天使のみなさま、祝福はリモートにて願います 下
6.内田家の面接 Lv.1
2時半頃、店長の半澤さんに見送られてJUJUを出た。一足先にパーキングに行ってお兄さまがバンを回してくる。週明けの法廷の準備で事務所に戻ると言うルカさんと、夜勤明けで帰って休むと言うコトネさんと付き添うカケル君の3人とは、お店の前で別れることになった。残りの7人が乗り込むとお兄さまがバンを発進する。
「このバンで、ミクッツメンバーはいつも会場に運んでもらっていたんだよ」とヨッシーさん。
「頼りになるロジ担当」とミカさん。
「つーか、アニキの場合、ヨッシーの追っかけ、だよね」とタエコ。
「ま、まあ、否定はせんけれど」とお兄さま。
高速道路をくぐって南に15分ほど向かうと目的地に着く。大小様々な漁船が停泊する天歌(あまうた)漁港。バンを駐車場に置いて、隣接する観光施設フィッシャーマンズワーフに入る。最大の目玉施設は灯台をモチーフにした展望台。建物の高さが条例で厳しく規制されている天歌市で、一番高い建造物がこの高さ40メートルの展望台なのだそうだ。
最上階の展望フロアにみんなで上る。南側は、よく晴れた青空と溶け合うような大きく広がる海。今日は波も穏やか。
そして北側の奥のほうには、落ち着いた風情の天歌市の街並みが広がる。
「こちら側は夜景がきれいなんだよね」とヨッシーさん。
「この次来るときは、ぜひ楽しんでくださいね」とお兄さま。
展望フロアの一つ下の階がレストランフロアで、そこから下は、縦長の円柱型の水槽を見ながら螺旋状に下る通路。あるものはゆったりと、あるものは敏捷に、そしてあるものはひらひらと泳ぐ魚たちを眺めながら、8人は時間をかけて進む。地上階に下りた頃には4時を過ぎていた。
西へ続く砂浜のほうへ行く。海風は冷たいけれど、日の光は春が近いことを感じさせる。波打ち際で寄せては返す波に引き返したり追っかけたりしたあと、ボクはタエコに囁く。
「ほんとに、素敵な街で育ったんだね」
「あした朝、城址公園と学校のあたりを散歩しようか」
「そうだね」
日暮れが近づいて冷え込んできた。一行は5時頃に駐車場に戻り、バンに再び乗り込む。まずは天歌駅に向かい、駅から歩いて帰るミカさんとタイシさん、電車で十海(とおみ)市へ帰るマーちゃんとクーちゃんを下ろす。
「じゃあ、また明日、だよね?」とミカさん。
「うん。みんなよろしくね」とタエコ。
お兄さまが運転するバンは、ヨッシーさんとタエコ、ボクを乗せて、来た方向へ少し戻るような形で進む。高速道路より少し手前、産業道路側に大きな倉庫がある。
その手前の邸宅、タエコが生まれ育った実家に到着する。
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玄関で出迎えてくださったのは、若いけれど風格を感じさせるご夫婦。
「ようこそおいでになられました」と男性が笑みを浮かべながら手を出して、ボクと握手する。
「お世話になります」とボク。
「タエコちゃん、眠くない?」と女性。
「ええ。細切れですけど睡眠はとりましたんで」とタエコ。
「さあ、中に入って」とお兄さま。
お兄さまに続いて、ボク、タエコ、ヨッシーさんの順番で中に入る。
お兄さまとヨッシーさんのご案内で、ボクは今夜使わせていただく客間に入った。荷物を置くと、応接間に向かう。ほどなく2階の自分の部屋から下りてきたタエコが合流する。
広々とした応接間。奥に一人掛けのソファーが二つ。そこから横向けの3人掛けのソファーが左右に二つ。そしてボクたちは、手前側に並んだ一人掛けのソファーに、壁にかけられた大きなディスプレイを背にして座っている。ボクたちから見て右側に、先ほどお出迎くださったご夫婦が、そして左側にお兄さまとヨッシーさんが座る。
しばらくして、タエコの面影が感じられるロマンスグレーの男性と、口元がタエコにそっくりの女性が入ってきて、奥の椅子に腰かけた。
「今日のところは、これで全員だね」とロマンスグレーの男性。
「内田家へようこそ。ツバサ君」
「初めてお目にかかります。城之内翼と申します。よろしくお願いします」
「私がタエコの父親の内田恵治(うちだ けいじ)です。こちらが妻の愛優(あゆ)」
「遠路はるばる、ありがとうございます。お寛ぎくださいね」
タエコのご両親は、家業の栄優食品流通グループを車の両輪のように牽引されている。お父さまは長く社長を務められた後、2年前、還暦を機に会長に就任された。お母さまは同じタイミングで取締役から常務取締役に昇格。
