オフコース&小田和正「秋の気配」その1
今年は本日8月7日が立秋とのことですが、立秋とは暦の上では秋の始まりということですね。夏の暑さが極まり、秋に向け季節が移り変わり始める日という意味だそうです。つまり暦の上では立秋が夏の暑さのピークであるとされ、立秋の翌日からの暑さは「残暑」と呼ばれるとのことです。なるほど、明日以降は「暑中御見舞い」ではなく「残暑御見舞い」になるわけですね。
ところで「秋の気配」と言えば、オフコースの名曲「秋の気配」が思い浮かんできます。オフコースとは80年代に活躍した伝説のバンドですが、メンバーが2人から5人へと移り変わる頃に発表されたのがこの曲です。作詞作曲はリーダーの小田和正さんです。
秋の気配
「あれがあなたの好きな場所
港が見下ろせる小高い公園」
小高い公園とは、小田さんの故郷である横浜の「港の見える丘公園」でしょうね。「あれ」という指示代名詞が使われているので、主人公は小高い公園が見える場所にいるはずです。
「あなたの声が小さくなる
僕は黙って外を見ている」
「外を見ている」のですから、主人公の男と彼女は「港の見える丘公園」が見えるカフェにいる感じです。男は彼女の言葉に返すこともなく公園を見上げている様子がうかがえます。
この辺りの表現が絶妙ですね。まずは「小高い公園」に視点があり、次に「小高い公園」が見えるカフェの窓際の席、向かい合って座る男女。そんなカメラワーク的な視点の移動があります。小田さんは後に映画製作に携わりますが、その片鱗を感じさせます。
こうした視点の移動の次に、外観から男の内省へと視点は更に変化していきます。
「目を閉じて 息を止めて
さかのぼる ほんのひととき」
男は過去を回想しています。
「こんなことは今までなかった
僕があなたから離れていく」
男は自分の気持ちが彼女から離れていることを自覚します。
1番の歌詞で
「あなたの声が小さくなる」
とあります。そう、男は彼女の声は聞こえているけど、聞いていないという状態です。男は外の景色を見ながら内省を続けている、そんな状況の中で意味を持って響いた彼女の言葉が
「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね ただそれだけ」
です。この彼女の言葉で男の輪郭が浮かび上がってきます。「あの歌だけは」という言葉から「あの歌以外」に多くの歌の存在を感じることができます。したがって男はミュージシャンでしょう。そして、彼女の為に作った歌があるのでしょう。男が別れを告げようとしていることを察して、彼女の精一杯の抵抗が言葉となったのが
「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね ただそれだけ」
です。だからこそ内省していた男に響いたのでしょう。
そして
「別れの言葉を探してる」
です。男は別れを告げようとしているけど、その機会が掴めないって感じです。それが次の歌詞に表れています。
「ああ、嘘でもいいから
微笑むふりをして」
今の男の状況では、彼女の微笑みだけが救いだったでしょう。でも、彼女の本心は男と別れたくないはずです。だから「いいよ、別れよう」とか「あなたの好きにして」とかのように別れを認める言葉ではなく「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね ただそれだけ」の言葉となったのですね。男は彼女からのきっかけの言葉が無いことに嘆きます。
「僕の精一杯の優しさを
あなたは受けとめるはずもない」
もう男には別れの言葉を口にするしかないところまで追い詰められている、一種の極限状況です。
売れないミュージシャンである男とその彼女。男はまだまだ音楽活動を続けていきたい。でも、そうなると彼女を幸せにできないと男は考えて別れを選択する。彼女からすれば、幸せかどうかは自分で決めることで男と別れたくはない。男は彼女に察してほしいが、それも無理なことと思わざる得ない。後は最後の別れの言葉を告げるだけ。
こんな男女の別れの情景が浮かんでくる曲ですね。最初に述べたように、夏の暑さが極まり秋に向け季節が移り変わり始める日が立秋であるように、ミュージシャンである男と彼女の愛が極まり別れへと変わり始めるのが「秋の気配」という曲だと言えるでしょう。そして、別れの極まりである「別れの言葉を告げる」という別れの決定的シーンに向かって緊張感が高まっていくところで曲は終わります。
こうしてみていくと、小田さんの作品は無駄な言葉がなく、それでいて情景が浮かび上がっていくような、絵画的な映像的な、そんな印象を受けます。お互いが嫌いになったわけではなく、将来の事を考え別れを選択する男と別れたくはないけど男の考えを受け入れざる得ない女の心のすれ違いを描く絵画が「秋の気配」ですよね。この「秋の気配」は絵画的映像的な名曲の1つと言えるでしょう。