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子供を持ちたい欲求・持てない苦悩

私は現在45歳。
あと2か月ほどで46歳になる。

子供のころ、最初になりたかった職業は保母さん。
友人の中には、子供が好きじゃない、子供はいらないという子もいたけど
私は一貫して、子供が欲しい人だった。

思えば、「子供を持つか、持たないか」は自分にずっとついてまわっている。
年頃になり、子供を持つことが考えられる年齢になってから考えない時はなかった。
子供が先か、パートナーが先か。
このパートナーの子供だから欲しい。と思うのか
子供を持つためにパートナーを選ぶのか。

私は、パートナーが先の考え方で
この人の子供が欲しいと思える人を探していたつもりだった。
だけど、今振り返ってみると
実は、子供を持つことへの恐れが大きく
無意識に子供を持たなくていいような選択をしてきたように思う。

本当に子供が欲しかったら、その人は選ばなかったし
その人と一緒になれば良かったんじゃないのかと思う人もいる。

私の心はとても傷ついていた。
知っていたけど見ないふりをしていた。
子供のころは、苦しくて、辛くて、生きていたくなくて
なんで私を産んだの?
生まれてこなければよかったと思っていた。

誰かに助けて欲しいのに
誰も助けてくれない。

そんな思いを抱えていた、その思いを見ないようにしていた私は
私みたいな子が生まれたらかわいそうと思っていたし
私みないな人がいい母親になれるわけがないと思っていたし
産むことがとても怖いと思っていた。

母になる憧れを感じながらも
母になる行動を取ることはできなかった。
取っているつもりではあったので、その矛盾に苦しみ続けていた。

40代半ばを過ぎて
パートナーはいない。
次に襲ってきたのは、子供を持たない人生への恐怖だ。

職場で子供の話が出るたびに
自分の何もなさに絶望をする。
私には何もない。

頭でそれを塗り替えようとする
そんなことはないよ。
子供を持たない人生を楽しんでいる人もたくさんいるよ。
たくさん楽しめるよ。
自分次第よ。

そんな、言葉がうわすべりする。
心の底には届かない。
ただのなぐさめにしかならない。
いや、なぐさめにもならないくらい言葉が心に届かない。

一生こんな思いを抱えながら生きていかなくてはいけないのか。
私は、何をした?
一生懸命生きてきたのになんでこんな思いを持たなくてはいけないのか。
情けなくて、悔しくて、生きているのが嫌になる。

この感情、どうしていいかわからず絶望の淵にいたが
子供やパートナーや仕事がなくて何もないという思いは
自分の中にある愛や情熱を注ぐ先がないことへの絶望だということを教えてもらう。

この言葉は私の心の底へしっかりと落ちてきた。
その通りだと思うことができた。

表面的にポジティブに、前向きに考えなくてもいいと思う。
辛い、悲しい気持ちを自分でしっかり感じて、
その気持ちは大切にしたいと思う。

だけど、私だってエネルギッシュに毎日を過ごしたい。
だから、自分の愛、情熱を注げる先を見つけようと思う。


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