東京駅で買ったお菓子を「つまらないものですが」と言ってボクはお父さまに渡す。
「これはこれは。ありがたく頂戴します」とお父さま。
「改めまして。タエコの上の兄の内田恵務(うちだ めぐむ)です」と、先ほど出迎えてくださった男性。
「こちらは家内の真弓美(まゆみ)」
「タエコちゃんとツバサさん、ほんとお似合いですこと」
恵務お兄さまは、取締役営業本部長としてご両親を支えておられ、カケルくんのずっと上の上司にあたる。真弓美さんは、内田家の家事を一手に引き受けておられる。
真弓美さんとヨッシーさんがいったん部屋の外へ出る。背筋を伸ばしているボクを見て、お父さまが声をかける。
「そんな、しゃちほこ張らなくていいから。どうぞ楽にしてください」
しばらくして真弓美さんとヨッシーさんが8人分のお茶とお茶菓子を持って戻ってくる。各自の前に置いて、元の席に戻る。
誰からともなくお茶に口をつける。一息ついてお父さまが再び話し始める。
「まず、タエコのことだが。本当に中退でいいんだね?」
「はい。今はゲーム制作の現場で、さらに経験を積んでスキルを磨きたいと思う」
「SH大の先輩として恵務はどう思うかね?」
「タエコの思う通り、やらせてやっていいと思います。たしか復学の制度もあったよね?」
「ええ。退学後5年以内なら」
「社会人入学も普通になってきてますから、後になって学位をとる方法はいくらでもありますしね。今は熱中できることを思う存分やったらいいかと」
「私は勿体無いとは思うけれど。まあ、もう一人前に稼いでいるわけですから...」とお母さま。
「それからツバサ君とのことだが、こうしてご本人を前にして、この青年なら大丈夫、と私は思った」とお父さま。
「ヒット作のグラフィックデザインの責任者なんだよね。大したことだよ」と恵務お兄さま。
「ありがとうございます。光栄です」
「けれど、同じ会社というのはねえ。厳しい業界なんでしょう。なにかあったときに...」とお母さま。
「実力があれば、いくらでも働き口はある業界さ。フリーランスで活躍している人もいっぱいいるし」とタエコ。
「ではタエコのこと、二人のことは、ここにいる私たちは異存なし、ということでいいね」とお父さま。
お母さま、お兄さま、真弓美さんが頷く。
「あとは、明日、二人がどう言うかだね」とお父さま。
「もしも『許さん』と言ったらどうする?」と恵務お兄さま。
「おじいさま、おばあさまにも、認めていただく形にしたい。でも、どうしてもダメなときには...」そう言うとタエコはボクのほうを向いた。
「...自分たちの決めた道を行こうと思います」
「わかった」とお父さま。
「どういう形であれ、私たちは応援しますよ」とお母さま。
7.朝ですよ。お姫様?
内田家のダイニングも広々としている。4人掛けのテーブルが最大4つは置けそうな広さ。今夜は8人で食卓を囲むので、テーブルを2つ並べてクロスが掛けられた。
おじいさま、おばあさまは離れで別にお食事をされるとのこと。すべては明日、対面を済ませてからということのようだ。
天歌(あまうた)漁港で上がった新鮮なお刺身の数々。海の幸、山の幸に恵まれた天歌の食材をふんだんに使った真弓美さんの手料理。JUJUのクラシックバーガーセットが一気に消化されて、食欲がもりもりと湧いてきた。
ビールで乾杯し、しばらくすると男性陣とお母さまは日本酒に。
タエコは専ら食べるほうだ。
「小さい頃からこの子は、柔道やってた恵一よりも食べるんですよ」とお母さま。
「それだけ食べて全然太らないのは、ほんと羨ましいわ」と真弓美さん。
7時頃から始まった夕食は9時頃に終わった。ヨッシーさんをタクシーで恵一お兄さまが送っていく。
2つある浴室のひとつを最初に使わせてもらう。交替でタエコが浴室に入る。
「じゃあ、どうぞごゆっくりしてくださいね」と客間へ向かう廊下ですれ違ったお母さま。
敷いていただいたお布団の上で、ジャージ姿で一息つく。横になると眠ってしまいそうになるので堪えていると、タエコが顔を見せる。
「わたしの部屋に来る?」
タエコについて2階の彼女の部屋へ入る。東京の部屋と同じように、置かれている物は少なくてきれいに片付いている。これが、タエコが育ち少女時代を過ごした部屋と思うと、感慨深い。
「小学校までは普通だったけれど、中学時代はつらかった。学校でいじめられて、ドラムスの練習とこの部屋でゲームに耽っていた」
「ドラムセットの部屋は?」
