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オフコース&小田和正「秋の気配」その2 「夏の終り」

前回、オフコースの名曲「秋の気配」について私なりの解釈を述べたわけですが、この「秋の気配」の1年後とも言うべき情景を描いた曲があります。それが名曲「夏の終り」です。こちらも作詞作曲は小田さんです。

「秋の気配」と「夏の終り」の関係を検証する前に、もう一度簡単に「秋の気配」の情景をおさらいしておきます。

「秋の気配」は、売れていないミュージシャンの男と彼女の別れの情景を描いた作品です。舞台は「港の見える丘公園」が見えるカフェの窓際の席。男は音楽活動をまだ続けていく為には彼女の女性としての幸せを実現できないと考え、彼女との別れを決意します。彼女は別れたくはないけど、彼の決意が翻らない事を悟り「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね、ただそれだけ」という言葉をようやく言うことが精一杯です。後は男が別れの言葉を言うだけ、という情景です。

以上を前提に「夏の終り」をみていきましょう。

夏の終り

いきなりサビから始まります。

「夏は冬に憧れて 
冬は夏に帰りたい
あの頃のこと 
今では素敵にみえる」

夏を彼女、冬を男ととらえると二人の関係が浮き彫りになります。
彼女は別れたくないけど男の決意を受け入れてしまった。きっと今でも男に心を寄せていると思います。男は自分の夢を追うために彼女に別れを告げた。本心ではまだ彼女のことを想い彼女の元へ帰りたいはずです。そんなことを象徴しているのが、このサビの歌詞と感じます。
そして、夏と冬の間にあるのは秋なんですよね。彼女と男を隔ててしまったのが「秋の気配」なのです。

「誰よりも懐かしいひとは
この丘の空が好きだった」

「誰よりも懐かしいひと」は、もちろん「秋の気配」の「あなた」です。同一人物であるので、当然に好きな場所も小高い公園なわけですよね。
「秋の気配」では「あれ」だったですが、「夏の終り」では「この」で表現されています。つまり、男は今「港の見える丘公園」に来ているわけです。更に、「秋の気配」では「港が見下ろせる」だったのに、「夏の終り」では「空が好きだった」と視線が違うのですね。下向きの「秋の気配」に比べ、「夏の終り」は視線が上向きなんですよね。これは、つまり、男はミュージシャンとしてある程度の自信がついた状態になったと解釈できるのではないかなと思います。

そう、男はミュージシャンとしてある程度の成功を納め、帰ってきたのでしょう、この公園に。もしかしたらポケットには自分のコンサートのチケットを忍ばせているかもしれません。そう思わせるのが、次の歌詞です。

「諦めないで、歌うことだけは
誰にでも朝は訪れるから」

これは、おそらく、「秋の気配」で彼女が言った言葉「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね、ただそれだけ」の続きのセリフと考えていいでしょう。優しい彼女は音楽を続けていこうとする男を励ましたのです。そして男は彼女の言葉通りに諦めず音楽活動を続けたのでしょう。

男は彼女の勇気づける言葉につられ、彼女が続けて何かを言おうとしたのを遮り、別れの言葉を口にしたはずです。「秋の気配」では描かれなかった別れの場面が「夏の終り」で明らかになったのです。

彼女は続けて言おうとした言葉を飲み込んだはずです。男の別れの言葉を聞いた彼女は、これ以上言葉にすると涙が溢れるかもしれないと、ぐっと口を閉じ堪えた様子が浮かんできます。

そして

「優しかった恋人よ 
その後何を言いかけたの
僕の言葉があなたを遮るように
こぼれた あのとき」

と続くわけです。
別れの言葉を探していた男は、彼女の励ましの言葉につられ、別れの言葉がこぼれてしまった。「こぼれた」という表現が凄いですね。男の心の器に溜まりに溜まった感情が彼女の励ましの言葉が最後の一滴となり、溢れ出た感じが伝わってきます。男の思わず溢れ出た言葉に彼女は言う言葉を失った。溢れそうな涙を堪える為に。そんな情景がこの短い歌詞のなかに詰まっています。
男の溢れ出た別れの言葉と彼女が堪えた言葉(涙)の対比が素晴らしい。
小田さんの詩は言葉数が少ない分、推敲を重ね不要と思われる言葉を削って削って作詞している様子がうかがえます。

男は彼女の願い通りに音楽活動を続け、地元でコンサートを開催できるまでになったのでしょう。そして、コンサートのチケットを携え、聞けなかった続きの言葉を聞きに戻ってきたのでしょう。おそらく、別れの舞台となったカフェは彼女の仕事場だったはずです。男はまず「港の見える丘公園」に行って、当時彼女とよく訪れた思い出の場所をたどり、それからカフェに寄って彼女と話をしようと考えたのでしょう。

でも

「駆け抜けてゆく 夏の終りが
薄れてゆく あなたの匂い」

だったのです。男にとって「夏」は彼女の象徴です。それは冒頭のサビの歌詞から解釈できます。その夏の終りが駆け抜けていったように男は感じたのでしょう。

だから

「今日はあなたの声も聞かないで
このままここから帰るつもり」

となったのです。男は店のガラス越しに彼女の姿を見たはずです。もしかしたら店のお客さんと思われる男性と楽しく言葉を交わしていた姿だったのかもしれません。男はどうしても店のドアを開ける勇気が出ませんでした。

「そっとそこにそのままで
微かに輝くべきもの
決してもう一度この手で
触れてはいけないもの」

男にとって彼女はそのような存在になってしまったのでしょう。それを実感したのです。

「誰かをあなたが愛しているとしたら」

男は踵を返しました。

「夏は冬に憧れて 
冬は夏に帰りたい
あの頃のこと 
今では素敵にみえる」

彼女は男に憧れを抱き、男は彼女の元へ帰りたい、その気持ちは今でも変わらない。でも、

「そっとそこにそのままで
微かに輝くべきもの
決してもう一度この手で
触れてはいけないもの」

と思いながら、男は歩みを止めず、チケットが入っているポケットをそっとおさえることしか出来なかった。

「秋の気配」は別れの情景を切り取った絵画的な作品ですが、これに「夏の終り」を重ねると時間的な要素が加わり、より映像的作品へと昇華していきます。

「秋の気配」は77年8月にシングルレコードとして発表され、同年9月のアルバム「JUNKTION」に収録されています。

「夏の終り」は78年10月のアルバム「FAIRWAY」に収録されました。

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