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風 「あの唄はもう唄わないのですか」その2 伊勢正三「MUSICIAN」

前回取り上げた正やんの名曲「あの唄はもう唄わないのですか」の主人公である彼女。なんと健気な女性なのでしょう。思い出の「あの唄」を聴くために毎年彼のリサイタルへ足を運んだことでしょう。

いろんな思いが広がる曲ですが、その分、私の心の奥底にいつまでも残っているわけです。

そんな私の思いに正やんが応えてくれたかのような曲と出会えました。

「MUSICIAN」

この曲を初めて聴いた時、私は「アンサーソングや。これは『あの唄』のアンサーソングや」と感激しました。


ひとりだった頃は
このときがとても淋しかった
座席にギターケースをつめこんで
帰る道のり

コンサート終了後の一人のミュージシャンの情景を正やんは穏やかに歌います。

「あの唄はもう唄わないのですか」は彼女視点で、どこか緊張感のある感じでしたが、「MUSICIAN」はミュージシャンである彼の視点で、どこまでも穏やかなんですよね。満ち足りた、落ち着いた、そんな感じです。

「あの唄は」の頃は彼女と別れて、音楽活動に邁進した日々だったのでしょう。そして、その頃の独り身の淋しさをふと思い出したのでしょう。


コンサートが終わり
君の処へと向かう
少し人いきれに酔ったみたい
でも心地よく高ぶるのもいい

でも、今の彼には帰るところがあるんですよね。彼女の処です。コンサートでアドレナリンがでまくったのでしょう、気持ちはまだ高ぶっているままです。


今日は良いフレーズが
弾けたからって君に説明しても
君は多分笑っているだけ

コンサートから帰ると、彼はコンサートの話しを矢継ぎ早にしていくのが常だったのでしょう。それを笑顔で頷いて聞いている彼女。なんかいい感じです。この彼女は「あの唄は」の彼女でいて欲しい。絶対そうであって欲しいです。


それより君の今夜のポテトサラダ
また少しどこかが違うと言うのかい♪

今朝、彼が出かける時に彼女は言ったかもしれませんね。

「晩御飯はポテトサラダよ。新しい味付けにチャレンジしてみるから」

ポテトサラダは彼の大好物かもしれませんね。彼女は頑張って色々と微妙に味付けを変えたりしてみても、彼にはその違いがよく分からないみたいですね。

彼の想いは、コンサートのことから彼女との会話のことへ自然と変わっていってますよね。落ち着くべきところに落ち着いていく、そんな穏やかな幸せな帰宅の情景です。


ラジオから流れる
誰かの歌を聴くときが
自分を解くこともできるから
楽しい道のり


いつも何かに向かう男にすれば
優しい女の笑顔さえ
ふと忘れてしまうこともある♪


あの頃君を涙ぐませてばかりいたのはもう一人のほうの僕だった

ここで彼は「あの唄は」の頃の思い出に戻ります。いつも何かに苛立っていた自分。他人の歌を聴く余裕さえなかったこともあったはず。彼女にもきつくあたったこともあるでしょうし、別れを告げ彼女の元から去っていったあの頃。

今は、こうして彼女の元へと帰る自分がいる。

信号が青に変わり、アクセルを軽く踏み込む。ラジオから流れる音楽に一人のミュージシャンから一人の音楽好きな男へと戻っていく。


それより君の今夜のポテトサラダ幼い頃の思い出にあわせて

もしかしたら、彼女は彼の幼い頃の思い出のポテトサラダを再現しようとしているのかもしれません。たまにポテトサラダを作っては、二人でああでもないこうでもないって言いながら食べている、そんな情景が浮かんできます。

こんな感じで「あの唄はもう唄わないのですか」の頃の彼女と彼は、今は幸せに暮らしていると私は思いたいです。

「あの唄はもう唄わないのですか」の頃の二人は


女には凌ぎを
男には刀を
与えてくれた世界

だったのでしょう。でも、「あの唄」の時があったから今があるんですよね。彼女が堪えて凌いできたから、こうして彼女の元へと帰っていく自分が存在している。二人にとっては、そんな関係が正解だったのかもしれない。

♪それでいいのかもしれない♪

と。

この「MUSICIAN」は、正やんがソロ活動を始めて最初のソロアルバム「北斗七星」に収録されています。

風の実質的なファーストシングル「あの唄はもう唄わないのですか」の一つの結末が、ソロの最初のアルバムで歌われているとは感動的です。穏やかな雰囲気に包まれて彼女の元へ帰っていくミュージシャンの男。ハッピーエンドで良かった。この「MUSICIAN」は私にそう思わせる珠玉の名曲です。

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