見出し画像

お久しぶりです

さて不定期とはいえ、最近サボりすぎの西住です。
今回は発達障害的自己嫌悪解決方法を書いていきます。

発達障害は自己嫌悪が強い

実際発達障害の人ってこれ多いと思います。
だってそうですよね?
何をしてもダメだしされ。
それじゃあ何もしなければ、文句を言われます。
「それじゃあ結局何をしたらいいんだよ!?」
そういう気持ちになるのも仕方ないです。

ではどうやって解決する?

これについては賛否両論あると思いますので、一概にこれが正解というのはないと思います。
私の場合は、住んでいる家の近くに神社があるんですが、その神社に行き、その際に鈴を思いっきり力いっぱい鳴らしていました(笑)
ちょっと待ってください。別に何か宗教的な話をして、「ツボを買おう!」そんなことは言いませんので安心してください。
つまり怒りやイライラといった物を何かにぶつければいいのです。

ここから先は少し哲学的な話になります。

さてではなぜここで宗教を出してきたのか?
私もそうですが、皆さんは数えきれないほどの『親』という存在を経由して今生きています。
つまりそういった『親』の存在が私達を作っているといってもいいのです。
であるならば、こんな不完全に生命を誕生させた『親』に対して何か文句の一つも言いたいとは思いませんか?
確かに自分の親に対して文句や怒りといったことをぶつけた方がいいと思ってしまうかもしれませんが、実際そうやってしまうと、家族関係というのは間違いなく悪化します。
そして関係修復が出来なくなるほどになってしまうと『家族離散』なんて最悪のケースもそこには存在します。

ではどうして神社なのか?

そこで神社です。
神社というのは私達祖先の御霊を祭っている施設で、
数えきれないほどの『親』がそこに祭られています。
つまりそういった存在に、私達の怒りをぶつけてやればいいのです。
大乗仏教を信仰している日本では、こんな言葉を残している宗派というのがあるそうです。
『腹が立ったらぶつぶつ申せ。ぶつはぶつでも南無阿弥陀仏』
人間である以上イライラしたり文句の一つも言いたいこともあると思います。
その時は私達は見たこともないご先祖様に怒りをぶつけろ。
そういう言葉になります。
確かにやりすぎては『礼拝堂不敬罪』という罪に問われますのでやりすぎは厳禁ですが、鈴を力いっぱい鳴らすぐらいなら、神社では許してくれるはずです。【参拝料として5円くらいは入れましょうね(笑)】
そして神社がなければお寺でもいいです。
最初にそのような状態になっているとお寺の人に話をして、木魚や太鼓といった物を力いっぱい叩いてストレスを発散させましょう。
そうすればきっと気持ちが変わり、少し生きやすい人生を歩むことが出来ると思いますよ?

最後に

さて最後になりますが、これはあくまでも私個人が上手くいっている内容で、人によってはむしろ悪化してしまう可能性というのも否定できません。
しかも宗教施設に関りを持つのですからカルト宗教といった人達に勧誘されるなどの危険性も十分に考えられます。(実際カルト宗教にこの方法で入信してしまった友人もいます)
ではどうすればその危険性を排除しつつ私が行っている行為を実践して、生きやすい人生を歩むことが出来るのか?
長文になり皆さん読むのに疲れたと思いますので、次回までのお楽しみということにしておきましょう。

お時間があるときにご一読してくださると嬉しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?