「明日見せるね」
「でも、キミは本当にいい友達に恵まれているね」
「すべては高校からかな。マイに声かけてもらって、ミクとヨッシーに出会ってミクッツ始めて。マーちゃん、それからミカ...そうやってできた人の輪が広がっていく」
「ボクもその輪に加えてもらえるんだね」
タエコは黙って、ボクにキスをした。
「この部屋で寝る?」とタエコ。
「いや、今夜は客間で寝る」
「家族は大丈夫だよ。じいさん以外は」
「おじいさまが筋を通そうとされているなら、ボクはボクで筋を通したい」
「...そう言うと思った。ツバサなら」
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目覚めると朝6時。ジャージ上下のままで、タエコの部屋へ向かう。ノックするけれど当然のごとく反応はない。そっと扉を開けて、ベッドで布団にくるまっている彼女のところへ行く。
顔にかかった布団をずらして、かわいい寝顔をしばらく堪能してから言う。
「朝ですよ。お姫様」
彼女が目を開いて、ゆっくりと上半身を起こす。
「...朝はたしかに朝のようだけれど...」
あくびをしながら大きく背伸びするとタエコが続ける。
「わたしはお姫様じゃない。お姫様なら、ミクとルカさんだよ」
「ミクさんは苗字からしてお姫様だとわかるけど、ルカさんもそうなんだ」
ミクさんは旧公爵家の一族。ルカさんは、天歌(あまうた)藩十万石の藩主の家柄で、お父さまが旧伯爵家の当主だという。
「じゃあミクさんの結婚は、天歌のロイヤル・ウェディングなんだね」
「そういうことだね」
「なんか改めて気後れしちゃうな」
「心配するな。内田家はじいさんが裸一貫で事業を立ち上げた、生粋の平民だから」
二人で歯磨きして顔を洗うと、庭に下りて、おじいさまが彼女のために作った防音室を見せてもらった。中にはドラムセット。置いてあったスティックを持って、タエコがドラムスを披露してくれた。さすがに堂に入っている。
そんなに寒くなかったので、ボクはジャージ上下にコートを羽織って、タエコと約束の散歩にでかけた。
ところどころ石垣の残っている広々とした城址公園。桜の並木と、背が低いのはモミジだろうか。春は花見、秋は紅葉の名所で賑わうという。
「次は桜が咲いた頃に来ようか」とボク。
「そうだね。みんなでお花見がしたいね」とタエコ。
城址公園をずっと進むと、十海(とおみ)県でも随一の文教地区に入る。国立天歌大、ルミナス女子大などの大学。県下有数の進学校の県立天歌高校。そしてタエコの母校、私立ルミナス女子高校。
日曜の早朝の学校近辺は、さすがに人通りもなく静かだ。
ルミ女も校門が閉まっていた。隙間から中を覗いただけだけれど、伝統あるお嬢様学校の洗練された雰囲気は味わうことはできた。
「このへんの界隈で、キミは高校時代を過ごしたんだね」とボク。
「制服を着たマイやミカたちが、そのへんの角から曲がって現れそう」とタエコ。
「ルミ女の文化祭は5月だっけ」
「うん」
「来るとしたら花見の時期か、やっぱり文化祭か、迷うね」
「いっそのこと両方?」
「それもありだね」
内田邸に戻ったのは8時前。ボクはジャージからスーツに着替えると、ダイニングにむかう。日曜日の朝食の食卓を、昨晩のメンバーからヨッシーさんを除く7人で囲む。
「すみません。お待たせしてしまいました」とボク。
「いやいや。だいたい日曜日はこんなものだから」と恵務お兄さま。
ヨッシーさんが9時頃に内田邸に到着した。
持ってきたワンピースにタエコが着替えた。そのあと、恵一お兄さま、ヨッシーさん、タエコ、ボクの4人は、タエコの部屋で今日の趣向の最終確認をした。
オペレーター役になるヨッシーさんが心配そうに言う。
「わああ、緊張しちゃう。私で大丈夫かな?」
「大丈夫。なんかあったら、わたしが駆けつけるから」とタエコ。
10時少し前。応接間に入る。
タエコとボクは、昨日と同じ手前側の席。向かって右手のソファーに、奥からお父さま、お母さま、恵一お兄さまの順で並ぶ。左手には奥から恵務お兄さま、一人飛ばしてヨッシーさんの順で並ぶ。
着座を待つ席も含めて、すべての席の前にはお茶が置かれている。
10時ちょうど、真弓美さんが先導する形で老夫婦が入って来られた。
8.内田家の面接 Lv.9
御年89歳のおじいさま、内田恵之介(うちだ けいのすけ)さんが奥のこちらから向かって右、85歳のおばあさま、知子(ともこ)さんが左のソファーに着座された。先導してきた真弓美さんは、恵務お兄さまとヨッシーさんの間に座られた。
