朝活のある風景とクリスマスカフェ
さかのぼること1時間。
なにせこの時間だ。どっと乗り込んでくる駅までは十分時間があるこの県境の駅で、毎朝ほぼ同じ時刻、定位置のホームで待ち、同じ車両に座って小一時間の通勤時間はさしずめビジネスマンにとっての開店準備となる。
ぬいぐるみのキーホルダーを揺らして弾ける学生たちや課題を背負ったビジネスマン達が溢れる夕暮れ時と違い、朝から元気に会話しているのはTシャツ姿の外国人くらいしか見かけない。
大半はスマホをにぎり昨日を振り返り、まだ眠ったままの体を離したくない人は静かに目を瞑って過ごしている。
目的地まで静かに我慢の時を過ごす吊り革組も片手に収めたお気に入りのリズムやリリックに耳をゆだねたり、あるいはマンガ、オーディオブックで自分を閉じ込めてながら小さな空間づくりに余念がない。
アナウンスもなく静かに落ち葉を舞い上げて出発する景色をよそに見慣れた車内をなんとなく見渡す。
”それどこで買った?“っていう紫色のトート。
同じ車両で毎日お見かけする“紅あずま”のばあちゃんだ。
深く長いしわも健康的な働き者の様にうかがえる。(ア、自分なんか悶々として会社向かって、、。なんか頭下がります)
向いには降車寸前に確実に目を覚ますおやじさん。(ずっとうす寝だろうと思ってたが、もし彼なりの瞑想だったとしたら、、、。なんて尊い朝活だろう)
リュックの網目にコーヒーボトルが揺れるニッカボッカの“ビター兄貴”もいつも通りだ。(そいつをグビッとやって作業を始めるのがルーチンなんだろ、、、。そうか、そろそろ自治体の予算消化も始まるんだな)
自分の妄想も徐々に目を覚ます。
note、NEWSにと10分ほどでよめるコンテンツにいくつか目を通せば出社時間には1時間以上早い朝7:20には改札を出る事になる。
ー・ー
駅から10分程歩いたこのカフェはこの時間でも僅かな席を確保できる唯一の場所として重宝している。
疲れた体の夕刻なら、あえてアップテンポの曲の選択もありだが、朝は何処かで聞いた様なコンテポラリージャズあたりが丁度いい。
そいつをいつもの店のいつものブレンドと共に聴きながらボヤッとした思考を回らせて整えていくのが週初めの作業になるからだ。
先月入ってきた新人さんもカウンターでひとりだちした様子で、決済待ちの列も心なしか短くなった気がする。(なんか、がんばってるわ〜)
脇では根っからの接客センスでお姉さんが手際よくオーダーテイクと取り揃えをバックアップしながら順番待ちの客を次々と安心させていく。(動きに無駄がないんだよ、さすがだよ!)
手短にオーダーを済ませて、丸テーブルの席にリュックをおろし最初の安堵を手に入れたらスマホ片手に自分の朝活が始まる。
すでにいつもの面子がいた。
日経を広げクロワッサンを頬張る常連のOL。自己研鑽と使命感を感じるほど熱心に。
その奥には隠れ家の様に用意された席がひとつだけある。
冬の乾いた空気の中で速足に出勤する人たちを眼下にするその椅子には、これまたいつもの中年男性が黒いジャンバーの背中を丸めながらカバンから取り出したノートに見入りペンを握っている。まるで教壇を任されている人の様相だ。
正面にはバックから取り出したおにぎりを淡々と頬張る白髪の男性。
少し前、こんな一文を目にした。
遡れば伝統芸能から始まり、音楽、ダンス、メタバースの様な創作によるものまでが含まれるとすれば、料理も然りだ。
守破離の様なおにぎりがメディアでたびたびフォーカスされてるのを見ると、最近行かなくなったコンビニの日本市場創成期のおにぎり販売開始のニュースを思い出す。
ある意味、日本人の人生そのものなんだろうか。お弁当のアイコニック、愛情表現、そして安心感もある。見事なアプローチだったなあ。
きっと目の前の白髪の紳士もそんなおにぎりへの愛着を楽しみにしてるんだろう。
創作の世界に読み耽って空想を巡らしながらリフレッシュしたり、データの整理、締前の仕上げにとキーボードを叩くスーツ姿もある。
それぞれの朝活の空気感と音楽の隙間を埋めるカップの音に自分も自然と癒されていく。
ー・ー
リフレッシュされつつある自分の脳内も次第に刺激され、今日の予習に必要なことをスマホに幾つか書き留めてイメージの整理を進めてエンジンを温めていく。
一方、先週から描き始めたプロジェクトのプレゼンは消しては書き直すの繰り返しで、すでに1/3は構成やり直しというありさまだ。(なんだかなぁ、これ)
自分の表現力に人生が足らないものを痛感する。AIの力でも借りるか、、と自問する。
(なんか今日はダメだわ)
気分転換に残り30分でebookの続きを読み始め、自分のバッテリー残量が減り始めたらそろそろ出社の準備時間も近くなる。
2つ先のテーブルに自分と入れ違いが2人来て、ちょこんと置いた小物入れが丸テーブルでバランスを崩した途端にバサっと落ちた。
「ええーッ!全部きれーに出た!」
もぉどうにでもなれって感じで笑い出す女性に、隣の連れもつられて笑い出す。
「なにそれー!」
このごろ煮詰まっていた私もなんだか和まされるほどに笑いころげる二人を背に席を立つ。
(さぁて、行くか)
今日の朝活を締め切り、すっかり冷めたブレンドを一気に飲み干してトレイ置き場から自動ドアに向かう。
「ありがとうございまーす」
カウンターから聞こえる彼女の明るいあいさつはいつも現在進行形だ。
店を出る姿へ明日の来店を確信させる様な常連への気配りすら感じられる。
(ああ、また来るよ)
絞りかけた気力だったけど、お陰で今週もなんとかやってけそうだよ。
風に倒れた店前の黒板を起こすと、モーニングメニューの上に“スペシャルブレンド”の文字とX’masデコが賑やかに添えられていた。
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