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【秋祭り ‐1】


 

「タマ、タマ、おねがい助けて……」

 莉子りこは、またしても同じ夢にうなされて目が覚めた。

「どうしたんだ? 酷くうなされてたぞ!」

 隣に寝ていた和樹かずきも目が覚めて、莉子に声をかける。

「怖かった……」

 裸の莉子は汗だくになっていた。

「怖い夢でも見たのか?」

「うん、怖かった……」

 莉子は甘えるように和樹に抱きついた。

「大丈夫か? 少しワインでも飲むか?」

「そうね、ちょっと飲もうかな~」

「了解!」 

 そう言うと、和樹は裸の腰にバスタオルを巻いて冷蔵庫に向かう。

 ワインを取り出すとテーブルに置きグラスを二つ用意した。そこに白ワインを注いで香りを楽しんでから、「そっちに持っていくか?」と、莉子に声をかけた。

「お願い」という声を聞いてから、和樹は両手にグラスを持ってベッドに戻る。

「ヴィーニュ・デ・ポール・ヴァルモンか…… 香りがいいね」

「そう?」

「うん、オレは好きだよ」

 そう言いながら、和樹はグラス半分ほどを飲んだ。

 全裸のままベッドに横になっていた莉子は起き上がり、青い縞模様のワンピースタオルを頭からかぶった。ベッドサイドに腰を下ろし、「ちょうだい」と和樹に手を伸ばす。

 グラスを受け取ると両手で包み込むようにして口に運んだ。 

「ホントだ、あんまり気にしてなかったけど、とってもフルーティーな香りがする」

「せっかく冷やしたワインが温かくなるぞ、そんな持ち方すると」

「いいの、すぐ飲んじゃうから」

 そう言うと、莉子も半分以上を一気に喉に流し込んだ。

 

「どんな夢見たんだ?」 

「うん……」

 莉子は二十八歳、二歳年下の和樹との同棲生活は、もうすぐ半年を過ぎる。

 この二人は合コンで出会った。どちらも数合わせのサクラとして参加していたが、どちらがどうという訳でもなく、この二人はごく自然に波長が合った。

 一次会が終わり、

「さぁ、二次会はカラオケですよ~」

 と、幹事役が声を大きくしていた時には、すでにこの二人はそのグループから離れて夜の公園に身を隠していた。

 

「その夢、怖いの?」

 肩に頭を乗せている莉子の髪を撫でながら和樹が聞く。

「そうね…… 小さい頃の夢。今でも怖いんだ……」

「話してみなよ、その夢」

「いいよ。今じゃ本当にあったことなのか、それとも私の妄想もうそうが作り出したものなのか? 私にもよくわかんないんだ」

「それでもいいから話してみな。聞いてあげるから」

「いいの、怖い話だよ」

「いいよ、怖くなったら莉子に抱きつくから」

「あべこべじゃない」

「そうか。ほらオレ、ビビりだからさ」

「じゃ、聞かない方がいいでしょ」

「だって、気になるじゃん」

「本当にいいの」

「いいよ」

「じゃ…… 話すよ」

 そう言うと、莉子は残ったワインを飲み干してから話し出した。

「私のおばあちゃんは、私が小学三年生の時に死んだんだ。私、おばあちゃん子だったから、とっても悲しくて……」

 莉子の家族は祖母と離れて暮らしていた。だが、離れてといっても同じ町内であり、子どもの莉子が歩いても十分ほどで着く距離だった。

 両親とも仕事を持っていて、夕方母親が帰るまで莉子の家は誰もいない。そのため一人っ子の莉子は、学校が終わると毎日祖母の家で母親の帰りを待っていた。

 祖父は退職後間もなく他界してしまい一人暮らしとなった祖母は、莉子の帰りを毎日楽しみに待っていたのだ。

 その年は寒い冬だった。 

 どこで感染したのか祖母はインフルエンザを悪化させ、肺炎はいえん併発へいはつして緊急入院した。一人暮らしのため発見が遅れ、集中治療室で耐えたのも二日が限界だった。三日目の早朝に祖母は息をひきとった。

 母親が冬季休暇だったため、冬休み真っ最中の莉子は母親と自宅で過ごし、祖母は一人自宅にいた時のことだった。

 この時莉子はまだ小学三年生、粉雪が舞うとても寒い朝のことだった。

 祖母は「タマ」という年老いた三毛猫を飼っていた。莉子にとてもなついていたタマは、祖母が亡くなると莉子の家に引き取られる。だが、慣れない環境に高齢のタマは体調を崩し、動物病院でも手の施しようがないほど衰弱した。

