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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ⑧

第8話 駅の街オースグリフ

 駅の外へ出ると、先ほど上から見下ろした街が広がっていた。
 階段を降り、広場へと出る。

「でけー! 広い!」

 両手をあげてすっ飛んでいきそうなカナリアの首根っこをガッと掴み、とりあえずつなぎ止めておく。
 広場は石畳になっていて、ブロック状の石が鱗のように――少し乱雑にびっしりと並んでいた。その中央部分はブロック状の石が円形に並べられ、大きな樹が目印のように立っていた。周囲にはベンチが並べられ、憩いの場か人待ちの場所になっているようだった。
 その近くには街の地図があったが、区画が綺麗に色分けされている。矢印やシンプルなアイコンで示され、それこそ駅の案内図のようだ。
 実際の通路のほうも整然として、駅中から繋がった地下街を思わせる。案内図によると、放射状に伸びたメインの通路は、それぞれが商店街や住宅街などの区画に繋がっているようだった。通路はかなり広く、車道と歩道は分けられていなかった。だが、見ていると中央部分を騎乗竜や竜車が通り、人々は建物に近いところを歩いていた。長い間に培われた習慣のようなものだろう。それぞれの区画の入り口には、区画の内容を示すアイコンが描かれた看板が矢印とともに設置されている。まるでこの国そのものが駅の中のようだった。

「では、参りましょう」
「ああ」
 
 ボオルマンは、右から二番目の道路へと案内した。入り口には宿の形の描かれた看板があった。区画に入ると、大きめの旅行鞄を持った人々が行き交っていた。ウィルは、今度から異界の扉をくぐる時は専用の鞄が必要になるかもしれないと心から思った。立ち並ぶ建物は土産物屋もあったが、主に宿が多く、それぞれアーチのような入り口に「業突く張りの落とし穴亭」だの「火箸酒蔵亭」だの「シェフ・ベンスンの肉料理宿」だの書かれている。

「ほとんどは一階が酒場やレストランになっている店が多いのですよ」

 ウィルの視線に気がついたのか、ボオルマンがそう説明した。

「もともと、ここは料理屋街だったのですがね。客が増えるに従って宿もやるようになったのです」
「……それで、こんな名前があるのか」

 「美食家茶寮の宿」と書かれた看板を横目に見ながら言う。

「これからご案内する宿にも、レストランがついていましてな」
「ホントか!? へー、どんなとこなんだろうな!」
「あ……、いや。だが俺達は金を……」
「ああ、その点はご心配なく。さきほど、駅長から報酬を受け取ってきたのです」
「報酬?」
「はい。偶然とはいえあなた方は盗賊団を撃退し、そして終着駅までの護衛を頼まれてくれたのです。これは正当な報酬です。お受け取りください。二、三週間ほどでしたら、宿で街を見て過ごしてもどうにかなる金額です」
「そうか、わかった。ありがたく受け取っておこう」

 お前寝てただけだろ、というカナリアからの視線は無視した。

「しかし、とんだ災難でしたな。どこかで落とされていたら必ず連絡をしますよ。財布をすった犯人がいるのなら、早いところとっ捕まって欲しいものですな」
「……。……そうだな」

 そういえばそういう設定だった、とウィルは思い出した。
 しばらく歩いた頃、ボオルマンがここです、と言って立ち止まった。

「私の親戚がやっている宿でしてな。少々お待ちください」

 看板には『空っ風とホイルスの旅籠』と書かれていた。
 その巨体をも通す扉が開け放たれると、カウンターの向こうに大型のトカゲが見えた。扉はすぐに閉じられてしまうが、知り合いにかけるような声がした。五分もしないうちにボオルマンは戻ってきた、笑いながら「オーケーでした」と言った。

「わたくしはまだ仕事がございますので、本日はごゆっくりお過ごしください。それから、これを」

 懐から小さな袋をつまみあげると、ウィルに渡した。
 巨体のボオルマンが持つと小さく見えたが、受け取ると両手にすっぽり収まるほどだった。

「今回の報酬でございます」
「すまないな」
「いいえ。どうかこの街をお楽しみください。ウィル様、カナリア様」
「またなー、おっちゃん!」

 片手を大きく降るカナリアに手を振り返すと、

「おし、入ろうぜー」

 その背中が見えなくなると、カナリアはさっそく宿の中へと足を踏み入れた。
 既に話を聞いていたのであろう店員が出迎えた。

「やあ。あんたたちが例の二人だね」
「ああ。部屋は空いてるか?」
 二人はカウンターの前に立つ。
「特上のが空いてるよ。あんた、ボオルマンの大事な客なんだってな。大切におもてなしさせてもらうよ」
「そりゃいい。宿代はいくらだ?」
「朝食つきで、一晩5クランだ。でも今日はいいよ。ボオルマンが一晩分払っていったんだ」
「えー! おっちゃん、ぜんぜんそんなこと言ってなかったぞ!」