「エ、エヘン」と深く腰掛けたおじいさまが咳払いをされる。おばあさまはソファーの前のほうに背筋を伸ばして腰かけておられる。
背筋を伸ばしていたボクは、さらに上半身が緊張する。
「お前は、髪の毛はばあさんの遺伝だな」とお茶をひとくち口にしたおじいさまが、お父さまにむけて話し出す。
「今のお前の年の頃、わしはもう、頭のてっぺんが光っておった」
そう言うと、おじいさまは、横にわずかに髪の毛が残った頭のてっぺんあたりを右手で撫でた。
「それとも、やはりわしのほうが苦労が多かったからか」
と言うとおじいさまは、もうひとつ咳払いをして続ける。
「恵務、隔世遺伝かもしれんから、お前もそろそろ...」
「おじいさん。お客様を前にして、何をおっしゃてるんですか」とおばあさま。
「本題に入りましょうか。父さん、母さん」とおじいさま、おばあさまに向けてお父さまが言う。
「あちらにおられるのが、ツバサ君です」とボクを指す。
「は、初めまして。城之内翼と申します」
一礼して続ける。
「タエコさんとは...同じ会社で働いて、懇意にしていただいています」
「Aなんとか、とかいう会社だったな」
「AGLですよ。おじいさま」と恵務お兄さま。
「何人ぐらいいるのだ?」
「ええと、フルタイムのアルバイトを含めて150人くらいです」とボク。
「ちっちゃな会社だな」
「ゲームの制作会社としては中堅で、人気作も続けて出しているとのことです」とお父さま。
「で、タエコはコンピューターの仕事をしていると聞いておるが、君はどういう仕事をしているのだ」
「グラフィックデザインです」
「なんだ、その、グラなんとやらというのは」
「ゲームの中に登場する人物や物、風景とかを作り出す仕事です、おじいさま。作品の人気を左右する、重要な役割です」とタエコが助け舟を出してくれた。
「タエコ。お前には、それなりの大学で学位をとってから、社会に出てもらいたいと思っておった」と重々しくおじいさま。
「休学してゲームの会社で働くのは、社会勉強の一環ということで黙認しておった。それが、大学をやめるというのはどういうことだ」
徐々におじいさまの声が大きくなる。
「お前が東京に行くのを許した条件が、学士号を取るということだったはずだ」
「おじいさま。約束を破るようなことになってしまって、本当に申し訳ありません」とタエコ。しっかりとおじいさまを見つめて話し続ける。
「でも、いま心の底からやりたいことは、ゲーム作りなんです」
「大学に戻って卒業して、それからでも遅くはなかろう」
「このままAGLに残れば、ステップアップできるチャンスが、目の前にあるんです。だから...わかってください」
「わしは中卒で、学歴が無くて苦労した。孫にはちゃんとした学歴をつけてやりたいのだ」
「たしかにタエコは成績もいいし、2年間で単位もしっかりと取っていますから、うまくいけばあと1年で卒業も可能でしょう」とタエコの先輩にあたる恵務お兄さま。落ち着いたトーンでさらに続ける。
「ただ、SH大には退学後5年以内なら復学できる制度があります。世の中では社会人入学の門戸も広がっています。学士号なら、その気になればあとからでも取る方法が、いくらでもあります」
「おじいさまは、学歴はなくともこれだけの事業を作り上げられました。大学の間、少しの時間とはいえ事業の最前線を経験させていただいて、改めておじいさまのやってこられたことの偉大さを感じています」と恵一お兄さま。家業に加わらずに弁護士を目指す条件として、大学生の間、休みの日に配送の仕事の手伝いをされていた。
「忘れないでください、お父さま。私も最終学歴は高卒ですよ」とお母さま。彼女はルミ女の前身の一条女子高校出身だが、お家の事情で進学を諦め、栄優食品流通に就職された。
「ではもう一つの話だ。タエコはそこのツバサ君と一緒になりたいということだが、「入籍」というのは一体どういうことだ。わしの孫が嫁に行くのに、式も挙げぬというのか」
「お気持ちはわかりますが、当人たちの意向ですから」とお父さま。
「式を挙げる甲斐性もない奴に、かわいいタエコをやるわけにはいかん!」と声を荒げるおじいさま。
「おじいさま、落ち着いてください。ツバサ君に失礼です」と恵務お兄さま。
「たしかに...」とおじいさまをしっかりと見つめてボクが言う。
