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【秋祭り ‐2】


  莉子りこは幼稚園児くらいの小さな三人の子どもたちが跳ね回るように走り回っているのを、違和感を感じながら見ていた。

 その中の一人が急に立ち止まり、莉子をじっと見つめる。

「なに?」

「あのおねぇちゃんにしようかなぁ……」 

 莉子には、確かに聞こえた。お祭りの喧騒けんそうの中で、聞こえるはずはない小さな子どものつぶやきが、なぜか莉子には、はっきりと聞き取れた。

「なにを決めたの? いやよ、気持ち悪い……」

 そう思っていた莉子のそばに三人の子どもたちが走ってきて、莉子を中心にくるくると走り回る。

 この時になって、莉子はこの子どもたちに感じた違和感の正体がわかった。その子どもたちの背丈せたけは、莉子のひざくらいまでしかない。つまり、あまりにも背丈が小さく小人のようだった。

「なにするの? 止めて!」

 その子どもたちを見ていて、莉子は目が回りそうになりそう叫んだ。だが、そこにはもう子どもたちの姿はない。 

「あれ? どこ行ったんだろう……」

 そう思って、莉子は子どもたちを探した。

「え! なんだか変」

 莉子の目には、立ち並ぶ屋台が見えているのだが、どうも様子がおかしい。何がどうということをよく説明できないのだが、おかしいことだけは感じた。

「ここって…… お祭りのところじゃない」

 そこでは人間のような形をした、何か変なものたちが動き回っている。

「どうして私、こんなところにいるの?」

 莉子は自分の状況が理解できず、パニック寸前になる。

「お母さん、どこにいるの? ねぇ、お母さん」

 莉子は両親を探して走り出した。しかし両親や友だちの姿は一人も見つけられず、走ることに疲れた莉子は立ち止まった。

「おじょうちゃん、お面はどうしたんだい」

 突然後ろから話しかけられ、心臓が飛び出るくらい驚いて莉子が振り返ると、そこには面売り屋が立っていた。

「お面って?」

 やっとそれだけ聞いた莉子の声は裏返っていた。

「そうだよ、ここではみんなお面をつけることになっているんだよ」

「どうして、お面をつけるの?」

「そういう決まりなのさ。見てごらん、みんなお面をつけているだろう」

 そう言われて莉子は周りを見渡した。その時までまったく気づかなかったのだが、なんだか変な生きものたちは、みんなお面をつけて動き回っている。

 ありのように黒く手が四本のものは、カッパの面をつけていた。たぬきのようにお腹が出ているものは、毛だらけの体にオカメの面をつけて、太い尻尾を振り回していた。

 上半身が人間のような少年は、下半身が鹿しかだったし、へびの胴体みたいな長い首を持った女の人もいた。体中がうろこに覆われたおじさんは背中に背びれのようなものが、お尻には尾びれのようなものがついていた。

 その誰もが皆、お面をつけていた。

「さぁ、どのお面にしようかね」

 屋台の面売り屋は、八本の手を持ち二本の足で立っていた。

「この小鹿の面はどうかな~ ちょっとつけてごらん」

 「いやよ! こんなの」

「そうかい、それじゃこっちの熊のにしようかね」

「だからいやだってば!」

 その屋台に飾られているお面は、どれもとても悲しい顔をしている。まるで生きていた時に顔をがされたような、とても悲しくて、そしてとても苦しくて、今にも泣きだしそうな顔ばかりが並んでいた。

「それじゃ、これならいいだろう。まだ子狐こぎつねだった時のお面だ。そうら、おじさんがつけてあげよう」

 面売り屋は下にある腕で莉子の体を動かないようにして、真ん中にある腕で莉子の手を動かないように押さえる。残った腕で子狐の面を持ち、莉子の顔に近づけた。

「やめな、この子の面はここにあるんだから」

 小さな手が、この面売り屋から子狐の面を取り上げる。そこには、莉子と同じような背丈の少女が立っていた。

「お前は……」

 と、驚いたように面売り屋が言った。

「おや、私を知っているようだね」

「チェ! もう少しだったのに……」

 と、悔しそうな顔をしながら、面売り屋はその少女から子狐の面を取り返した。

 

