#1 超没入型オペラ体験!歌劇『道化師』のストーリーとそのトリックを徹底解説【作品解説・水野蒼生編①】
超体感するという選択肢
「オペラに興味があるんだけれど、何を観たらいいか分からないんだよね。おすすめあるかな?」
たまにこんな質問をもらうことがある。自分がクラシカルDJとして【クラシック音楽の入口を作る】活動をしていることもあるので、この手の質問はいつもとても嬉しく感じる。こんな時、僕はいくつか答えの選択肢を用意しているが、もしこの質問を投げかけてくれた人が「特に私は劇場で生のオペラを観る体験を楽しみたい!」というのであれば、僕はイタリアの作曲家レオンカヴァッロによる歌劇『道化師』を強く推したい。
この道化師を推す理由、一言で言えばこの『道化師』は【客席全てを巻き込んで繰り広げられる超体感型のアトラクション・オペラ】なのだ。この作品は他のほとんどのオペラのように舞台上だけでは完結せずに、劇場全て、そして僕らが生きるこの現実世界をすべてステージにしてしまう魔法を持っている。キャストは客席に座る〈僕ら〉に語りかけるし、気づいた時には僕らは一観客ではなく、このオペラの世界の住人に変えられてしまっている。そして最も恐ろしいことに、この魔法は解くことができない。このオペラを観たら最後、あなたのその後の日常はオペラの世界と融合してしまう危険性があることは先に忠告しておきたい。
そんな『道化師』が持つ魔法の正体とは一体なんなのか?それを今回はオペラのあらすじと共にこの記事で解き明かしてみようと思う。
魔法にかかるための心構え
まず、上述した魔法をより実感するためには劇場に足を踏み入れたその瞬間からこの『道化師』は始まっていると思ってもらった方がいい。エントランス前で待ち合わせをしている人たちや、チケットをもぎるスタッフさんなど、この劇場にいる人は皆このオペラの世界の住人になりつつあるかもしれない。御用心を。
劇場に入ったら僕らは席につき、高ぶる気持ちを抑えながら開演を待つ。暫くすると客席の明かりが徐々に暗くなり、劇場全体に開演を知らせるメロディが鳴り響く。チューニングの音がピットから聴こえ、いよいよ開演の時間。指揮者が登場しタクトが振り下ろされてオーケストラが活気ある前奏を奏でて会場は多幸感に包まれる。はじまった!と胸を躍らせるのも束の間のこと、なぜか舞台上には何の動きもない。オケの演奏だけがしばらく続き、舞台袖で何かあったのでは?とあなたが不安に感じ始めたその時、一人の道化が舞台に現れる。
彼はオペラの世界から現実世界に飛び出してきて、僕らを元いたオペラの中に連れていく案内人のような存在だ。それゆえ、彼は他の誰でもない僕ら観客に向けて歌い、次のような前口上を始める。
そんな前口上が僕らオーディエンスに向けて謳われたら、いよいよオペラの世界が動き出す。僕らがいる劇場から舞台は南イタリアに移り、時は1860年代のとある夏の日の昼下がり、ここから物語は始まる。
以上が一般的な演出による『道化師』のストーリーラインだが、この作品の本当に面白い部分は終演後だと僕は感じている。その面白さを説明するために、ここでこのオペラの魔法の仕掛けを構造的に説明させて欲しい。メタ的な要素が多いため少々難しい説明になってしまうかもしれないが、なるべくわかりやすく書いていくのでどうか付いて来てもらえたら嬉しく思う。
混ざり合う3つの世界
当たり前の前提条件だが、フィクションの世界とそれを享受する僕らの世界は〈現実世界〉と〈架空の世界〉という2つの層に分かれていて、両者の間には明確な境界線がある。それは映画でも演劇でもオペラでも同じこと。だがこの『道化師』は、〈①現実世界〉→〈②オペラの世界〉→〈③劇中劇〉 という3つの層によって構成されている。しかも中間の層である〈②オペラの世界〉の舞台設定は僕らがいる現実世界と同じ劇場だ。それゆえに各層の境界線は曖昧になり、オペラの世界の物語を外側から楽しんでいたはずの僕らはいつの間にか〈②オペラの世界〉の住人として〈③劇中劇〉を観ている。続いて物語の終盤ではカニオの狂気によって〈③劇中劇〉の層が破綻。結果的に各層の境界線が完璧に破壊されて全ての役者と僕ら観客の全員が〈②オペラの世界〉の層に集結してしまうのだ。その上最悪なことに僕らには現実世界への帰路は用意されずに、オペラの世界の層に取り残されたままこの作品は終演する。
そして終演後もその魔法は続く。客席を離れロビーに出てもその場所は開演前とはどこか違う様相をしてはいないだろうか?まるで白昼夢のような、自分が立っているこの世界はどこだろうかと疑う不思議な感覚になってはいないだろうか?もしあなたが少しでもそんな違和感を覚えたのなら、まんまと『道化師』の魔法にかかってしまった可能性が高い。そして上述したように、残念ながらこの魔法は解くことができない。
今回の全国共同制作オペラは歌劇『道化師』と歌劇『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』の二本立て。こうしてオペラの世界に取り込まれたあなたは、この『道化師』の 直後に上演されるもう一つの歌劇『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』 もきっと、自分たちの世界の物語として体験することになるだろう。
ようこそ、素晴らしきオペラの世界へ…!
執筆 水野蒼生