「たしかにうちは母子家庭で、内田家と釣り合うような式を挙げる財力はありません。甲斐性がないと言われても否定しません。けれど、それだからこそ、タエコさんとパートナーになって、一緒に人生を切り開いていきたいと思っています。ボクには...タエコさんがどうしても必要なんです」
「そうか」声のトーンを落としておじいさま。
「お母上が一人きりで君を育て上げたのか。さぞや...苦労も多かっただろう」
「私たちだって」とおばあさま。
「挙式どころか、家族が猛反対する中を、身一つで私があなたのところに転がり込んだじゃないですか」
「そうだったなあ」しみじみとおじいさま。
「たしかに私は苦労をしました。けれど、あなたと一緒に苦労した日々を楽しく思い出します。もしも今のような成功がなかったとしても、決して後悔はしていませんよ」
そう言うとおばあさまは、ボクとタエコのほうに視線を向けた。
「あなた方二人に、ともに苦労をして絶対に後悔しない覚悟があるなら、私は、反対はしません。いかがですか?」
「はい。その覚悟です」とボク。
「わたしも。おばあさま」とタエコ。
恵一お兄さまがヨッシーさんに目配せした。二人は立ち上がると応接間を出て行った。
「どうしたんだね」とお父さま。
「ええ。ちょっとした趣向があって」
そう言うと、タエコは、後ろの大型ディスプレイの電源を入れ、自分のノートPCの蓋を開けてスリープモードを解除する。
少し間があって、大型ディスプレイにWeb会議の映像が映し出された。
9分割された画面に、勢ぞろいした面々。
9.天使たち、祝福する
Web会議の画面には、東京と天歌(あまうた)で紹介してもらったタエコの仲間たちが映っている。
9分割された画面の左上には、ミカさんとタイシさん。話し始めると全画面にズームアップされる。
「タエコと高校のバンドで一緒だった森宮美香です」
「その連れ合いの中村大志です」
「タエコとツバサさんは、本当にお似合いな素敵なペアだと思います」とミカさん。
話し終わると、もとの9分割に戻る。
その右隣に、コトネさんとカケルくん。こちらも全画面にズームアップ。
「永山琴音です」
「宮内翔です」
「ミカさんのご縁で参加させていただきました」
「ひょっとして宮内君?」と恵務お兄さま。
「はい、本部長」とカケルくん。
「不思議なご縁だねえ」
応接間の話し声は、タエコのPCに接続した会議用マイクが拾ってみんなに届いている。
さらに隣、右上からマイさんとタイさん。
「ミカと同じくタエコと同じバンドだった坂上麻衣です」
「そのパートナーの円城寺太です」
「ドラマーとしてしっかりと努力ができたタエコは、絶対大丈夫です」とマイさん。
中段の左から、マーちゃんとクーちゃん。
「バンドはちがうけど軽音部でタエコとご一緒させていただいた早川纏衣です」
「そのパートナーの羽根田空良です」
「ひょっとして十海(とおみ)市の同性パートナーシップ第1号の?」と真弓美さん。
「そのとおりです」とマーちゃん。
「好き同士が一緒になる形は、いろいろあっていいと思います」とクーちゃん。
中段の真ん中から、今回リアルでお会いしていないナッチさん。
「タエコ、お久しぶり。こちらは午後9時前。外は雪が降ってま~す」
「マンハッタンに通ってるんだよね。音楽の勉強はどう?」とタエコ。
「毎日とっても楽しい。充実してる」
「よかった、元気そうで」
「それでは、ナッチこと堀家奈智(ほりいえ なち)が、ニュージャージーからお伝えしました。次の方、どうぞ」
中段の右側から、リツコさん。
「ルミ女出身で、東京でよくタエコに遊んでもらっている富山律子です」
「そろそろ海外出張かな?」とタエコ。
「うん。ニューヨーク行ったら、ナッチに会いに行くね! ツバサさん、また東京でタエコと幸せなところを見せてくださいね」
下段の左側から、ミクさん。
「こんにちは~。初代ベーシストとしてタエコとご一緒した、鷹司美紅です」
「浅山の若殿とご婚約された鷹司の姫ですか」とおじいさま。
「そのとおりで~す。次にお出ましになるルカ姉が、なんと私の妹になっちゃうんですよ」
その右隣りから、ルカさん。
「ミクの妹になる浅山輝佳です」
「浅山の姫...」とおじいさま。
「内田くんとヨッシーのキューピッド役だった私には、ツバサくんとタエコさんは、負けないくらい素敵なカップルだとわかります」
そして最後。恵一お兄さまとヨッシー。お兄さまの部屋にいる。
「いまさらだけれど、タエコの兄の恵一です」
「そしてタエコとバンド仲間だった吉野未来です。タエコ、ここまでは大丈夫だったよね」
「うん。ばっちりさ。この後も頼むよ」
