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算数教育の論文を読む

 算数教育の論文を紹介します。

 日本数学教育学会の『数学的コミュニケーションにおける数学的アイデアの創発過程に関わる研究』という論文です。

 以前、『コミュニティ・オブ・クリエイティビティ(奥村高明ら,2022)』を読んだときから「創発」は算数の楽しさそのものではないかと感じ、関心をもっていました。


 著者は、算数授業における「創発」が起きる過程に対し、授業の「創発」が起きる場面を分析し、教師がどのように関わり「創発」に繋げようとしているかを明らかにしています。

 算数の学習における「創発」の定義は、吉村(2015)の研究をベースとなっており、以下の通りです。

 「算数・数学の教授・学習場面において,「子どもたち」あるいは「子どもたちと教師」が有していたり考えだしたりしていた個々の数学的アイデアには直接的に還元できないような,新しい価値ある数学的アイディアが社会的相互作用の所産として創造されること.」

「数学的コミュニケーションにおける数学的アイデアの創発過程に関わる研究」より引用

 つまり、大まかに言うと、ある子どもが出した考えに対し、「なるほど!そうだったのか!」「だったらこう言うことも言えそう!(論文上は「演繹命題の形成と帰納的な検証」とも表現されている)」と、今まで自分が考えていたこととは違った新しい見方ができるようになることが「創発」と言えそうです。

 この「創発」が引き起こされるコミュニケーションのことを「創発連鎖(江守,2007)」とし、以下のように定義しています。

いずれの学習者も所有していない新しいアイデアが創発されるコミュニケーション連鎖

「数学的コミュニケーションにおける数学的アイデアの創発過程に関わる研究」より引用


 著者はこの「創発連鎖」の中での教師の役割を発話記録をもとに分析しています。分析により明らかになった点を以下に引用します。

 アイデア創発に関わる教師の役割は,学習者相互の思考の連続性を確保する必要性が生じた際(授業前に思考の連続性の確保が難しいと想定される場面と,授業の中で即時的に判断される場面)に,先に述べた2つの目的(情動的な経験を促す,選択的知覚を促す)に対する3つの方法(話題の焦点化,情報の補完と共有,情報の整理)による介入を行うことだと言える。 

「数学的コミュニケーションにおける数学的アイデアの創発過程に関わる研究」より引用

 ここで「3つの方法」として著者が指摘したのは、「話題の焦点化」「情報の補完と共有」「情報の整理」といった手立てでした。






 この研究は、算数の授業(に限らず)を参観された先生からたまに出される「子どもたちのあの考えが出てきたのは偶然ではないか?出なかった場合はどうすればよいのか?」という指摘を乗り越えるものだと感じています。一見、偶然のように感じられる「創発」を教師はねらって計画し、子どもたちに関わることで「創発」が起きていると、この研究の分析手法を使うことで説明することが可能になりそうだと感じます。

 算数の授業の中で、思考を「焦点化」をして問いを追究し、理解が不十分だと感じた場合は「補完と共有」を繰り返して「情報を整理」する。このような流れで子どもを取りこぼさずに学級全体の思考を深め、緩やかに束ねる。その中でようやく、良い言葉が思いつかないのですが、子どもの思考が「自然発火」して「創発」現象が生まれていくのでしょう(筆者は「自然発火」のことを「驚き」や「情動的な経験」と表現していました)。

 子どもたちが「創発」が起きた場合、起きなかった場合について、以下のような視点で振り返ることで、その実践を整理することができます。

  • 問いが「創発」を引き起こすまで焦点化されていたか?

  • 「創発」につながる考えが出たときに、教師はどのような補完と共有のための手立てをしたか?

  • 子どもの思考は、教師の関わりによって「創発」につながるような整理はなされていたか?

  • 「創発」によって生み出されたアイデアは、他の問題でも活用可能と子供達は認識しているか?

 そして、「「創発連鎖」を起こす学級のあり方」にまで視点は深まっていくと感じます。

 少なくても前提条件として、子どもが進んで自らの意見を表現し、他者の考えに関心をもったクラスの風土が必要ではないでしょうか。つまり、この「創発」の肝は、教師が一方的に説明したり、話したい子どもたちが自分の考えを一方的に話したりする学級の中では生まれないということなのです。

 「「創発連鎖」を授業で意図する教師がもつ学級経営に対する考え方の枠組み」のようなものが明らかになるだけでも面白いなと感じました。



今回の論文紹介は以上となります。

原本はこちらからダウンロードして読むことができます。
(右側にある「PDFをダウンロード」で表示されます)


ありがとうございました。

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