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生き残されし彼女たちの顛末 第2部 第29章 幹部たち(1)

 翌9月6日、ダイチが再生した自分のビデオメッセージを見て、周光来は高儷に言った。
[いやいや、大したものだ。これだけの仕事をこの短時間でこなせる人材はなかなかおらん。私の秘書にならんか?]
[お言葉、光栄です。けれど、移籍の件は…]
[冗談だよ、もちろん。ネオ・シャンハイ出身の貴女が、楊大地らの考えるマオ対策に欠かせない人材だということはわかっておる]と、にこやかに周光来。
[私は少し疲れたので、失礼して休ませてもらう。簡単なものだが昼食を用意させたので食べていきなさい]
「周光来のひとこと」を作り終えた当の本人は、奥へと引っ込んだ。
 野菜たっぷりの麺とチャーハン、杏仁豆腐、そして冷えた茶が執務室の卓子に運び込まれ、ダイチ、高儷、ヒカリで昼食の卓を囲む。
 3人が昼食を終えてしばらくすると、第18支団の張皓軒が迎えにやってきた。彼の運転する地上走行型のセダンで、周光立が待つ第18支団のオフィスへ向かった。今日もよく晴れているが、気温は少し低めで凌ぎ易い。
 14時少し前3人はオフィスに着いた。さっそくダイチができ立てのビデオメッセージを周光立に見せた。
[良くできている。大したものです、高儷。これなら幹部たちにもアピールができそうだ]
[お爺様の存在感とお言葉の力が圧倒的でした。私はそれを整理して形にするお手伝いをしただけです]
[第4自経団の幹部には、会合を15時開始で招集している。予定は2時間。最初にビデオを流して、そのあと全体的な話を楊大地に30分くらいでお願いする。シカリと高儷にはそのあと、お二人の経験を中心にお話をして欲しい。残りの時間を質疑応答にあてる]
「何人くらい集まられるのですか?」とヒカリ。
[5つの支団からあわせて、ざっと60人というところかな]と周光立。
「それだけの人の前で話すのは武昌以来ですから…緊張します」
[今回の面々は自分の部下なので、あまり心配しなくてもいい。このあと他の自経団で話すときの予行演習のつもりで、今日のところは気楽にやってほしい]
 14時を過ぎると、三々五々、他支団からの参加メンバーがあつまりはじめた。14時半頃、支団オフィスの奥の大会議室が開かれ、到着したメンバーから入場し始めた。そこここで挨拶やら会話を交わすメンバーの間を縫って、第18支団民政局のスタッフが冷えた茶の入ったボトルとカップを席ごとに置いていく。ダイチも顔見知りの者と挨拶を交わす。
 15時10分前には第18支団書記の李香月が部屋に入り、それに支団幹部が続いた。15時少し前、参加者が全員そろったことを確認すると周光立が開会を宣した。

