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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ④

第4話 新聞記者ヘイウッド・ペグ

 ウィルが車内に戻ると、乗客たちが拍手で出迎えた。
 この車両に乗っていた者たちだろう。乗っているのは作業着姿の客が多かった。列車の豪華さに比べて少しちぐはぐな印象を受ける。服装から怪しまれなかったのはそのためだろうと思った。
 それでも思わずのけぞってしまいそうだった。トカゲの車掌までもが小さな帽子を取って頭を下げている。仕方なく、胸に手を当てて一礼をする。わっと拍手が大きくなった。
 車掌がその巨体をゆっくりと回転させ、乗客達へと向き直った。

「さあ、お客様。個室にお戻りください。終着駅まではまだしばらく時間がございます」
 乗客達があらかた個室へ戻ってしまってから、今度は二人のほうへと視線を向けた。
「失礼致しました。まさか魔法使い様だったとは……」
 心の底から申し訳ないと思っているような表情だった。
 こっちのほうが申し訳なく思えてくる。
「ああ。別に気にしてない」
 ウィルは極力、落ち着いて言った。
 横からカナリアが口を出す。
「さっきの連中、いったいなんなんだ? なんとか団って言ってたけど」
 一文字も覚えてねぇじゃねぇか、というツッコミは心の中だけにしておいた。
 車掌は少し考えてから口を開いた。

「『無銘なる黙示団』。我々の鉄道会社――ドラゴニカ・エクスプレスを狙う盗賊団です。奴らのせいでこの草原周遊列車には常に護衛が乗っているのですが、近頃は動きが活発化して、あっちもこっちも手一杯で」
 心底困ったというように肩を落とす様は、まるで中間管理職だ。
「今日は運が悪かったのです。この周遊列車は、片時も動かさぬわけにはいきませんから……。だが、あなたが乗っていてくれたおかげで本当に助かりました。ありがとうございます」
 そこまで言って、トカゲの車掌は、もじもじと何か言いかけた。
「あのう、それでですな。もし魔法使い様が宜しければ、の話なのですが……」
「なんだ?」
「このまま終着駅まで護衛をお願いしたいのです」
「いいぞ!」
「は!?」

 即答したのはカナリアだった。めちゃくちゃにいい笑顔だ。
 あまりの即答ぶりに、思わず言い返す。

「ちょっと待て、勝手に――」
「いいじゃねぇか、乗りかかった列車だぞ」

 しかも正しくは列車ではなく船だ。

「いかがですか。終着駅にはわたくしどものオフィスもございますから、改めてお礼を申し上げたい。もちろん、切符も件についてもこちらで処理を致しましょう」
「うっ……」

 それを言われると、何も言えない。

「ほらほら、どうせ終着駅までなんだし。お前が一回退けたんだから、もうめんどくさいことは起きないだろ」
「お前……」

 カナリアと車掌の視線を一身に受け、ウィルは苦渋に満ちた表情でがしがしと頭を掻いた。それからなんとか平静を装いつつ、車掌に視線を戻す。

「……わ、わかった。頼まれてやる……」
「ありがとうございます!」
「その代わり――」
「もちろん切符の件は結構でございます。終着駅に着いたら案内させていただきますよ。どうぞそれまではゆっくりお過ごしください」

 まるで護衛に対する言葉ではなかった。ウィルはなんとか頷くと、トカゲの車掌は一礼だけして去っていった。その背中を見ながら、ため息をつく。
 そうして二人は空いていた個室へと入り込んだ。
 どっと疲れがきて、両端に並んだソファの片方へと座り込む。

「おおっ! すごいぞウィル! ふかふかじゃん!」

 もう片方に座ったカナリアは、ソファの弾力を確かめていた。

「お前なあ……」
「それより、撃退お疲れ!」

 元気よく片手をあげる。
 ウィルが死んだ目をしたまま片手をゆっくりとあげると、掌をばしっと叩かれた。すぐにひっこめる。ため息が出た。

「まったく、安請け合いしやがって。魔法だってタダじゃねぇんだぞ」
 背もたれに埋まるようにして頭を掻く。
「なに言ってんだよー。困ってる奴がいるなら助けるのは当然だろ?」
「俺を勝手に巻き込むなよ!」
「でも結局やってくれただろ、ウィル! ありがとな!!」

