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秋晴れの朝の出来事
「ほっこりしたこと、聞いてもらっていいですか?」
若い同僚から、今日の朝の出来事を聞いた。
鷹の台駅から職場までは15分。
駅前の商店街には学生がたくさんなので、そちらとは、逆方向に進み、静かな住宅街を歩く。
いつもすれ違う人(動物)たちがいる。
ハスキー犬。また、年老いたパグ(休み休み歩く。立ち止まっては息継ぎをしているさまが、とてもかわいい)。もちろん、それぞれ飼い主が散歩をさせている。
そして、自転車で駅へと向かう、4,50代のおじさん。
このおじさんは、きっちりと髪をセットし、メガネをかけ、スーツ姿。
丸顔。それに姿勢がよい。自転車に乗っているからよくわからないが、たぶん背がすらっと高い。
いつも真面目な顔をしている。
別に挨拶をする間柄でもなく、向こうも意識していることはないと思う。
出勤の時間により、場所が変わるが、必ずすれ違う。
今日、同僚はハスキー犬の後を追うように歩いていた。
大柄の犬で、老人が飼い主。少し心配だが、犬のほうは心得て、あまり無理に移動しない。賢い犬だ。
そこへ向こうから、おじさんがいつものように自転車に乗ってやってきた。
だが今日は、すれ違うとき、おじさんは顔を犬のほうに向けた。
おじさんの、いつも爽やかだが、かたい表情がゆるりとした。
おじさんはほほえんだのだ。
わたしは、それを見て、こころがほっこりとした。
おじさんとも、ハスキー犬とも、その飼い主とも、別に顔見知りではない。
こちらで勝手に知り合いとなっている人たちのコラボである。
いつも歩く通勤路が、あざやかになって、こころを鼓舞してくれた気がする。
毎朝、職場に着くまでに、あきらめたように「自分」から「労働者」に切りかえるのだが、
それが、気持ちよくスイッチできた。
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ことばが交わされたわけでもなく、こころが交わされたわけでもない。
けれども、「出会い」や「交流」というものは成立するようだ。
「出会い」や「交流」によって人は力をえる。
秋晴れの朝
同僚のおかげで、私も素直に仕事に向き合う気持ちとなれた。
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