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Fundinno137号案件を考察してみた

エンジェル投資家コミュニティ「IFO Investors Club」で、「Fundinno137号案件のSuisonia株式会社ってどうなのよ?」と聞かれたことがきっかけで、自分自身もヘルステック界隈は興味があるので案件概要を読み進めたところ、ふつふつと書きたい欲にかられてきたので、書きなぐりに近いですが文字に起こしてみることにしました。ちなみに筆者はFundinnoプラットフォームを通じての未上場株式への投資は行ったことはありません。財務経理の専門性はある程度ありますが、医療業界については確固たる知見があるわけではないため、かなりの程度憶測が含まれますので、その点ご了承ください。事実認識に誤りがあればご指摘いただけると幸いです。

結論として、いわゆる医療用医薬品やバイオベンチャーと同じ目線ではないかなと。。イメージで言えば水素水で名をはせた「日本ト〇ム」的な位置づけな気がします(※個人の感想です)あと、過去の決算情報についていくつか気になる点がありましたので、十分留意された方がよいと思います。

1.そもそも本当に解決したい課題は何なのか?

僕が読んでピンとこなかった点がこれです。案件概要には下記のように記載されています。

1. 何を解決するためのビジネスか
・増大する「社会保障費」、約30年で2.6倍に増加し121.3兆円に
・まずは、糖尿病患者数、人工透析段階を食い止め、社会保障費削減に貢献

僕自身が糖尿病の治療に関する知見があまりないのですが、例えば糖尿病患者に対する現行の治療法が限定的であり、具体的にこのような課題があって患者さんが苦しんでいるので解決したい、というような書きぶりであれば解決すべき課題として納得がいくのですが、これを読むと「社会保障費を削減することが解決すべき目的」となって、課題に対する解決方法が飛躍している印象を持ちました。また、「インフルエンザウイルスの感染を防ぐ有効な作用を確認。また、新型コロナウイルスに対する臨床試験(海外)を6月よりスタート予定」とも記載があり、あれ、糖尿病もやりつつウイルスも?という感想を持ちました。(ちなみにインフルエンザウィルスに効果がある理由が、免疫力向上によるものではなく、蒸気を吸い込むことにより鼻粘膜をウェットにすることで防ぐと記載されており、これって加湿器の原理と同じでは、と思ってしまいました)私がこの「何を課題としているのか」を重視するのは、安宅さんの名著「イシューからはじめよ」にあるように、解決策の質を上げる前に、課題の質を上げることが重要であると考えているからです。

糖尿病については下記のように記載があります。

糖尿病の診断および血糖コントロールの指標のひとつに「ヘモグロビンA1c(HbA1c)」があります。HbA1cはヘモグロビンが血液中の糖と結びついて糖化したもので、糖尿病により増加します。
セーシェル共和国のリナセンス病院で実施された臨床試験では、「スイソニア蒸気」を吸入することで、HbA1cの値を正常化する傾向が認められました。また、ヘモグロビンの増加、血圧の正常化する傾向も確認されています。
この臨床試験は糖尿病患者を含む慢性腎臓病(ステージ5)の患者23名に対し、1年かけて行われました。「スイソニア蒸気」の吸入は週3回、3時間の透析中に行いました。試験のスタート時は血糖コントロール薬の服用と「スイソニア蒸気」の吸入を並行して行い、途中からは診療ガイドラインに則って薬の服用を中止して「スイソニア蒸気」の吸入のみを行いました。
この結果、糖尿病患者6名において「スイソニア蒸気」の吸入のみでも、患者のHbA1cの数値が正常化し、抗糖化作用が確認できました。また、23名中、糖尿病を併発していた6名の患者は、診療ガイドラインにより血糖コントロール薬を服用しなくてもよいと診断されるに至りました。

糖尿病治療に詳しくない私が上記文章を読んで抱いた疑問が下記です。

事実:スイソニア蒸気の吸入は血糖コントロールの指標の一つである「ヘモグロビンA1c(HbA1c)」を改善させ、血糖コントロール薬を服用しなくてもよいと診断されるものもいた
疑問:当該指標以外のその他の指標の改善には触れられておらず、当該数値の改善が糖尿病の治療全体においてどれほど重要なインパクトをもたらすのかについては触れられていない

既存の糖尿病治療に対してどれだけのアドバンテージがあるのか、効果面でも費用面でも分かりませんでした。(そもそも治療方法なのか、予防医療なのかも判断できませんでした)

スイソニア蒸気は免疫力を高める効果があるとのことなので、いくつかの病気に効果がある可能性もあるとは思います。一方で、例えばがんの画期的な治療薬であるオプジーボやキートルーダも免疫療法の一種ですが、現時点ですべてのがんに対して有効であるわけではなく、ましてやがん以外の病気には有効でないことを考えれば、単純に身体の免疫を向上させることで全ての病気に適用できるというのは、過度に楽観的なのではないかと個人的に思います(ちなみにGoogleで検索するとがん治療で水素吸入を活用している病院もいくつかあるようですが、これらはいわゆる保険適用される標準治療ではない可能性が極めて高いと思われます。がんの標準治療といわゆる先進医療についての見解は、がん研究者の大須賀さんのNoteがとても参考になります)

実際にGoogleで「水素吸入 治療」で検索するといくつものサイトがヒットしており、一部の病気や症状に対しては慶應病院の先進医療にも記載されているようなので、決して治療方法として否定されうるものではないとは思いますが、現時点では標準治療ではなく、またどのような病気に効果があるのかもまだまだ定かではないと思われます。

単に社会保障費の予算削減という課題解決のためで、そのなかでまずは糖尿病が対象というのであれば、もう少し課題の解像度を上げる必要があるのではないかと思いました。

2.資金使途:研究開発費は足りるのか?