 微妙に怒りで何も言えなくなっていた。
 だが終着駅までというのなら、それでもよかった。これまでのカナリアが、シラユキと連絡を取っていない、ということは。

「それにここ、シラユキと連絡取れそうなものが無いし。結局、終着駅に行った方が何かありそうだしさ」
「まあ、そうだよな……」

 いずれにせよ列車の中からはどうしようもない、ということだ。
 俺はめんどくさいんだが……というと今度こそ頭を叩かれそうだったので、やめておいた。

 少なくとも終着駅までは盗賊団も来ないことを祈った。
 ぼよんぼよんとソファで跳ねているカナリアはさておいて、自分だけでもこの世界の情報を集めておこうと誓った。
 さて、と改めて個室の中を見回す。
 個室の中は六人ほどが座れそうな広さだった。カナリアが横になっても多少余裕があるくらいだ。ソファは床と同じワインレッドで、背もたれは少し固めだがちゃんとついている。この列車に乗るには申し分なかった。それぞれのソファの上にはラックがあり、荷物が置けるようになっていた。ドアの上についているランプは、廊下にあるものと同じもので、気品を感じさせる。なかなか上等な車両のようだが、乗っている乗客たちは様々だった。これがこの世界の普通レベルなのだろうか。まさか作業服を着た会社社長が乗っている、なんてこともあるまい。
 もしかしたら寝台が無い分、設備だけは上等な車両と同じなのかもしれないと思った。
 中央の窓からは相変わらず、どこまでも続く草原が見えている。廊下側から見た時と同じで、森や建物の類はまったくといっていいほど無かった。まるで世界そのものが草原だけしかないような錯覚に囚われる。動物も見当たらない。盗賊が乗っていた騎乗竜も、野生らしきものは見当たらなかった。
 外の様子を見ていると、カナリアが再び立ち上がった。ドアに向かって視線を向ける。じっとドアを見つめたあとに、勢いよく開けた。

「ひゃあっ!」

 カナリアの声ではない。

「なにしてんだ?」

 今度はカナリアの声だった。
 振り向くと、ドアの前に帽子をかぶった若い女が立っていた。カメラを構えて、出てきたカナリアを見つめている。年は二十代前後くらい。先ほどの『無銘なる黙示団』が現れたとき、特ダネだと叫んで写真を撮っていた女だった。髪は茶色い短髪で黒い目をしていて、悪戯っぽい表情をしている。縦線の入った白いシャツに、茶色いズボンをベルトで吊っていた。そして首から提げたカメラを手に、驚いたように目を丸くしている。気付かれるとは思っていなかったような顔だった。
 ウィルの視線に気付くと、はっとしたように背筋を伸ばした。
 軽く咳払いをした後、にこやかな表情を作る。
 あのカナリアを押しのけて中に入ってくると、勝手にウィルの向かい側のソファに腰を下ろす。
 ――こいつ、やるな……。
 瞬間的に思ってしまった。
「いやあ、さきほど盗賊団を追い払った技、見ていましたよ! 凄い技をお持ちのようで!」
「あ、ああ……まあな」
「それならやはりあなたは、魔法使い様ですよね?」
 ずいっと顔を近づけてくるヘイウッドに、ウィルは眉間に皺を寄せた。
「……近い近い! そもそも何の用なんだ」
 不機嫌さを隠しもせずに言うと、ヘイウッドは顔を戻した。
「どうも失礼しました。わたしは、ドラゴニカ鉄道新聞社の敏腕記者。ヘイウッド・ペグと申します。どうぞお見知りおきを!」
「……」
 対するウィルは、ますますうさんくさいものを見る目をした。

「で、その敏腕記者が何をしに来たんだ」
「もちろん! 魔法使い様の取材で……、あっ、これ名刺です!」
 ヘイウッドは懐から名刺を取り出し、両手で差し出す。
 ウィルがいやいやながら受け取って見ている間に、ちゃっかりとカナリアにも渡していた。

