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ドラマ『海のはじまり』第1話感想

母とその娘らしき二人が海辺を歩いている。

「どこから」

「どこから…何が?」

「海…どこから海?」

「水があるところからじゃない」

打ち寄せる波を指差す母。

「ここから」

引いていく波を見た娘。

「ここは海じゃなくなった?」

「別にここからが海、とかってないんじゃない…分からないけど」

考え込む娘を見る母。

「海がどこからはじまっているのか知りたいの?…うーん、難しいな…」

水平線を指差す娘。

「終わりはあそこ?」

「あー…水平線ね、あれは終わりじゃない。終わりに見えるだけで、あの先もずっと海」

「どこが終わり?」

「終わりはないね。ずっと海で、その先にまた海岸があるの。ここみたいに」

「ふーん…」

波打ち際を独り進む娘。歩みを止め振り返り母を見る。

「いるよ。いるから大丈夫。行きたい方行きな」

頷いた娘は再び歩き出す。その後ろ姿を見ながらゆっくりとついて行く母。

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というシーンで始まった24年夏季の月9ドラマ『海のはじまり』

初回の放送を観ていなかったと言うか放送自体知らなかった。Tverであれこれ見ていると再放送しているのを発見し、出演者の中に古川琴音がいるのを知り、観てみることにした。

なんとも不思議な雰囲気をまとうドラマの冒頭であった。「海のはじまりはどこから」「終わりはないね」「行きたい方行きな」など不思議なタイトルに意味深な冒頭シーン。私はドラマの世界へ引き込まれていった。

以下、ネタバレ有りなので未見の方はご注意を!

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電車内で不安げに辺りを見る長身の男性。車内ではスーツの上着を脱いでいたが電車を降りてからは上着を着てボタンを留めスマホを片手に道を確かめている。三叉路に差し掛かり右側へ行こうとしたが戻って左側へ行き直した。

このシーンで主人公の青年の性格や生き様を表したのは素晴らしい演出だったと思う。真面目だけど優柔不断で頼りなさを感じさせられた。きっと今までもその性格で苦労してきたのだろう。演じるのは目黒蓮。私は俳優としての目黒蓮を観るのはこのドラマが初めてである。

どこかのオフィス。香りを確かめる女性。取引先にテキパキと指示を出す。廊下を歩きながら後輩が言う。

「百瀬さん、年下と付き合ってるの納得です」
「なんで?…仕事の話ししてたじゃん」
「百瀬さんほどしっかりしている人だと甘えやすいですもん」

帰宅した主人公の青年は玄関で鍵を探す。その姿を見た百瀬はすかさず言う。

「ポケットじゃない…ズボンの」

主人公の頼りない青年としっかり者の年上の彼女との関係性がこのように端的に描かれると気持ちいいものである。二人の会話から女性の名前が弥生で青年は月岡と分かる。 

では、冒頭の母と娘は?という疑問が浮かぶわけだが、主人公の月岡のもとに連絡が入る。誰かの訃報のよう。

早朝、実家に戻った月岡。

「夏、何急に朝っぱらに」
と問う母親。

「ちょっとモノ取りに」

自分の部屋で喪服を取り出す月岡夏。黒いネクタイを持ってきた父。二人の会話はどこかぎこちない。

葬儀場で南雲水季と掲げられている名前を見る夏。

友人が「いつぶり」と尋ね「8年」と答える夏。祭壇の写真は冒頭のシーンの母だった。彼女が南雲水季。では、その娘は…

棺の中を覗き込む娘。その姿を見た夏は呆然とした。

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という感じで動き出した物語。

学生時代、優柔不断な月岡夏は自分にはない奔放な性格の水季に惹かれ二人は付き合い始める。ある日、水季から中絶の同意書を突きつけられた夏は水季に押し切られ同意書にサインする。手術後に突然大学を中退した水季は電話で夏に別れを告げる。「夏よりも好きな人ができたから」と。その好きな人とは中絶をせずに身ごもったお腹の子どもの海だった…。

月岡夏にとっては水季の死と二人の子どもである海の存在は青天の霹靂で同情してしまうが、夏は父親となれるのだろうか?今後の展開が気になるところ。

これは深読みし過ぎかもしれないが、登場人物の名前が今後の展開を表している気がしてならない。

主人公は月岡夏、夏という季節を誘うのは春、つまり夏の恋人の名前は弥生。夏は水の季節とも言え、夏と水となるとイメージは海。海は夏と水季の子ども。

更に、水季の同僚で海の世話をしてきた津野。津とは湊を意味し舟が出入りするところで海の休憩所でもあると言える。そして、夏の恋人の苗字は百瀬。瀬とは浅瀬や早瀬など川を表す言葉。川は海へと注いでいく存在。それが百もあるのだから百瀬弥生はどのような想いを海へと注いでいくのだろうか。

海の父は月岡で母は南雲。月を覆う雲は天気が崩れる前兆でもある。夏と水季はハッピーエンドにはなれない運命だったのだろう。水季に翻弄され先が見えない夏を表しているとも言える。

また、雲に覆われた月は朧月。朧月は春の季語でもある。こう解釈すると夏は春を象徴する南雲水季と百瀬弥生という二人の女性に誘われ成長していくのかもしれない。

とにかく、『海のはじまり』は、私にとってこの夏の楽しみとなった。


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