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通学電車の君

ガタンゴトン
電車の揺れる音と、流れる日常の景色。
ガタンゴトン
イヤフォンからは最近はやりの洋楽と、
ガタンゴトン
手元には似合わない古めかしい小説が一つ。
ガタンゴトン
「片栗ー片栗―降りる方はお足もとに、、、扉が閉まります。ご注意ください。」
人々が次々に降り、次々と乗ってきた。朝の時間なんていつもこうだけれど、つい人がごみのようだと言いたくなる。そのごみのような人だかりの中に白いリュックを背負い、灰色のマスクをつけた女の子がいた。
(今日はいる…よかった)
その少女を見て、思わず少年は吐息を漏らした。少年―相田幸人が、白いリュックの少女―木下喜美を見たのは実に三日前の月曜日である。誰だって朝いつも会えるはず片恋の相手が急にいなくなったら焦るし、不安にもなるであろう。
(今日も小説に夢中か…)
喜美の手には幸人が読んでいる小説の次の巻があり、中学三年生の幸人が苦戦して読むその本を彼女はすらすらと読み進めた。
(駅に着いたら話しかけよう)
幸人は喜美と何を話そうかと考えて、手元の小難しい小説など他ただの紙の束になっていた。
「次はみもざ―みもざー…降りる際は足元に…」
どっと人が降り始める。人の波に乗り、彼女の背を追う。
ガタンゴトン
電車が通り過ぎる音と、
ガタンゴトン
改札を通る人たちの音
ガタンゴトン
君の後ろ姿。
「おはようっ」
「せせせ、先輩!?」
「ははは、そんなに驚かなくてもいいのに、、」
「先輩のせいです!もう、三日間熱で寝込んでたかわいそうな後輩にすることですかそれ!?」
「悪かったってー、てかお前、三日も熱出てたの?」
いつものように二人は朝の通学路を歩いて行った。
今日も幸せな一日が始まった。

またいつもの朝。あくる日もあくる日も君のことばかり。
ガタンゴトン
(あれ、今日は珍しく勉強してる、、、夏休み明けテストの勉強かな?)
ガタンゴトン
(今日から冬服か―あいつ凄い汗かいてるな。ブレザー脱いじゃえばいいのに。)
ガタンゴトン
(今日マフラーじゃん。めっちゃ可愛い…)
ガタンゴトン
(あれ、今日あいついない…あ、そっか、今日は受験対策授業だから中三しかいないのか…俺ももう少しであいつとはお別れか。)

いつものように電車の揺れる音がした。いつもは大好きなあの人に会える時に鳴る大好きな音。だけどそれも長くは続かない。
(……桜のつぼみ)
桜が咲くころにはお別れだな…なんて幸人は思った。

「先輩!卒業おめでとうございます!これ、花束とお祝いプレゼントです!」
桜が美しく咲いたもうしばらくは見なくなるであろう校庭で、急に俺は喜美から花束と紙袋を渡された。驚きすぎて声すら出ない俺とは対照的に、喜美は早口気味で話し続けた。
「ふっふっふ、さては先輩、私からのプレゼントに感動しちゃって声が出ないんでしょーそれとも照れてるとか?先輩意外とかわいいんですね。」
ニヤニヤしている喜美は俺の顔をやたらとのぞき込もうとしてきた。
目をこすって頬を軽くたたく。よし、もうこれで涙はこぼれない。
「ありがとう。喜美。」
名前すら呼びなれない初々しさも今日でおしまい。
「お前も勉強頑張れよ」
目が熱くなる。
「はいもちろんです!」
涙は見せちゃいけない。
「私、勉強沢山頑張って先輩と同じ高校行きます!」
だけど、だけど、
「ま、せいぜい頑張れよっ」
違う。言いたいことはそんなことじゃない。
「先輩こそ留年しないでくださいねっ」
「そんなのするわけないだろ」
「それじゃ、また。」

ガタンゴトン
「片栗-片栗―お降りのかたは…」
今日は高校二年生の春。
ガタンゴトン
新入生のキャッキャした声と、
ガタンゴトン
「幸人、お前が探してる女の子ってどこ」
親友の声
「わっかんねえ…ま、学校のどこかにいるだろ。」
ガタンゴトン
紙袋の中にはセンスの良いシロツメぐさとヒマワリのブーケと
一枚の手紙
ガタンゴトン
「いいなー幸人君ったら青春なんてしちゃって」
「う、うるさい」
「照れてるとこもかっこいいぞ」
「お、おう」

今日もきっと幸せな一日が始まる。





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