 ―――――――――――――――――
 ドラゴニカ鉄道新聞社社会部記者
         ヘイウッド・ペグ
 ―――――――――――――――――

 渡された名刺には確かにそう書かれている。
「いやあ、まさか本物の魔法使い様にお会いできるとは思いもしませんでした! なにしろ伝説の存在ですからね! それで、あの技はどうやったんですか、どこかから取り寄せたりしているんですか? それともああいうものをなんでも作れたりするのですか? 魔法使い様はもうこの世界にはいないと学びましたが、やはりどこかで生き残っていたのですね!」
 ヘイウッドは興奮気味にまくしたてる。
 ウィルは完全に辟易していた。どこからつまみ出したものか、とヘイウッドを見ながら、どこかしらに隙が無いかを探した。視界の端に、首から提げたカメラが入る。
「……」
 これだ、と思った。
 すっと目の前に指先を立ててやった。ヘイウッドが驚いたように指先を見つめ、ぱちぱちと瞬きをした。視線を向けさせるように、指先をカメラに向けた。思った通り、ヘイウッドの目はそのままカメラへと落ちる。

「……。ところで、そのカメラは最近の流行か?」
「……へっ? あっ、わ、私のことなんていいじゃないですか、それよりも魔法使い様の事を知りたいんです!」
 呆気にとられたようなヘイウッドが、慌てて軌道修正をはかる。
「俺を撮るんだろう? だからカメラが気になってな」
「ええ? そうですか?」
「ああ。俺はこだわりがあるほうだからな。良いカメラで撮ってもらいたい」
 指先を握ると、意味ありげに視線を向ける。
「それに、良い女にもだ」
 ウィルは男性だとわかる顔立ちではあるが、中性的で整っていて、世間一般では美丈夫と呼ばれるような風貌をしている。もし女性であると言っても信じただろう。
「えっ? いやあ、そんな」
 ヘイウッドはどちらに反応したのか、カメラを構えながらニヤついた。
「ちょっと見せてくれないか」
 握った手を今度は差し出す。
「そ、それじゃあ、ちょっとだけですよお」
「ああ。すぐ返す」

 カメラを受け取ると、ウィルは表側や裏側をそっと見回した。
 二人の視界の外で、カナリアがそうっとドアの方へと手をかける。
 その間に、おもむろに裏蓋を開ける。フィルムが入っていた。この形式ならば、どこかの異界で見た事があった。

 ――……確か、このあたりに……。

 フィルムの端を掴むと、思い切りビーッと音をたてて中身を抜き取る。

「あ~~~!?」
 悲鳴があがった。
「悪いな。残念だが、取材NGだ」
 ぽいっとカメラを投げる姿勢をとる。
 絶妙なタイミングで、カナリアが勢いよくドアを開けた。
 カメラが放物線を描いて、綺麗にドアの向こうへと投げられた。
「わたしのカメラ~~!」

 ヘイウッドはカメラを追って、ドアを通過していった。パシッとキャッチしたのを見届けてから、勢いよくドアを閉める。ウィルはそれに鍵もかけておいた。
 二人して、ドアに耳を傾けて廊下の音を聞く。バタバタと廊下を走っていく音が遠ざかっていった。音が聞こえなくなってから、ウィルはようやくドアから離れた。

「よし、これでしばらくは大丈夫だ」
「ほんとかぁ?」

 カナリアはドアの向こうを見る。
 終着駅で降りようとしたらまた突撃されたりしないのだろうか。

「どちらにせよ、ああいう手合いは関わるとめんどくさそうになると、俺の中の何かが警告してるんだ」
「まあ、わかるぞ!」
 わかるのかよ、と思ったが、これ以上は何も言わないでおく。
 ウィルはソファに寝転がると、目を閉じた。
「……さて、終着駅まで俺は寝る」
「護衛は?」
「何かあったら起こせ」

 カナリアは、えー、という顔をした。

 ――しかし。

 目を閉じながらもウィルは考えた。

 ――魔法使いがいなくなった、とはどういう意味なんだ。

 もしかしたら、もっと面倒な事に巻き込まれるかもしれない。僅かによぎったそんな考えを、ウィルは振り払った。そこまで自分は不幸な魔術師じゃあないだろう、と期待をこめて。

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