資金調達の資金使途については下記のように記載されています。

<目標募集額達成時の資金使途内訳>
 調達額1,250万円を以下の目的に充てる予定です。           
 臨床試験に関わる研究開発費 975万円
 当社への手数料 275万円
<上限応募額達成時の資金使途内訳>
 上記に追加し、調達額3,750万円(目標募集額1,250万円と上限応募額5,000万円との差額)を以下の目的に充てる予定です。        
 臨床試験に関わる研究開発費 525万円
 家庭用suisoniaに関する研究開発費 1,520万円
 その他の研究開発費 880万円
 当社への手数料 825万円

率直にいって、研究開発費がこんなに少なくて問題ないのか、という印象を持ちました。例えば医療用医薬品業界では、それこそ新薬の研究開発に億単位の金額がかかるのに対して、これほど少額の研究開発費で確実に治療効果があると見込まれる製品の開発が可能なのかという疑問を抱きました。(ちなみに資金調達額が上限までいくと、臨床試験に関わる研究開発費が減少するのも不思議に思いました。「その他の研究開発費」って具体的に何なのでしょう…)
なお、同社が開示している2021年3月期にあてる研究開発費は60,550千円ですので、今回の資金調達では全く足りないと思われます。研究開発費には他にも論点がありますので、後述を参照ください。

3.決算内容に関する疑問

2019年3月期と2020年3月期の決算についていくつか疑問点があります。(ちなみに過去の決算情報と今後の事業計画は会員のみしか閲覧できない一方で、PDFでダウンロードできてしまうのは大丈夫でしょうか…)
2019年3月期と2020年3月期の決算概要は下記です。

第36期(2019年3月31日)
 売上:415百万円
 営業利益:18百万円
 純利益:9百万円
 純資産:96百万円

第37期(2020年3月31日)
 売上387百万円
 営業利益:21百万円
 純利益:4百万円
 純資産:105百万円

売上は国内売上が減少したため減収になっているので、事業の成長性に疑念が持たれます。また、主に売上原価が下がったため営業利益は微増していますが、純利益は減少しています。これは2019年3月期に320百万円の借入を行い、その支払利息が発生したのが原因と思われます。

なお、2020年3月期には金融機関ではなく、代表及び代表の関連会社から借入を行っています。このフレンド株式会社は代表が100%持分を有する特許管理会社とのことです。

(1)発行者の代表取締役である橋本勝之氏は、特許管理会社であるフレンド株式会社の代表取締役を兼務しています。なお、同社は発行者の関係会社に該当いたします。
(2)代表取締役である橋本勝之氏より10,269千円の役員借入金が存在しており、関係会社であるフレンド株式会社より、85,435千円の借入金が存在します。

同社の計画では2025年3月まで同社からの借入金が残っていますが、関連当事者取引に該当するためIPOに際しては解消する必要があります。

(1) なぜ借入ではなく増資なのか?

私はこの案件を最初見たとき、なぜ1,000万円強を調達するのに借入でなく増資である必要があるのかを疑問に思っていました。というのも、通常であれば売上4億円程度、二期連続黒字であれば1,250万円程度の借入はそれほど難しくないと思われらからです。ましてやコロナ禍で、政府の支援により融資はむしろ受けやすい状況にあるはずです。
しかし、上記のBSを見ると、既に純資産に対して多額の負債を抱えており、銀行からの与信や資本構成を考慮してもこれ以上金融機関からの借入は難しい(あるいはすべきでない)と判断し、少額にも関わらず増資による資金調達を選択したのだと推察されます。代表および関連会社からの借入も、金融機関からの借入が難しかったからかもしれません。

(2) 研究開発費がゼロ?

