朝9時から第5自経団幹部を前にビデオ上映と説明。周光立の事前の予想通り、好意的な反応に終始し同意を得ることができた。
 新中山路に面したハンバーガーショップで昼食をすませると、午後最初となる第2自経団のオフィスがある第6支団へ向かう。
 ここは周光立にとって思い出の場所。高中を出てすぐに自経団スタッフとなった彼が最初に配属されたのが第6支団で、1年早く入っていた周光武と同じオフィスでキャリアをスタートしたのがこの場所だ。
 当時副総書記で第2自経団書記だったのが艾巧玉(アイ・チアオユー)。モンゴル人の女性で本名をアザヤ・ツォクト・オチルという。周光来の孫ということで、二人とも艾巧玉からはよく声をかけてもらった。
 周光武は公安局、周光立は民政局でそれぞれ局長助理、副局長までを第6支団で務めた。初任から4年目に周光武は第7自経団傘下の支団に転属になり、局長兼務の副書記になった。周光立も1年遅れて第4自経団傘下の支団で局長兼務の副書記になった。
 艾巧玉は今から5年前、第2自経団書記兼務のまま上海総書記に就任した。本日これからの説明は、周光立にとってキャリア最初の「雲の上の人」に対するもの、ということになる。

 開始まで30分を切った12時半少し過ぎに第6支団オフィスに到着し、さっそく大会議室に通された。
 案内してくれたアシスタントが、冷茶の入ったポットとグラスを運んできて4人の前に置いた。みなグラスに茶を注ぎ、口にする。
 いささか緊張気味の周光立に、事情を知るダイチが声をかける。
[大丈夫か]
[正直言って、長老たちのときより緊張しているかもしれない]
[いつも総書記会でお会いしてるんだろ。ふだんの調子でいこうや]
[実は、ふだんから緊張してるんだ]
「総書記会」は上海自経総団の総書記及び副総書記、合わせて10名をメンバーとして、月に1回開催されている。

 第2自経団幹部が続々と集まる。そして定刻5分前に艾巧玉が大会議室に入ってきた。
[周光立。今日はよろしくお願いします]と、その50代後半の女性が声をかける。
[は、はい。どうぞよろしくお願いします]
[楊大地、あなたとはお久し振りね]
[前にお会いしたのは、たしか周光立が副総書記になった頃なので、2年ほど経っているかと思います]
[武漢はどんな具合?]
[文字通り「どうにかやっている」という感じでしょうか]
[上海も同じですよ。どうにかやっている…ごめんなさい、本題に入らなくてはね]
[かしこまりました。それでは最初に、周光来のビデオメッセージをご覧いただきます]
 周光立の緊張も、少しほぐれてきたようだ。
 他の自経団のときと同様に進行し、質疑応答もおおむね好意的なものだった。
 最後に艾巧玉がおもむろに立ち上がって話した。
[私も彼らの対策案に同意します。周光来のメッセージにもありました通り、連邦に対してよく思っていない者も多くいるでしょうが、そんなことを言っている場合ではありません。住民の安全を守るため最善の策に従うべきと思います。みなさんもよろしいでしょうか]
 会場から賛同の拍手が起こる。
 会合が終わり、4人が次の場所へ向かおうとしていると、艾巧玉がやってきた。
[少し気になることがあります。少しだけお話しできますか]
[もちろんです]と周光立。
 艾巧玉の執務室に入り、応接に腰をおろす。
[気になったのはまずひとつ。上海真元銀行とは話をされたのですか]
[周名誉総裁、胡元監事のお口添えで、明日の午前中、唐小芳総裁にお時間を頂いています]
[それは結構。大がかりなプロジェクトになるでしょうから、資金面の手当てをしっかりとしておかなければなりません]
[とくに武漢などは財政的基盤が弱いので、支援をお願いしようと思っています]とダイチ。
[さて、本当に気になっているのは…周光立、第7自経団の周光武のことです]と第6支団オフィスにある執務室で、上海総書記の艾巧玉が続ける。
[7月、8月と2ヶ月続けて総書記会にも顔を出していません。最近彼と会いましたか?]
[先週の木曜日にアポなしで押しかけて、やっと二言、三言交わしました]
[それだけですか?]
[何度もアポを取ろうとしているのですが、応じてくれません]
[では第7自経団への説明は?]
[目処が立っていません。武漢組の3人は明後日に戻ります。明日の午後に時間を取っているので、トライしてみようとは思うのですが]
[そうですか…状況はわかりました。10ある自経団のうち9つ、上海真元銀行、そして長老たちの同意が揃えば、連邦との交渉を含めて対策を進めてよいとは思います]
 一呼吸の間があってさらに艾巧玉。
[けれど周光立、私にとって周光武とあなたはいわば息子のようなもの。昔のようにいとこ同士、仲良くして欲しいのです。ともに手を携えて進んでいくようにして下さい]
[お言葉、しかと受け止めました。祖父からも同じように言われています。なんとか…どうにかしたいと思います]
[お願いしますね]

 第6支団のオフィスを辞すと、周光立の運転するエアカーは雲が減り晴れ間が広まった空のもと、第2地区から東西三路を東へ第8地区へと向かった。
 16時から第8自経団幹部へのビデオ上映と説明。周光立は、ここではある程度反発が出ると予想していたが、意外にも好意的な受け止め方。ほっとして会合を終えオフィスを辞そうとすると、書記兼務の彭子常(ペン・ズーチャン)副総書記がやってきて言った。
[ご苦労様でした。ま、長老の意見が同じということなら、私もそうですが文句を言う奴はいないでしょう。ところで…]と言って声を落として続ける。
[うちの「お隣りさん」は大丈夫ですか? 最近総書記会にも来てないようですが]
[それが…なかなか上手くは…」と周光立。
[彼とは飲み友達ですが、こちらも最近ご無沙汰しています。近々久し振りに声をかけてみようと思いますので]
[お気遣いありがとうございます。何かわかりましたら、ぜひお聞かせ下さい]

 慌ただしい1日が終わった。

(つづく)


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