オフコース&鈴木康博 アルバム「ワインの匂い」その3 崩壊の予兆

あいつの残したものは

前回でオフコースのアルバム「ワインの匂い」のA面のレヴューも終了、と思っていましたが、ある曲の存在を知ってしまい、このまま終わらすわけにもいけなくなりました。

それは76年5月5日にリリースされたオフコースの8枚めのシングル「ひとりで生きてゆければ」のB面の鈴木作品「あいつの残したものは」です。

アルバム「ワインの匂い」が75年12月20日リリースですから約5ヶ月後という時間が経過しています。その間に鈴木さんに何かあったのかと思うくらいの歌詞なんですよね。

まずは出だし


思い出の中へ 消えかけていた君から 
遠い日々を呼びもどすような電話が 
大人びた声におどろきをかくせずに 
思わず あいさつの言葉さえもでなかった

「あれから君は」から数年が経っている設定になっています。うーん、実際の時間経過は約5ヶ月ですからね。5ヶ月で思い出の中へ消えかけるってどうなんでしょう。そう考えると数年後というのが自然です。それでもなんだかなって感じですね。確かに作品上の設定なので作者の自由なのですが…。


あいつの思い出をかたる君の横顔に 
少女らしい あどけなさなんて
みえない 
あいつは妹だった君に 突然 
一人生きる さみしさだけ残し死んだ♪

この箇所がこの作品が「あれから君は」の続編と言われている根拠でしょう。人間関係が「あれから君は」と同じですものね。気になるのは「少女らしい あどけなさなんてみえない 」です。

つまり、主人公からすれば彼女のイメージと実際の様子に齟齬をきたしているわけです。目の前にいるのは僕の愛した人ではないということですね。だから、悲しいけど、次の歌詞になるのですね。


何故今頃愛をうちあけにきた
若き日々の中へ 
君をおいてきたのに

主人公からすれば、今更何だよって感じ。うーん、これは彼女が可愛そうですね。


あいつが私に残したものは 
あどけない頃の君の ほほえみだった♪

そりゃそうでしょう。あれから数年経っていれば、彼女も大人の女性になってます。それは彼女のせいではないですし。

そもそも、あなたは「あれから君は」で言ってたでしょう。


僕はいつまでも
この手をひろげ
走ってくる君を
待ちつづけるよ

と。おーい、このときの決意はどこへいったんだよ。彼女は兄を亡くした心の傷が癒えて、真っ先にあなたに連絡してきたんでしょうに。

このように私の「昨日への手紙」と「あれから君は」の解釈は「あいつの残したものは」で完全に破綻してしまったのです。「それはないよ」と言いたい。

心変わりの原因

でも、もしかしたら、この時期の鈴木さんに「それはないよ」と言いたい出来事があったのかもしれません。だから、このような「ちゃぶ台返し」とも言える作品になってしまったかもしれません。

そこで、この時期のオフコースの状況を見てみましょう。

95年のアルバム「ワインの匂い」は小田さんと鈴木さんのバランスも良く、収録された曲も粒ぞろいです。2人時代のオフコースにおける名盤です。

この「ワインの匂い」の翌年96年のシングルに、この「あいつの残したものは」が収録されているのですが、このときに後のメンバーとなる大間ジローさんが初めてレコーディングに参加したらしいです。当時オフコースを担当していたプロデューサーは武藤さんという人物だったのですが、彼が別に担当していたバンドに大間さんと松尾さんがいたとのこと。そのバンドは解散しましたが、大間さんと松尾さんの才能を認めていた武藤さんがオフコースへと橋渡ししたようです。

うーん、もしかしたら、これらの状況は鈴木さんにとっては「それはないよ」だったかもしれません。鈴木さんにすれば、小田さんと2人で名作アルバム「ワインの匂い」を作り上げたばかりで、二人でもやっていける自信を深めていた可能性もあり得るでしょう。

そこに大間さんが連れて来られ、今までのサポートメンバーとは違う対応をしている武藤さんや小田さんの様子に違和感を覚えたかもしれません。「聞いてないよ」って。

それで「あいつの残したものは」の詩があんなふうになったのかなって考えてしまいます。曲調と詩がちぐはぐな感じがするんですよね。どうしても。2人で上手くやっていけてるのに何故そんなことを言うのっていう思いがあったのかなって考えてしまいます。

2人から5人

もちろんこれは私の憶測です。でも、鈴木さんが新メンバーの加入に当初は消極的だったというのを何かで読んだ記憶があるんですよね。実際、3人が正式に加入するのは3年後の79年なんですね。3年の歳月が必要だったわけです。鈴木さんの職人気質という性格からすれば頷けますね。それに鈴木さんの性格だけではなく、3人にとっても、鈴木さんと小田さんは年上だし、音楽知識やテクニックも凄いし、馴染むまでに時間が必要だったと思います。

予兆

名盤「ワインの匂い」のそれぞれの作品の感じと、その直後の「あいつの残したものは」の感じが違いすぎること。5人になって大ヒットした「さよなら」で鈴木さんが脱退を決意したこと。この2点から、もしかしたら鈴木さんは「あいつの残したものは」の時点から何らかの葛藤を抱えていたのかもしれません。新しいメンバーとも打ち解けてバンドとしてやっていこうという心境と同時に、½から⅕へと存在感が薄らいでいくのを感じていた状況にあったのかもしれません。あくまでも私の憶測ですが。

それにしてもオフコースとは不思議なバンドで、5人の個性が最高潮に結集された瞬間に華々しく消えていった、そんな打ち上げ花火のようなバンドでした。

アルバム「ワインの匂い」のレヴューをするだけのつもりだったのですが、鈴木さんのオフコース脱退まで言及することになるとは思いませんでした。

当初は名曲「ワインの匂い」に関して思うことを書いていこうと考えていただけでしたが、思いもよらぬ場所に出てしまった感じです。

しかし、あの時に鈴木さんの脱退がなかったら、と今でも思わずにいられません。

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