「じゃあ、えーと、これをこうやって」とヨッシーさんが言うと、彼女が操作しているボクのPCの、ファイル選択画面が映し出された。そのうちひとつをクリックする。
ディスプレイは共有画面へと切り替わる。
パステルピンクのグラデーションが背景のアニメーション映像。背中の肩甲骨のあたりから羽の生えた天使たちが、次々と舞い降りてくる。3DCGで合成された白い衣装のキャラクター。そのそれぞれの顔は、二人を除いて、Web会議の画面上に映った人たちと、応接間にいる内田家の人たちを元に作られている。
舞い降りてきた19人の天使が、前後2列に真ん中を開けて並ぶ。前列左側のミカさんとタイシさんの隣に、ここにはいないノエルさんがいる。20人目に舞い降りた中年の女性風の天使は、やはりここにはいないボクの母親。後列の真ん中に納まる。
21人目と22人目の男女のご老人は、おじいさまとおばあさま。前列の真ん中に並んで納まる。そして最後に、タエコとボク。上端の左右の角から舞い降りて、前列の左右の端に納まる。
こうして、画面上に24人の天使が勢揃いした。各々の息遣いが伝わるようなアニメーションにしたつもりだったけれど、伝わっただろうか。
「そうか。わしがゲームの絵の中に入ると、このようになるのだな。しわくちゃの爺さんが、ツルツルになっとる。これは愉快、愉快」と楽しそうにおじいさま。
「ツバサ君。君が作ったのか?」
「キャラクターは全部、写真から合成して自分が作りました。あとはアニメーターに動きを指定して、タエコがプログラムを書きました」
ディスプレイは再びWeb会議の画面に切り替わった。
恵一お兄さまが音頭を取る。
「せーのー」
画面の全員が唱和する。
「私たちは、タエコさんとツバサくんを、祝福します!」
「...タエコ。お前は本当に多くのいい仲間に恵まれた。多恵子の名前そのとおりだな」と涙ぐみながらおじいさま。
「学位のことはもう気にせんでいい。応援してくださる皆さんに感謝して、自分の好きな道を進みなさい」
「おじいさま。ありがとうございます」とタエコ。
「まあ、お前のことだから、わしが駄目だと言っても聞かなかっただろうがなあ」
「恐れ入ります」と言ってタエコがニッコリと微笑む。
「それから、恵治。時候がよくなったら、ツバサ君のお母上をこちらにご招待しよう。もちろんツバサ君とタエコも一緒に」
「そうですね。お食事をして、みんなで写真を撮りましょう」とお父さま。
「ツバサ君。戻ったらお母上によろしくお伝え願いたい」
「ありがとうございます」
「そして、この甘やかし放題の孫娘を、どうぞよしなにと」
おじいさまを先頭に、内田家の方々は応接間から出て行かれた。
10.オメデタイ
内田家応接間のディスプレイには、引き続きWeb会議の画面。タエコのPCから、ボクたちも映像で加わった。
「ヨッシー、オペレーターお疲れさまでした。ばっちりだったよ」とタエコが労う。
「よかった。上手くいって」
「そうだ、ナッチをツバサに紹介するね」とタエコ。
堀家奈智さんはタエコと同学年。マーちゃんとバンド「ルミッコ」で一緒だった。ギタリストでメインボーカルだった彼女は、高校卒業後ミュージシャンを目指して、東京の音楽専門学校に進んだ。2年のときに一念発起して留学コースに転科。感染症の影響で1年待機したけれど、昨年度からからニューヨークの大学の音楽学科で勉強して、いま2年目。
「ビッグになって、日本に凱旋するからね~」とナッチさん。
「ビッグにならなくてもいいから、無事帰ってくるんだよ~」とマーちゃん。
「早川先生。CGキャラクターのタッチはいかがでしたか」とボク。
「可愛らしくていいと思います。たぶんうちの生徒たちも気に入るでしょう。あとは実証実験に向けて、彼女らが選べる髪型や衣装のバリエーションをどうするかですね」
「了解です。皆さんはいかがでしたか。自分のキャラクターがどれか、すぐにわかりましたか」
アニメーション映像は、教育ゲーミフィケーションPJのゲームのデモ映像として、AGLとして制作したもの。素材となる写真を提供してくれた方々の感想を聞くのも、仕事の一環だ。
「うんうん。すんご~くよくわかった」とミクさんが食いついてくれる。
「私もすぐわかった。すごいですね」とリツコさん。
「僕もよくわかった。たいしたもんだねえ」とタイさん。
「私じゃないんだけれど、それでも確かに私」とルカさん。
「キャラクターは、合同会社TALESで実用化しようとしている、写真合成技術を使ったんだよね」と恵一お兄さま。
