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紳士なドーナツ

子供の頃に食べた味にはそれぞれに思い出がある。

最近、初めてのドーナツ屋に行った。
三十分は並び、価格も一個三百円以上した。
並びと価格補正無しでも味は美味しく、人気の理由が分かった。
同時に、気軽に買える価格と昔ながらの味を提供してくれる、あのチェーン店の素晴らしさも痛感した。

十五歳まで団地と呼ばれる場所に住んでいた。
大型スーパーには紳士なドーナツ屋があり家族で行った時、好きなドリンクとドーナツ二個を頼ませてもらえた。
所ジョージがCMを務め、セルフ方式ではなくお姉さんに欲しいドーナツを取ってもらい、スクラッチカードで十点集めるとお弁当箱やスケジュールン、タオルやティーポット等の原田治グッズがもらえた。
ポンデリングは登場しておらず、有名シェフとのコラボもポケモンのドーナツも無い時代だった。


ドーナツ選びにも家族の個性が出る。
父は必ずハニーチュロ、弟はD-ポップ(今はドーナツポップという名称で好きな種類を選べるが昔は決められた六個で一つだった。)
母と私はその時々の新製品を選んだ。
D-ポップは一つで六種類の味が食べられるので私もたまに頼んでいたが父のハニーチュロは美味しさが分からなかった。
固めの生地に見た目も茶色一辺倒、チョコもかかっていない。
カラフルなドーナツの美味しさを説いても父はずっとそれだった。
大人になりハニーチュロを食べた時、その美味しさをようやく理解して父と同じく必ず頼むようになるのだが小学校時代の私にはずっと先の話である。

昭和生まれ、平成初期育ちで父からも母からも普通に殴られていた。
弟は生意気で、団地の子が集まる小学校には中学年からはっきりと女社会があった。
子供にはどうにもならない嫌な事、苦しかった事の方が多かったが家族四人で机一杯のドーナツとドリンクを囲んだ光景は幸せと呼ばれる場面の一つとして思い出される。

最近、昔通った店舗に行く機会があった。
ホットコーヒーにセルフ方式で取ったハニーチュロ、エンゼルクリーム。
内装と机の並びは多少変わったが美味しさはそのまま。
感傷に浸りつつ店を出たが、昔はドーナツを食べた後でも食べられていた晩御飯が全く欲しくない。
内臓にもしっかり時が流れた事を思い知らされたのだった。


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