 祖母が他界した一か月ほど後で、祖母の後を追うようにタマも他界した。このタマの死は、祖母を亡くしたばかりの幼い莉子に追い討ちをかけ、莉子の心を悲しみのどん底に突き落とした。

 学校が終わってから自宅で一人、母親の帰りを待つ毎日が莉子はどうしようもなく寂しかった。だが、そんな日々にも少しずつ慣れ、暖かい春の日差しの中で莉子は小学四年生に進級する。

 この出来事はその年、莉子が小学四年生の秋に起きた。

 莉子の暮らす町では、毎年近くの神社で秋祭りが行われていた。どういう理由からかは不明なのだが、開催の時期は「秋彼岸の入り」と決まっていた。

 その年は秋彼岸の入りが日曜日と重なり、休日だった両親と一緒に莉子は秋祭りに行った。屋台がたくさん出ており、夕暮れにはまだ早い時間帯だったが、神社の参道はたくさんの人でにぎわっていた。

 莉子はあちこちで同級生に会い、両親と離れたりくっついたりを繰り返していた。やがて静かに夕陽が沈みはじめると、西の空はオレンジ色から赤く色を変える。

 この時刻は「影が消える」時刻なのだ。

 影は光が作り出す。空にはまだ光が届いていてそれほど暗さは感じられないのだが、その力のみなもととなる光源こうげんが西の空に沈みはじめると、影は力を失い徐々に薄くなりやがて消える。

 この時間は『逢魔おうまどき』影を持たないものたちが暗躍あんやくする時間が始まる。いにしえには「怪異かいいと出会う時刻」ともされていた。

 そんなことなどまったく知らない莉子は、仲良しの万里江まりえと屋台を探索している。金魚すくいを見つけると、二人は顔を見合わせうなずいた。

「りこちゃん、やろうか!」

「いいよ。まりえちゃん勝負よ! 今年は負けないよ」

「残念だけど、今年も勝ちはわたしよ」

「その高い鼻、今年はへし折ってあげるわ」

「いうじゃない! じゃあ負けた方が焼きそばおごりね!」

「受けようじゃない! 後で泣き見るわよ」

「そういうのは、勝ってから言うものよ!」
 
「まりえちゃんもね」

 目から火花を出しながら二人の勝負は始まった。 口だけでなく万里江は金魚すくいが上手うまかった。あっという間に赤い金魚が二匹、お椀の中で泳いでいる。

「どう、もう勝ちは決まりね!」

「まだまだ、勝負はこれからよ!」

 そう言うと、狙いをさだめて莉子も一匹すくい上げたが、二匹目をすくった瞬間に紙が破れた。

「あ!」 

「ウフフ、勝負ありね」

 そう言う万里江のお椀には、三匹目の金魚が入っている。

「未熟者が! さぁ焼きそばよ」

 二人はビニール袋に金魚を入れてもらい、焼きそばの屋台の方に歩き出す。

「うぅ…… 無念じゃ……」

 莉子は、一匹だけ入っている金魚を見ながら言う。

「実力の差よ」

 万里江は三匹の金魚が入っているビニール袋を高く持ち上げ、勝ち誇ったように言った。

「来年は必ず勝ってやる!」

「軽く返り討ちにしてあげるわ」

 そんなことを話しながら歩いていると、焼きそばの屋台が見えてきた。

「しょうがない、敗けは敗けだ。まりえちゃんここで待ってて」 

「うん」

 万里江を残して、莉子は焼きそばを買いに行く。

「おじさん、焼きそば二つお願いします」

「お嬢ちゃんは二つだね。少し待っててね~ もうすぐできるから」

 鉄板の上で焼きそばと具を混ぜ合わせながら、屋台のおじさんが言った。

「は~い」

 返事をして、莉子は焼きそばができるのを待っていた。

「なんだろう? あの子たちなんだか変?」

 少し離れた屋台のそばで、幼稚園児くらいの小さな子どもたちが三人、跳ね回るように走り回っている。

 莉子はなぜか違和感を感じながらそれを見ていたが、その違和感の正体はわからなかった。

     ー つづく -


Facebook公開日 9/18 2021




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