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本当はドロドロだった平安時代

文学作品でイメージされる、とにかく「みやび」な平安時代


単衣の一枚一枚の襲も鮮やかに、丈に余る黒髪の女房が筆を操れば衣擦れの音と共に焚きしめた香が薫る。
五七五七七の大和歌を涼やかな声で詠みあげれば、対の間から奏でられる管弦の響きが卿を添える。
御簾を揺らす夜風が寝殿に舞い込めば、またたく火影に女房の顔かたちが影をかたどる。

令和6年大河ドラマは『光る君へ
舞台は大河ドラマとしては異色の平安時代中期。
主人公は『源氏物語』の作者であるところの紫式部。

さて平安時代。
一般の方々の平安時代との出会いはまず中学校の国語の時間「春はあけぼの」のフレーズで有名な『枕草子』だろう。
そして歴史の時間、桓武天皇が奈良から長岡、そして現在の京都盆地に都を移した西暦794年は「鳴くよウグイス平安京」。飛鳥時代以来、勢力を蓄えた藤原一族が皇室に一族の娘を娶せ、皇子が生まれれば幼帝として即位させ、自身は「帝の祖父」として政権を握る「摂関政治」により繁栄を極める…
寝殿造りの邸宅は庭付きプール付き、ではなく舟遊びもできる池つき。

高校になればさらに進化して「源氏物語」などにも手を出し、文学女子はかの元祖腐女子であるところの藤原孝標女、あるいは近代の与謝野晶子よろしく、源氏の君に寵愛される姫君を自身に重ね合わせて夢想するのである。

平安時代はみやびな時代であると。
後の戦国の世のように体育会系の殺伐たる時代ではない、
江戸期のように大飢饉に見舞われても容赦ない年貢取りたてで飢え死に一直線でもない、
とにかく、平安時代は雅な時代である、と

どんな時代にも影がある
高貴なお姫様も排泄行為がある

だがどんな時代にも光と影はあるのだ。
戦乱の戦国期は日本が西洋社会との交流を始めた頃おい。
江戸期は歌舞伎に浮世絵と庶民文化が花開いた太平の世。

みやびな平安期にも、当然影はあるのである。

そもそも平安期の日本は記録媒体である「紙」が貴重だった時代。
そして「義務教育」など想像もつかず、日本人口の大半が文字を読めなかった時代。
みやびに歌を詠み日記を書き物語文学をしたためられるなど、一握りの貴族に限られた時代である。

寝殿造りの屋敷の門を開けば、そこには猥雑な庶民の生活があったのだ。
江戸期や戦国期の庶民や地方の様子がわかるのは、日本全国に統治が行き届いていたから。庶民層の識字率も上昇していたから。
だが平安期の庶民は大半が書き残せなかった。たとえ書き残したものがあったにしても、千年の時の流れで散逸した。現代に残る平安の文字は、上流の上層、それこそ上澄みを突き詰めたものである。みやびな文学の裏には、貴族にも猥雑な生活があった。

猥雑な生活の最たるもの、それは排泄行為である。

現代日本の排泄行為はトイレでするものである。
排泄すれば、そのまま水で流され悪臭も大半は拭い去られてしまう。

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