 カナリアがドアを指さしながら言うと、店員は笑った。

「そういう奴なんだよ。とにかく、今日の分はもう貰ってる」

 店員は踵を返すと、後ろの壁に貼り付けてある木箱のガラス戸を開けた。中には鍵かけが三列あり、店員は一番上の列から鍵を取り出した。鍵につけられたキーホルダーには、5号室と書かれたプレートがついている。
 確認をしている僅かな間、暇を持て余したカナリアがウィルを見上げた。

「なあウィル、ところで、ホイルスってなんだと思う?」
「……さあ?」
「このあたりの地酒さ」

 戻ってきた店員が答えた。鍵をカウンターに置き、近くにあったバインダーに手を伸ばす。

「地酒かあ。じゃあオレは無理だな」
 店員はカナリアに笑いかけ、それからウィルをちらっと見上げる。
「お兄さんだったら飲めそうだな」
「……まあ、少しなら」
「オススメだよ。飲んでみな」
 バインダーに挟まれた紙に何かを書き付けながら、すらすらと続ける。
「アンシー・ウーフェンの巨樹からとれた新鮮なブドウだけを使ったフルーツ・ワインだ。フルーティだけどガツンとくるんだ。一発で酔えるぞ」
「そりゃ困ったな」
 あまりにウィルが素っ気なく言うので、店員は爆笑した。
「はははっ。兄さん、さては下戸だな?」

 ウィルは何も言い返せなかった。

「……たしなむ程度だ」
「そういうことにしとこうか」

 店員はにやりと笑いながら、バインダーを二人に向けた。

「ここにサインを。ちゃんと二人分頼んだ」

 差し出された宿泊契約書に二人分の名前を書き込むと、店員は再びバインダーを受け取ってチェック項目を書き込んだ。それからバインダーを横へやると、鍵を手にする。

「よし、これでいい。部屋は三階の5号室、一番奥の部屋だ。間違えないようにな」
「ああ」
 鍵を受け取り、その手をスーツのポケットに入れる。
「朝食は一階のレストランで、朝七時半からだ。夕食もやってるけど、どっかで食べてくるのもオススメだね。オレのオススメが聞きたきゃあ、後でいくらでも紹介してやるよ」
「そりゃどうも」
「あんがとな!」
「はいよ。良い宿泊を!」

 二人は店員から踵を返すと、奥にある階段に向かって歩いた。
 年季の入った宿だが清掃は行き届いていた。清潔感があり、埃ひとつ落ちていない。古びた絨毯の敷かれた階段を登ると、三階まですぐにたどり着いた。一番奥の部屋は角部屋で、4号室の客だけに気をつければ静かに過ごせそうだった。
 鍵を開けると、カナリアが真っ先に飛び込んでいった。
 奥の部屋でベッドを二つ見つけると、すぐさま片方にダイブした。

「ベッド!」

 ばいんと音を立ててトランポリンのように跳ねると、うつ伏せになったまま揺れたあと、仰向けに寝転がる。

「オレこっち!」
「はいはい」

 窓側の明るいベッドを占拠してから言われても、もはや選択の余地はない。
 ウィルはマントを外し、貰った小袋を一緒に壁際のベッドへと放り投げた。スーツを脱ぐと、壁にかけられていたハンガーを手に取ってかける。その上にマントもかけておくと、フックに引っかけた。
 ベッドは真っ白なシーツが敷かれていて、寝心地は悪くなさそうだ。マットレスは少しばかり年季を感じたが、寝るぶんには十分だった。
 ベッドに腰掛けると、貰った小袋の中を確認する。中には硬貨が二種類入っていた。革手袋をした掌に取り出してみると、どちらも色は銀色で、彫刻のされた大きめのコイン型の硬貨が二十枚ほど。そしてそれより小さな銀色の四角い硬貨が五、六枚ほど入っていた。
 硬貨の確認をしている間に、カナリアが起き上がった。自分のベッドに座ると、視線を硬貨に向ける。

「それ、ここのお金だよな」
「ああ」
「どんくらいだ?」
「……一晩泊まって朝食がついて5クランと言っていたから……」
 指先で掌の上の硬貨を少し動かし、小さい方を示す。
「クランはおそらくこっちの四角い銀貨の方だな」
「なんで?」
「これ全部で二、三週間は滞在できるって言われただろ」
「あー、そっか」
 宿代だけでなく食事代や必要経費を考えると、そう考えるのが妥当だ。
「ひとまず、いまは俺が預かっておくか」
「うん。そうしといてくれ」

 とりあえず町中で手分けするようなことはないだろう。スーツのポケットに袋を突っ込んでおくと、不自然に膨らんでしまった。後でなんとかすることにして、ようやくウィルは人心地ついた。列車の中でも眠ってはいたが、一時的な休息とはまた違う。
 その間にさっそく元気を取り戻したカナリアは、部屋の中をあちこち見て回っていた。
 部屋の中はツインルームなだけあり、二人で過ごしても余裕があるくらいだった。窓際には丸テーブルと一人がけのソファが二つあって、ここからの眺めはずいぶんと良かった。ベッドの足が向いている側の壁にも長テーブルと椅子があり、引き出しの中には部屋での注意事項が示されていた。ベッドで飛び跳ねないでくださいという項目は読み飛ばして、元に戻す。
 部屋の入り口側へ戻ると、壁の扉を開けた。中は洗面所にトイレとシャワーがついていたが、思ったよりも広かった。大型のトカゲも泊まりに来ることを想定しているらしい。反対側の壁についているドアを開くと、中はクローゼットになっていた。特に入れるものもなかったので、すぐに閉めた。
 最後にカナリアは自分のベッドに戻る前に、ウィルが服をかけた壁に目をやった。端に受話器がついている。フロントの電話番号が書かれていた。
 カナリアはおもむろに受話器を手にした。受話器に隠された部分にボタンが三つあるのが見えた。それは無視して、耳に当てた。
 ツーッツーッという音が聞こえてくる。
 まるでどこかに電話でも繋げるように、カナリアはしばらく待った。