「さぁ、こっちに来て。お面をつけるんだよ」

 そう言って莉子の手を引いた少女は、黒猫の面をかぶっている。

「あなたにはこっちのお面ね」

 そう言って、少女は三毛猫の面を莉子に手渡した。

「安心して、私は味方よ。あなたはりこちゃんでしょ。どうしてこっちの世界に来ちゃったのかわからないけど、もう大丈夫! 私が必ずあなたを元の世界に戻してあげるからね」

「あなたは誰なの? こっちの世界って、何のこと?」

「とにかくそのままではダメなの! 早く面をつけて、話はそれからよ」

 少女の言う通りに、莉子は三毛猫の面をつけた。

 面をつけると、いちじるしく視野しやせまくなった。目の前しか見えない。

「見えづらいわ」

「ちょっとね。でも、慣れれば大丈夫よ」

 そう言いながら、少女は莉子の面を少しだけ上に動かす。

「これでいいわ。さぁ、行きましょう」

 少女の声を聞いていると、莉子はなぜかとても安心できた。

「ここは、りこちゃんのように生きている人間が来てはいけないところなの」

 少女は莉子を責めるような素振そぶりは見せず、ただ事実のみを淡々たんたんと話しだした。

「ここはどこなの? わたし、どうしてここにいるの?」

「わたしにもわからないわ、きっと彼岸のせいね。境界線きょうかいせん曖昧あいまいになるのよ、彼岸の時って」

「境界線?」

「そうよ、りこちゃんの世界と、こっちの世界は別の場所なの。でも、重なっているところもあるのよ。その重なったところでも、出入りはできないようになっているはずなんだけど……」

「変な所には行ってないよ」

「でも、大丈夫よ。きっと戻れるはずだから心配しないで」

「うん、ありがとう」

 二人はそんなことを話しながら、ゆっくりと歩いた。

 道端に並んだ屋台からは、とても美味しそうな香りがしてくる。綿あめにりんご飴、焼きイカや焼きそば、焼きトウモロコシはヨダレが出そうなほど、美味しそうな醤油の香りがしていた。

 たくさんの駄菓子を売っている屋台もあり、その隣ではチョコレートバナナを売っていた。串に刺した焼き鳥は炭火の上でもくもくと煙を出し、とても美味しそうだった。莉子のお腹が「ぐう~」となる。

「美味しそうでしょう。何か食べたい?」

「うん、食べたい。お腹が空いてもうダメ」

「あはは、お腹の虫が鳴いているものね」

「ねぇ~ 早く食べようよ」 

「ダメよ、りこちゃん! こっちの食べ物は絶対に食べてはダメ! 永遠に帰れなくなるわよ」 

「え!」

「我慢して、もう少しだからね。それからこっちの物を持ち帰ってもダメよ!」

「どうして?」

りの上手いきつねに見つかってしまうわ。狐たちはりこちゃんの世界にもいるのよ」 

「見つかったら、どうなるの?」

「わからないわ…… だから持ち帰ってはダメなのよ」

「うん、わかったわ」

 少女は莉子と手を繋ぎ、鳥居とりいをくぐり社殿しゃでんに向かって歩いていた。だんだんと屋台もなくなり、社殿に着いた時にはさっきまでの喧騒がうそのように静まりかえっていた。

 莉子は少し離れたところを走り回る三人の子どもたちを見つける。

「あの子たち……」

 莉子の呟くような声を聞き、少女は莉子の視線を追いかけた。

「あの子たちが見えるの?」

 少し驚いたように、少女は莉子に聞く。

「お祭りで見たの。そしたらあの子たちが私のところにきて、走り回って……」

「それでりこちゃんは連れてこられたんだ。いたずらばかりして困った子たちだなぁ……」

「あの子たちは誰なの? 連れてこられたって?」

「さぁ、行きましょう。あまり時間がないのよ」

 莉子の問いには答えず、少女は社殿の奥に進んで行った。

 そこには、とても古くて小さな摂社神社せっしゃじんじゃが建っている。さらにその後ろには、暗くてとても気味が悪い洞窟の入り口が見えた。

 少女は摂社神社の前で手を合わせ、よくわからない呪文のような言葉を、もごもごと唱えている。その後ろ姿を、莉子は少し気味悪く感じながら見つめていた。

     ー つづく -

 

Facebook公開日  9/19 2021



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