まじめな奴が国を滅ぼす -間違いだらけの経済常識- [5]脱成長というユートピア(=どこにもない場所)(第1回)

国や世の中のことを良くしようと考えている人のほとんどが、日本を滅ぼすことに加担している。なぜなら彼ら・彼女らの経済に対する考え方が、致命的に間違っているからだ。そんな悲劇的な状況を少しでも変えるべく、この連載を始めた。
今まで4回にわたって、「消費税5つのウソ」と題して、「社会保障の財源」として国民が納めている消費税が、いかに我が国をダメにしているか、いかにウソだらけの税金か、を説明してきたが、今回からは新シリーズとなる。「脱成長論」という、人によってはとても魅力的で正しく聞こえる主張への批判がテーマである。「ユートピア」という言葉は、理想のように思えるが、ありもしない場所という意味で使っている。念のため。

1. はじめに

-脱成長を主張する人たち

脱成長を主張する人たちがいる。脱成長を支持している人が世の中にそれほど多いとは思われないが、学者や評論家、いわゆるリベラルと呼ばれる人たちの間には一定の支持層がいる。多くは真面目に日本や世界の未来を考えている人たちである。
脱成長を主張する理由は、主に次の2つに集約できると思われる。1つは、成長は害悪をもたらすという理由であり、もう1つは、成長する必要はないという理由である。

① 経済成長は環境問題を悪化させる

資本主義の下、日本や世界は成長を続けてきたが、同時に資本主義はさまざまな弊害をもたらした。それは、日本も含め各国で進行する経済格差であり、先進国によるグローバルサウス(途上国)からの収奪であり、女性やマイノリティへの差別・彼/彼女からの収奪である。そして、資本主義がもたらした最大の危機は、環境問題=気候変動といえる。大量生産・大量消費によって、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスが大量に排出されることで、地球温暖化が進行している。さらなる経済成長は気候変動という危機を取り返しのつかないレベルに深刻化させるというのが、脱成長を主張する理由となる。

【世界の二酸化炭素排出量の推移】
(「Statista Japan ウェブサイト」2024年3月21日
出典:グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP))

② 日本は既に十分豊かであり、これ以上の成長は必要ない

脱成長が主張されるもう一つの理由が、日本は既に十分豊かであるという認識だ。「失われた30年」と言われるように、日本経済は長年にわたって低成長を続けてきたが、GDP(国内総生産)は(ドイツに抜かれたとは言え)世界第4位の「先進国」である。これからは量的な成長を求めるのではなく、質的な成熟を目指すべきという主張となる。
脱成長論者と言えども、途上国でも経済成長は必要ないという人はいない。日本をはじめとする欧米の豊かな国が、途上国が適切なレベルまで成長できるよう、資源やエネルギーの過剰分を回すべきとされる。
また、そもそも日本は人口減少が進むのだから、経済成長は無理だという議論もある。人口減少分を上回る移民の増加がないのであれば、労働力人口の減少は免れないだろうし(女性や高齢者の労働参加率はまだ増えるとしても)、需要面では内需が縮小するだろうというものだ。

-脱成長は資本主義の問題を解決するのか?

資本主義がさまざまな弊害をもたらしているのは、その通りである。国内外の格差の問題も、差別の問題も、そして気候変動の問題も解決すべき課題であると、私も考える。しかし、脱成長はそのための処方箋となりうるのか? また、そもそも現在の日本は豊かな国と言えるのか?
脱成長は決して環境問題を解決しない。それどころか、より多くの弊害につながる、というのが私の考えである。次章では、まず環境問題について見ていきたいと思う。

2. 脱成長は環境問題を解決しない

「経済成長とCO2削減は両立しない」、多くの脱成長論者は、そのように主張する。資本主義というシステムは、成長と深く結びついているが、この主張は正しいのだろうか?

-進行する気候変動、23年の地球の気温は史上最高

ここまで気候変動という言葉を特に断りなく使ってきたが、「気候変動」とは気温や気象パターンの長期的な変化を指す。石炭、石油、ガスなどの化石燃料を燃やすと、二酸化炭素(CO2)やメタンなどの温室効果ガスが発生し、地球温暖化が進む。その結果、猛暑、暴風雨、洪水、干ばつ、水不足、森林火災、極地の氷の融解、海面上昇、生物多様性の減少などの気候変動が起きる。それが人々の健康、暮らし、生計や、食糧安全保障、水の供給などに悪影響をもたらし、人間生活の安全性を脅かしていることは言うまでもないだろう。下図は、最近世界で発生した異常気象や気象災害である。

【世界の主な異常気象・気象災害(2015年~2021年発生)】
(国土交通省「国土交通白書2022」=気象庁公表資料をもとに国土交通省作成)

世界気象機関(WMO)の年次報告書「世界の気候の現状2023」によると、2023年は気候変動を計る指標の多くが記録を更新した(一般財団法人環境イノベーション情報機構「環境ニュース」2024年4月4日)。
・2023年に地球平均気温は産業革命以前(1800年代後半)より1.45℃高く、史上最高であった。

【地球平均気温の推移】 (「朝日新聞デジタル」2024年1月13日)
世界の平均気温の変化。6種類の線はそれぞれが国際的なデータ。
横軸は年代、 縦軸は1850~1900年の平均と比較した気温の変化量=世界気象機関(WMO)提供