[…この歳になると、最近のことよりも若かった時のことを、鮮明に思い出すようになる。連邦との確執のうえ、我が道を行くことに決めたのもこの私。ついて来てくれた多くの者たちに、苦難のときを強いたのもこの私。そして楊清道と連邦出身のニッポン人楊守の助けで、上海に自経団を組織したのもこの私…己が人生に悔いはない。しかし、その時その時の私の判断がすべて正しかったか、と聞かれれば、「神のみぞ知る」としか答えようがない…]
 淡々と、しかし芯の通った声で語る周光来。集まった幹部たちの中でも、周光来の姿をじかに見たことのある者は限られている。張皓軒など若い者に至っては、「動く周光来」を見るのすら初めて、という者もいる。
[…孫の周光立が、二人の「楊守の孫」と一人の女性を連れてきた。楊守の孫のうち一人は、ネオ・トウキョウからやってきた女性。そしてあと一人の女性は、ネオ・シャンハイからやってきた。こうして連邦から二人の女性がやってきた。楊守も元はといえば連邦からやってきて、苦境にあった我々に救いの手を差し伸べてくれた。楊守がいま、あたかもこう言っているように思えてならない。「連邦から今度は二人遣わした。いまこそ連邦と和解し、その援けを求めるように」と…]
 参加者の視線がヒカリと高儷に注がれる。年長の幹部たちの中には、ヒカリの顔に楊守の面影を思い浮かべる者もあるようだ。
[…私の若いころを知るものの中には、連邦との確執について今も覚えているものがいると思う。連邦に対して反感を抱いているものも少なからずいるであろう。しかし、このふりかかる災厄を前にして、まずは上海、武漢、重慶、成都の民衆が揃って生き延びるため、最も合理的な方策に従うべきではないか。連邦への反感を捨てきれん者がおっても構わん。臥薪嘗胆、捲土重来、何でもよい。まずは命をつなぐことだ]
 参加者が頷く。「周光来のひとこと」は、確実にみなの気持ちを一つにしているようだ。
[今こそ一致団結し、整然とことを進めて、上海の底力を連邦に見せてやろうではないか。私の言いたいことは以上だ。具体的なことは、若い者たちの言葉に耳を傾けてもらいたい]
 エア・ディスプレイに映し出された周光来の姿が消えると、一呼吸おいて会場のそこここから拍車が起こった。やがて拍手の輪は参加者全員に拡がった。大会議室の室内照明が点灯され、周光立が演台に立った。
[それでは、周光来が言っていた3名を紹介しましょう。最初に楊守の一人目の孫、楊大地。ご存じの方もいるでしょうが、武漢自経団副書記で武昌支団の書記を務めています]
 ダイチが正面右袖から登場する。
[次に楊守のもう一人の孫、美山光(メイシャン・グゥアン)、こちらでは「シカリ」と呼ばれています。ネオ・トウキョウで情報システム関連の幹部を務めていました。いまは武昌支団の技術局局長助理です]
 ヒカリが、同じく正面右袖から演台に向かう。
[最後にネオ・シャンハイから来た高儷。民政関連の幹部を務めていました。いまは武昌支団の民政局に所属しています]
 高儷も正面右袖から出てくる。
[これからこの3人に話をしてもらい、その後に質疑応答の時間を設けようと思います。ではまず、楊大地から全体的な話をしてもらいましょう]
 ダイチが演台中央に進み、他の3人は正面右袖に下がった。
 彼は、第4自経団の幹部たちを前に「星」の状況を詳しく語り、上海を初めとする4地域の住民が揃って星のインパクトをやり過ごし、その後の激変するであろう環境のもとで生き延びるには、現時点で入手している最新のインパクト地点の予想からみても比較的安全なシャンハイ・レフュージへと避難することが最善の策であることを述べた。
 続いてヒカリが演台に立ち、レフュージのAIを作動させ様々な機能を正常に働かすためには、月の連邦本部の支援が必要であること、そして自分のかつての上司が非公式ではあるが動き始めてくれていることを話した。
 最後に高儷が、シャンハイ・レフュージの地下には、長江一帯の約46万人全員を収容し余りある避難用スペースと、仮にレフュージの上屋が壊滅的状態になっても、地下だけで数年は持ちこたえるだけの水・食料等の備蓄があると話した。
 一息入れる間があって、質疑応答の時間。周光来の言葉を引用して賛同する発言が相次ぐ中、李香月が「支団書記の立場にあるものとして」と前置きして発言した。
[区の幹部、つまり区長、副区長、区長助理たちに、どのタイミングで、どのように伝えるのがいいのでしょうか? 彼らの働きなしには、到底ことを上手く運ぶことはできません]
[まったくその通りです、李書記]と周光立が発言する。
[できる限り早く、区で住民と向き合っている彼らに今日の話を伝えて、理解してもらいたいと思います。しかしまず、長老、支団幹部クラス以上の上級幹部の同意を取り付けなければなりません。楊大地、シカリ、高儷にしばらく上海に滞在してもらい、この1週間以内に長老、上級幹部に対する説明、説得を行います。私の感触では少なくとも8割以上の同意は得られそうです。それが終わったら今度は連邦との交渉です。区の幹部に正式に話をするのは、連邦と基本的な合意ができたのち、速やかに始めたいと考えます]
[わかりました。ただし区の幹部たちは、「星」の噂に不安や苛立ちを抱いている住民たちと直面しています。MATESにも自経団を批判する過激なメッセージが書き込まれたとか。たとえば「上海の全員が安全にやり過ごせる方策について、近々発表があるのでいましばらく待つように」と、話をしてもよろしいでしょうか]と李香月。
[さすがは李書記。プレッシャーを下さいますね。よろしいでしょう。私も周光来の孫です。この話を首尾よく成し遂げてみせましょう。区長たちには仰ったようにお話しして下さい]
 閉会は17時少し過ぎだった。参加者がダイチ、ヒカリ、高儷のところに挨拶にくる。応対したほとんどの者を覚えられないヒカリは、「メガネ」をもってくればと悔やんだ。察したダイチが「周光立に言って第4自経団の幹部のリストをもらおう」と言ってくれた。