ヨッシーさんがPCを操作して、もう一度アニメーション映像を映してくれた。
「はい。なかなかの優れもので、写真データを取り込んでから1キャラクター5分くらいで完成するんです。手をかけるのは少しだけで、いろんなタッチにも対応できるし、大人数で写っている写真からでもOKです」
「CGデザイナーが調整している工程を自動化できたら、完璧だね」
合同会社TALESは、AGLが参画している教育ゲーミフィケーションPJのために設立されたジョイントベンチャー。恵一お兄さまは勤め先の法律事務所で、TALESの立ち上げのときから、会社設立手続きや契約などを担当されている。
「あの、ひょっとしてノエル先輩もいましたか?」とコトネさん。
「はい。ミカさんからいただいた写真をもとに合成しました。ヨッシーさん、写真映せるかな?」
「ええと、これかな?」
ノエルさんが桜並木をバックに、ニッコリと笑いながらピースサインをしている写真が大きく映った。
「この写真はね、彼が亡くなる8ヵ月前、高校3年の4月に城址公園にお花見に行って、頼まれてマジで遺影用の写真を撮った直後に写したものなの」とミカさん。
「あの、ひょっとして...」とカケルくん。
「そう、遺影のあとに『イエーイ』...」
一同しばらく沈黙の後、タイシさんが口を開く。
「『三つ子の魂、冥土まで』というか、『ノエルは死してオヤジギャグを残す』というか」
しばらく四方山話で盛り上がったあと、「解散」ということになった。
「みんな、今日は本当にありがとう」とタエコ。
「ありがとうございました」とボク。
「天歌(あまうた)のみんなと、それからナッチと話ができて、楽しかったよ」とマイさん。
「私も。じゃあ、みんな元気で」とマーちゃん。
「ナッチ。元気でね~」
「ああ。タエコも頑張りなよ」
「それじゃあ」
「じゃあね」
「じゃあ」
...
ひとつひとつ、Web会議の区画が消えていく。最後にヨッシーさんの区画が消えると、ディスプレイは真っ黒になった。タエコが電源を落とす。
昼食は10人で囲むことになり、テーブルがひとつ追加になった。おじいさまとおばあさま、タエコとボクが向き合う形で座った。
天歌市で一番と言われる日本料理店から届けられたお料理。海産物にお野菜、炊き込みご飯にフルーツなど、色とりどりのお料理が詰め合わさった箱型のお膳に、お刺身のお鉢とお椀。
そして中央に、大きな鯛の姿焼き。
おじいさまの音頭でビールで乾杯。
「鯛が『おめでたい』になって、ほんとよかったですよ」とおばあさま。
「なんの。駄目なら『こりゃ痛い』と言って食べればよいのだ。はっはっは」とおじいさまが笑う。
「恐るべし、オジジギャグ」とタエコがぼそり。
おじいさまの笑い声が合図になったように、みんなお料理に手を付ける。
しばらくすると、昨晩と同様に男性陣とお母さまが日本酒に。ボクも酔い過ぎない程度でご相伴にあずかる。
恵一お兄さまは、あとで駅まで送ってくださるのでアルコールは抜き。
「気にしないで。慣れてるから」
昨日の晩、喋れなかった分を取り返すかのごとく、おじいさまがよくお話しになられた。若い頃の苦労したことや、嬉しかったときのこと。家族の逸話。ときどきおばあさまが相槌を打たれる。孫たちのお話のときは、やはり二人揃って目を細められる。
「婚姻届はいつ頃に出す予定?」と恵務お兄さま。
「そうですね。まずは住むところを探して、引っ越しのタイミングですかね」とボク。
「ゴールデンウィークあたりを目途にしたいと思う」とタエコ。
「お母さまとは離れて暮らすのですか?」とおばあさま。
「職場に通う便を優先すると、やはりそうならざるを得ません」
「さぞや寂しかろう」とおじいさま。
「結構サバサバした性格なので。大丈夫だと思います」
「それでも、ちゃんと顔を見せてあげなさいね」とおばあさま。
12時半頃に始まった昼食は、2時半頃に終わった。
おじいさまとおばあさまが立ち上がって、ボクに向かって言う。
「わしらはこれで失礼します。離れで休みますので。気をつけてお帰りになられるよう」
「タエコのこと、重ね重ねお願いしますね」
「はい。おじいさま、おばあさま。お元気でお過ごしください」とボク。
「また来ますので、それまでお元気で」とタエコ。
「コーヒーでも淹れましょうか」と言って真弓美さんが立ち上がると、ヨッシーさんが続く。
「未来さんは、すっかり家族の一員ですね」