・海水温は過去65年間で最も高くなり、海域の90%以上が熱波を経験した。
・過去10年、海面上昇は観測開始当時(1993~2002年)の2倍の速度で進む。
・南極海氷は、南極の冬季末である9月の面積が、過去最小記録を100万km2も下回った(スイスの面積の約25倍に相当)。
・氷河も1950年以降で最大の消失をみた。スイスの氷河は、過去2年間で残りの約10%を失った。
・CO2ほか主要な温室効果ガスの大気中濃度は2022年に史上最高を記録、2023年も増加を続ける。

-2050年までにCO2の排出量をゼロにしなければならない

温室効果ガスを削減するために、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は2018年に目標を設定した。
2100年までに地球平均気温の上昇を(1800年代後半と比較して)最大1.5℃に抑える。(2022年の1.15℃に対して、2023年は既に1.45℃になってしまっているのだが。)そのために、地球全体のCO2実質排出量を2030年までに約45%削減し、2050年までに実質排出量ゼロに到達する。
その目標の実現のためには、著名な環境経済学者であるロバート・ポーリンによれば、次の2分野での投資が必要となる(チョムスキー&ポーリン「気候危機とグローバル・グリーンニューディール」2020年)。
① 既存の建物や自動車、公共交通機関や産業生産プロセスにおける省エネ基準の劇的な向上
② 化石燃料や原子力とも競争可能な価格で提供され、産業部門や地域を問わず世界中の人々が利用できるようなグリーン再生可能エネルギー源の劇的な拡大
そのために必要な投資額は高めに見積もって年間平均で世界GDPの約2.5%とされ(2024年〜2050年平均約4.5兆ドル)、公共部門と民間部門が50%ずつ投資すると想定されている。
ここまで述べてきた気候変動に関わる現状の認識と対応の方向性を前提として、脱成長による気候変動の解決の妥当性を検討してみよう。

-脱成長は気候変動を解決しないどころか、生活に致命的なダメージをもたらす

ロバート・ポーリンは今までも脱成長派と議論を重ねてきており、以下の点では価値観や問題意識を共有していると言う。
・際限なき経済成長は環境に深刻な打撃を与える。
・既存の世界資本主義経済における生産消費活動の大半(特に高所得者の消費活動の大半)は無駄である。(大半というのがどの程度であり、どの活動を指すかについては、議論が必要であると私は考えるが、ここでは触れない。)
・成長という経済的概念には、経済拡大に伴うコストや利益の分配が含まれていないし、GDP(国内総生産)は、環境破壊による負の副産物や大半は女性によって担われている無賃労働を組み込めていない。
以上の点に合意したとしても、脱成長は気候変動の問題をなんら解決しない。仮に世界のGDPを30年間で10%減少させたとする。現在のCO2排出量約330億トン(2018年・IEA=国際エネルギー機関報告書)を2050年にはゼロにしなければならないのに対して、10%のGDP縮小は約300億トンに減らすことになるが、これは2007年から2009年に起こった金融危機と大不況の4倍の減少に相当する。これだけの世界規模のGDPの縮小は、労働者や貧困層にどれだけの雇用喪失や生活水準低下につながると、脱成長論者は考えているのか? 気候変動の目標達成には程遠い一方で、雇用や生活水準には致命的なダメージをもたらすことになるのだ。

-脱成長コミュニズムは、時間的に間に合わない

脱成長派と言っても、いろいろな考え方がある。資本主義の枠内で脱成長を達成しようという人たちもいれば、脱資本主義=コミュニズムを目指す人たちもいる。ベストセラー「人新世の『資本論』」(斎藤幸平著)が主張するのは、後者の「脱成長コミュニズム」である。
斎藤は脱成長論者として有名なフランスのラトゥーシュや、日本で「定常型社会」の概念を広めた広井良典らをとりあげて、彼らが「脱成長を実現した定常型社会=社会主義経済システムではない」とする点を批判している。なぜなら、利潤獲得を通じた成長は資本主義の本質であり、資本主義と脱成長は両立不可能だからである。
ロバート・ポーリンとの共著の中で、世界的な言語学者であり活動家であるノーム・チョムスキーは、「エコ社会主義」(脱成長コミュニズムとほぼ同じ意味と考えられる)への反論を展開している(チョムスキー&ポーリン「気候危機とグローバル・グリーンニューディール」2020年)。
「資本主義には環境破壊を必然的に起こすような要素が含まれており、環境運動は資本主義の終焉を優先課題とすべきだという主張にもそれなりの根拠はある。ただし、この議論には一つの大きな問題がある-所要時間の問題だ。」
CO2実質排出量ゼロという目標を達成すべき2050年までに、資本主義を解体することは、現実的に不可能であるという明解な結論である。なお、脱成長コミュニズムをどう考えるかについては、改めてこの連載の中で触れていきたい。

ここまで、経済成長は環境問題を悪化させるから脱成長を追求すべきという主張に対して、IPCCの掲げる「2050年までにCO2実質排出量ゼロ」という気候変動解決のための目標を前提に、脱成長では環境問題は解決しないとの反論を行った。
① 単純な脱成長=GDPの縮小はCO2削減への効果の小ささに比べ、雇用や生活水準に致命的なダメージをもたらす。
② 脱成長コミュニズムを目指すのでは、時間的に間に合わない。
がその内容である。
次回は、①に関連してそもそも「経済成長しない社会とはどんな社会なのか?」、脱成長論者が主張するように理想的な社会と言えるのかについて、検討したい。(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?