 他の支団からきたメンバーがほぼ帰ったのが18時頃。周光立が3人に夕食をどうするか聞く。昼に周光来のところでかなり満腹になったヒカリは、もう少し後にしたい、と言う。「それでは2時間ほど街に出かけよう」ということになった。高儷は服を探したいと言ったので、ファッション街のある第3地区にダイチがエスコートしていくことになった。ヒカリはコンピュータ関連の買い物をしたいとのことで、エレクトロニクス街のある第6地区に周光立がエスコートしていくことになった。
 第18支団技術局のスタッフから教えられた店のうち、「最も揃う」とお勧めだった店で買い物をすませて、ヒカリと周光立がちょうど出てきたところだった。
[おい、この売女!]と口汚く罵る声で、ヒカリに声をかける男がいた。
 振り向くとそこには、ヒカリの最初の「雇い主」黄建文(ファン・ジエンウェン)がいた。禿げ上がった頭頂部から湯気が立ち上りそうな剣幕で捲し立てる。店内で見かけて、つけてきたようだ。
[お前、どこに隠れてやがった。ずっと探してたんだ。お前、あんだけのことをやっといて、タダですむと思ってるのか?]
「正当防衛ですわ、どう考えても」
[何を知ったような口…]
[お取込み中のところ申し訳ない]と周光立が割って入る。
[こちらの女性と、何かあったものとお見受けしますが]
[何かもへったくりもない。情をかけてやったのに仇で返して逃げやがった。で、あんたいったい何者だ?]
[わたくしは…こういうものです]と言うと周光立は、PITのカバーに挟んである紙製の名刺を1枚取り出して黄建文に渡した。名刺に書かれた「周光立」の名前と「上海自経総団副総書記」の肩書を見て、男の手がわなわなと震えた。
[あんた、周光来の…]
[もしこちらの女性にご用があるということなら、日を改めて私のオフィスにおいで下さいませんか。そうですね…強姦未遂の法定刑を調べながら、お待ちすることとしましょう]
 膝から崩れ落ちる黄建文。
[それでは失礼]と周光立が声をかけ、二人は男を残して次の店に向かった。
「紙の名刺をお使いなんですね」とヒカリ。
[いや、ふだんはPITで名刺交換してます。最近はタクシーの運転手以外はほとんど紙の名刺は使いませんが、ああいう手合いには、紙の名刺が効果的なんですよ]と周光立。

 翌7日は、朝から曇りで気温は低めだが、湿度が高くかなり蒸す。午前9時に第3自経団を訪問して幹部と面談、昼食を挟んで午後1時に第1自経団を訪問して幹部と面談した。どちらも「親周光立派」で、和やかな雰囲気の中で面談は進んだ。
 午後2つめの面談は午後4時からの第6自経団。周光立は、ここは「中立」とみていたが、周光来のビデオメッセージを見せ、ダイチを初めとする説明を聞かせることで、納得してもらえたようで、協力を取り付けることができた。

(つづく)


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