「……それで、どうだ?」

 ウィルが不意に聞いた。

「うーん」

 がちゃんと受話器を置く。首を振った。

「通じねぇ。たぶんボタン押すとフロントに繋がっちまう」
「それはやめておけ」

 特に用事もないのに、フロントに迷惑だ。

「シラユキと繋がらない事なんて、いままであったか?」
「あるにはあるぞぉ。条件が揃ってないとか、妨害電波っぽいのがあるとか」
「お前たち双子の繋がりが妨害されることなんてあるのか?」

 カナリアが電話をしようとしていたのは、フロントではない。
 次元の扉を越えた向こう側、次元の裂け目にある最果ての館で待つ双子の片割れへと電話をかけようとしていたのだ。

 カナリアとシラユキは、魂とでもいうべきもので繋がっている。
 二人は双子とはいえはっきりと区別がつくほどに違っている。果たして本当に双子なのかと思うほどだが、その魂は確実に繋がっている。だからどちらかが次元の扉を越えても、どちらかが拠点で待ってさえいれば、連絡を取ることができた。次元の扉が閉められてしまっても、電話のようなものや、通信機器、はたまたそれらしいものを使えば、それらは最果ての館にいる片割れへと連絡を取ることができるのだ。

「でもそれはウィルも同じだろー? 繋がるのか?」
「……」

 ウィルは押し黙った。
 ウィルの場合は、それが自分の使い魔のフクロウだった。ウィルは通信手段こそ問わないが、相手が人間でないぶんできることは限られていた。だが、使い魔が双子のどちらかと一緒にいればなんとかなる。それでも、そんなウィルですら連絡をとることができなくなっていた。互いの繋がりが途絶えたわけではない。だが、何かに妨害されているようには感じていた。

「感覚的には、電波が切れてるとか届かないとか、そういう感じだなー」
「ぜんぜんわからん……」

 魔術師であるウィルはせめて魔力の感覚で説明してほしかった。
 だがそれはそれでカナリアには理解できないので仕方ない。

「それと、もう一つ」
「……」
「誰かが、閉じ込めた」

 この世界の誰かが、意図的に扉を閉じた可能性。
 いわばそれは悪魔の召喚の様なもの。悪魔は召喚された魔法陣の中から出る事はできず、召喚者を消すか還されるかしないとその場から動けない。

「基本的に繋がった先で出られなくなるのは、この世界に『呼ばれた』場合が多いんだよ。巻き込まれる場合も、まあ、あるかな。だから、呼んだ奴を探せばいい」
「ということは、列車に通じていたあの扉……。あの扉が閉じたのも、偶然ではなかったのか?」
「それはありえるなー」
「……つまり、そいつを探すなりぶっ飛ばすなりしろと?」
「すげー簡単に言うとそう!」
「で、どこにいるんだそいつは」
「さあ?」
「……」

 さすがにそこは悪魔の召喚のようにはいかない。召喚者が目の前にいるとは限らないのだ。

「意識してるにしろしてないにしろ、それこそ次元を越えちまうような、世界にひずみを生じさせるくらいの、切実で、切羽詰まって、ほんの少しでも希望があったら閉じ込めちまうような、強すぎる願い事の持ち主なんだよ。オレ達はいま、そいつに閉じ込められるなり、願いに巻き込まれるなりしてる。そいつがどうにかならないと、オレ達は連絡すらできないってこと」
「……」

 ウィルは眉間に皺を寄せた。
 それからがりがりと頭を掻き、苦々しい顔をする。

「まあまあ、そんな顔すんなよ~。なんとかなるって!」
「なんでお前はそうも気楽なんだよ……」
「いやあ、なんとかなるって! いくらウィルの不幸体質がこの事態を呼び込んでてもな!」
「どさくさ紛れに俺のせいにするな!」

 これはもう絶対に早く連絡をつけて、とっとと帰るしかない。

「もう知らん、俺は寝る!」

 拗ねるように転がったウィルに、また始まった、と言わんばかりの顔をするカナリア。
 だがウィルは数秒もしないうちにすぐに起き上がると、渋い顔をした。

「どうした?」
「……腹が減った」
「よし! じゃあ先に夕飯食いにいこうぜ、夕飯! オレもお腹空いた!」

 ウィルはカナリアを見てため息をついた。仕方ないというようにのろのろと立ち上がると、先ほどかけたばかりのスーツとマントを引っ張りだして、羽織った。

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