「ほんと気が利く、いいお嬢さん。タエコには悪いけど、大違いだわ」とお母さま。
「一緒になったら亭主関白気取るんじゃねーぞ、アニキ」とタエコ。
「わかってるよ。それよりタエコのほうはどうなんだ? ツバサくんに頼りっきりじゃないだろうな」と恵一お兄さま。
「炊事系はボク、掃除系はタエコさん、洗濯系その他は代わりばんこってところですかね」とボク。
「やはり食事は作るより食べるほうが得意ね、タエコは」とお母さま。
「面目次第もごさりませぬ」とタエコ。
キッチンからいい香りが漂ってくると、ほどなくコーヒーが運ばれてくる。
「ツバサ君のお母さまを、いつ頃ご招待しようか」とお父さま。
「桜の頃がベストだけれど、最近は時期がはっきりしないからねえ」
「じゃあ、ルミ女の文化祭のときは?」とタエコ。
「それはいい。新緑の城址公園も綺麗だし、タエコの出身校をご案内できるからね」
「私の出身校でもありますよ」とお母さま。
「私も」と真弓美さん。
「あの...私も」とヨッシーさん。
11.守護天使
3時を過ぎた。ボクはタエコに目配せをして言う。
「本当にいろいろとお世話になりました。それに、たくさんご馳走になりました。ありがとうございます」
「そろそろ帰るわ。明日もあるし」
「そうか。じゃあ、恵一。よろしくな」とお父さま。
恵一お兄さまは駐車場へ向かう。
「また、いつでも遊びに来てくださいね」とお母さま。
「東京出張のときは連絡するので、今度はツバサ君も一緒に食事をしよう」と恵務お兄さま。
「はい。楽しみにしてます」
荷物を持って、タエコとボクは玄関に立つ。駅まで送ってくれるヨッシーさんは、先にバンへ向かう。
「ありがとうございました。末永く、お願いします」
そう言うと、並んだ4人にタエコとボクは一礼する。
「気をつけて」とお父さま。
「あまり無理しないでね」とお母さま。
玄関前に横付けされたバンに乗り込むと、車内から軽く礼をしながら、手を振る。
玄関前の4人が手を振って見送る。
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新天歌駅を新幹線が出るのは4時過ぎ。待っている間、お兄さまとヨッシーさん、タエコが懐かしい話をしている。いろいろなエピソードについて、タエコがボクに解説してくれる。
列車が到着する。タエコとボクはデッキに乗り込む。
「じゃあ。また」とお兄さま。
「二人とも元気でね」とヨッシーさん。
「ありがとう。二人も元気で」とタエコ。
「ありがとうございました」とボク。
扉がゆっくりと閉まる。
ホーム上の二人の姿が加速しながら後ろに流れていき、やがて見えなくなる。
二人掛けの席に、往路と同じくタエコが窓側、ボクが通路側で腰かける。
「ふうう」とタエコが溜息。
「疲れた?」とボク。
「うん。それなりに緊張してたから。ツバサは?」
「そうだねえ。肩の荷が下りて、楽になったような気がする」
遠くを見るようにしてタエコが言う。
「大学に入学するときに、同じようにアニキに見送られて新幹線に乗った。あのときは隣にマイがいてくれたおかげで、東京での一人暮らしに心細くなる気持ちが和らいだ」
「6年前になるのかな」
ボクのほうを向いてタエコ。
「いまはツバサが隣にいてくれるから、全然心細くないよ」
川を渡って、次の停車駅、十海(とおみ)駅が近づく。タエコが再び話し始める。
「たしかノエルくんは、ミカのことを『ダチ』と呼んでいた。タイシくんとミカは『同志』と名乗っていた。わたしたちの関係は、どう言い表したらいいのかな?」
「入籍したら『夫婦』だよね」
「法律の上の話じゃなくて」
「...ゲーム専門学校の『同期』。AGLの『同僚』。それに...ボクたちは、同じタイミングで『オトナ』になった」
「なにそれ? やだ...」
タエコはそう言いながら、満更でもなさそうに、ボクのほうに寄りかかってきた。
列車は十海駅を発車した。
「安心したら、眠くなってきた」
「ボクも」
「二人とも眠り込んだらヤバくね?」
「大丈夫。この列車は東京行きだから。もしもボクたちが眠っていたら、守護天使様がお出ましになって祝福してくれるのさ」
「守護天使様?」
「そう。JRの制服着て、『お客様、終点です』って言ってね」
タエコは、ボクの二の腕に頭をつけると、すぐに眠りに落ちた。
彼女の、そのかわいい寝顔を確認すると、ボクも目を閉じる...
<完>
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