2019年3月期、2020年3月期について研究開発費が1円も計上されていませんので、おそらく全額資産計上されていると思われます。日本の会計基準では研究開発費に該当するものは基本的に費用処理するべきものであり、該当するものが全くないのは不自然な気がします。(なお、2019年3月期の固定資産計上額が、投資キャッシュ・フローの金額と全く同じ88百万円となっています。固定資産の内訳が開示されていないのですが、おそらく研究開発費に該当するものを無形資産として計上している可能性があると思われます)

(3) 利益が出ているのに営業キャッシュ・フローがマイナス

2019年3月期、2020年3月期ともに純利益となっているのに対し、営業キャッシュ・フローはそれぞれ288百万円、163百万円の大幅なマイナスとなっています。これは端的に言って、事業で稼げていない、ということを意味しています。
「利益は出ているのに、事業で稼げていないとはどういうことか?」と疑問に思う方もいるでしょう。ここは一概に説明が難しいのですが、2019年3月期は売掛金、2020年3月期はその他流動資産の増加が影響していると思われます。
一方で財務キャッシュ・フローは320百万円、174百万円と増加しています。一般的に営業キャッシュ・フローがマイナスで財務キャッシュ・フローがプラスの会社は、下記のどちらかに該当します。
① 事業の不振(売上の減少)を借金に賄っている状態
② 売上成長のための投資の増加(費用の増加)を増資等により賄っている状態

同社の場合、売上が大幅に成長しているわけではなく、費用も大幅に増加していないことから、①のケースが近いのではと推察されます。

(4) 売掛金回収のサイトが長い

売掛金残高が売上の規模に対して大きい印象を持ちました。売上債権の回収期間を算出すると

2019年3月期:148日
2020年3月期:133日

となり、売掛金の回収におおよそ4~5か月もかかっていることになります。実際に売掛金回収サイトが長いのか、はたまたこちらも憶測なのですが、工事進行基準を適用して、既に受注済みでかつ製造が進んだものについて売掛金/売上を計上している可能性があります。ただし、同社のビジネスについて工事進行基準の適用が妥当かどうかは十分検証の余地があると思われます。というのも、工事進行基準は主に建設やソフトウェアなどの受注制作に適用される会計基準であり、製造業に適用されるケースはあまり無いと思われるからです。

(5) その他流動資産の大幅増加の理由

2020年3月期に「その他流動資産」が280百万増加して359百万円と資産の約半分を占めています。この増加理由と内訳が気になります。(資産の半分を占める項目は、重要性が高いので基本的に区分掲記するべきかと思います)なお、固定資産は増えておらず、投資キャッシュ・フローも2019年3月期と比べて大幅に減少しています。また、売上原価も減少していることから、その他流動資産は仕掛品に近いものが含まれているのではないかとも推測されますが、ただしその場合別掲されている棚卸資産と同じ類のものなので、本来は区分せず一括して掲記するものになるはずです。一方で研究開発費相当のもの大多数を占めているとすれば、2019年3月期には固定資産に計上していたため会計方針に一貫性がないですし、そもそも流動資産に計上すべきものではありません。

(6) バリュエーション

pre moneyで720,000千円、2020年3月期の純利益は9,000千円ですので実績PERは約80倍という計算になります。今後の事業計画によれば売上は倍々に増える計画なので、それを達成することができる前提であればこの高いPERは支持されうると思われます。しかし、前々期から前期の売上成長率はマイナスのため、事業計画の蓋然性に留意が必要です。

4.規制環境

同社の製品について下記の記載があります。

最新モデルの「suisonia ENEX」は、一般医療機器として登録販売されております。

こちらのサイトによると、「一般医療機器」は「生体へのリスクがきわめて低いので、製造・販売において最もハードルの低い医療機器」とのことです。

医療業界は人の命に関わるため、規制が厳しく、関連する法令や規制に注意が必要です。同社が最も大きく影響を受けそうな法令、規制が気になります。特にマイルストーンにおいて糖尿病に関する事項が明記されていないことや、ウィルスに対する臨床試験を日本やアメリカ等ではなくフィリピンで行う理由、またFDA登録をASEANを中心に進めていく理由(メリット)について疑問に感じました(ここは門外漢ですので、知見のある方はお教えください)

5.その他

(1) マーケットの規模

市場規模について、

約525兆円/年【2030年世界ヘルスケア産業の予測市場規模(日本再興戦略調べ)】

と記載がありますが、少なくとも同社がポテンシャルとして全て取りうるマーケット規模ではなく、また十年先の将来予測である点について注意が必要です。少なくとも糖尿病治療やウイルス治療のマーケット規模を示すべきではないかと感じました。

(2) 競合情報

同様の水素吸入装置を扱う競合情報の他、他の糖尿病治療やウィルス治療方法との比較を知りたいものの、専門的な知見を持たない大多数の投資家にとっては、調査に非常に時間がかかると思われます。

(3) 経営者のリスク

代表取締役への依存リスクについて記載がありますが、代表取締役社長は77歳と高齢であり、健康状態による経営者リスクが気がかりです。

最後に

グッドラックスリー以来、久しぶりにFundinnoの案件を見たのですが、開示内容も多く、また読んでいくうちに次から次へと疑問点が浮かび上がり、調べるのにも時間がかかりました(ほとんどは疑問のまま。。)案件が開示されてから申し込みスタートまでのタイムラインが暦日で1週間程度となると、普段本業のあるサラリーマンは分析に十分な時間が取れず大変なのではないかと感じます。案件内容の開示から申し込みまでのタイムラインにもう少し余裕を持たせた方が、投資家にとっても考える時間が増えるのでいいのではないかと思いました。

最後に、エンジェル投資家コミュニティ「IFO Investors Club」に興味がある方は、ぜひtwitterでご連絡いただければと思います!(宣伝)


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