「生まれなければよかったのに」第1話

あらすじ
時は魔法少女時代。
妖精が経営する企業に就職した少女たちは、変身ギアと衣装を貸与され、魔法少女となり闇に巣くう魔者まじゃを退治していた。
角井つのい瑠祭るり(18歳)は成績不振からとうとう会社をクビになってしまう。魔法少女歴10年、学校さえまともに通っていない瑠祭は魔法少女以外に生きる術が無い。
次の職を探す彼女が見つけたのは、日雇いの魔法少女アルバイト。如何にも怪しい募集だったが、給料の良さから応募してしまう。
雇い主の妖精、鹿羽が瑠祭を連れて向かったのはとある廃病院。
そこにいたのは、傷つき飢えた魔者たち。
彼らの生活を支援する鹿羽が瑠祭に告げたのは、思いもよらぬ真実だった。


本文

とある魔法少女の話をしよう。
天涯孤独の少女が魔なる者たちに崇められ、神となるまでの。
悍ましき魔法少女神話を。

「ク、クビですか?」
㈱熊本コーポレーション所属
魔法少女ラズリベア
本名 角井つのい瑠祭るり
18歳

愕然とする彼女に、代表取締役社長のクマ妖精、熊本はきっぱりと告げた。
「うん。残念だけど。クビ」
熊本はアロハシャツを着たヒト型のクマだった。
事務所の壁には所属魔法少女たちが写るポスターが貼られている。宣伝文句は『モフモフ可愛くパワフルに。魔者まじゃ退治はお任せ下さい』。
「ど、どうしてですか!」
瑠祭は食い下がる。
熊本は眼鏡をくいっと上げた。
「君って華が無いんだよね」
「華?」
「魔法少女ってさ、キラキラしてるものでしょ?魔者退治って、要するに殺し合いなわけ。でも普通にテレビ中継してるよね。それは魔法少女が浄化という体で戦闘行為をオブラートに包んでるから」
熊本はタブレットを出し、製作中の会社PVを見せた。
魔法少女が魔者と戦う映像。周りにはキラキラした星やらハートやらが飛び交っている。
「流血はご法度。魔者の死体を残すなんてもってのほか。だから攻撃魔法は魔者を消滅させるように作られ、環境にも優しい。何より魔法少女は常に可愛く振る舞い、安心安全をアピールしなきゃならない……っていうのにさぁ」
画面を横へスライドする。
返り血を浴びながら魔者を撲殺する、瑠祭こと魔法少女ラズリベアの映像が流れた。
「何これ?君の魔者退治、ガチ過ぎるんだよ。真顔だし。こんなん見たら子供泣くよ?こんな魔法少女いる?ねえ」
「そ、それは……」
「何回も言ってるよね?魔法少女らしくやってって。暗黙の了解完全無視してるじゃん。見てよこれ、掃除大変だったんだよ。明らかにやり過ぎでしょ。なんで歴長いくせにこんな下品な仕事しかできないの?」
瑠祭はごにょごにょ言い訳した。
「こ、この時はエフェクトとか気遣ってる余裕無くって……加減してる場合じゃなかったっていうか」
「だ~か~らぁ、瞬殺する必要無いんだって。むしろちょっと苦戦するくらいがちょうど良いの、魔法少女は。戦闘が長引いた方がメディに取り上げられやすくなって宣伝効果増すでしょ?」
「それじゃあ被害が拡大する恐れが」
「そのためのユニット。魔者を見つけたらまずは仲間を呼ぶ、独断専行禁止。僕の言うことな~んにも聞いてくれないじゃない君」
「うぅ」
「頑張ってくれてんのはわかるんだけどさ、困るんだよね君みたいな子。いっちょ前にやる気だけはあって空回りしてるっていうかさ。折角他の子たちが稼いでも、君が出す損害でパーになっちゃうわけ。わかる?」
「……申し訳ございません」
「だからね、もう駄目。流石に限界だね」
「そ、そこをなんとか」
瑠祭は深々と頭を下げた。
「私、今まで魔法少女しかやってなくって、学校にすらまともに行ってなくて、これしかできることないんです!魔法少女しかできないんです!ここをクビになったら、来月からどうやって生活したらいいか。お願いします、ちゃんと魔法少女らしく振る舞いますから!どうかクビだけは!」
「その魔法少女さえ上手くできてないからねぇ、経歴の割に。才能枯れたんじゃない?」
熊本は肩をすくめた。
「僕も家族を養ってるから、会社を傾けるわけにいかないの。僕も鬼じゃないからさ、損害額を君に請求するような真似はしないから。ここできっぱり辞めて手打ちにしよう。変に拗れるよりその方が良いよ、お互い」
「そんなぁ」
「ってわけで、変身ギア返してね」
電話が鳴る。熊本は爆速で受話器を取った。
「はい!モフモフ可愛くパワフルに、熊本コーポレーションでございます!あ、獅堂社長ですか?お久しぶりです、その節はどうも……」

ATMの前で瑠祭はため息を吐いた。
「はぁ。お金無い。これからどうしよう」
とぼとぼとコンビニを後にする。
「また続かなかったな。こんなに何社も転々として名前もガワも変えてる魔法少女いないよぉ」
公園のベンチに座り、瑠祭は携帯を取り出した。
(魔法少女の求人探そ)
熊本の言葉が脳裏を過ぎる。
――才能枯れたんじゃない?
瑠璃は涙を浮かべた。
「そんなこと言わないでよ。私、魔法少女辞めちゃったら……なんにも残らないじゃん。……ん?」
SNSのとある投稿に、瑠祭は目を留めた。
「株式会社鹿羽しかばねマジカル。日雇い魔法少女募集中……経験者歓迎、変身ギア・衣装貸与、給与即日現金手渡し。簡単な面接あり。募集人数一名」
過去の投稿を遡ってみると、週1のペースで同じ投稿を繰り返していた。
(聞いたことない会社だな。検索しても何にも出ないし、SNSで募集してるのもなんか怪しい)
投稿を読み直し、瑠祭は目を見張った。
「え!日給3万!?」
思わず立ち上がる。通りかかった子供がぎょっとして逃げ去った。
(あ、怪し過ぎる……けど)
お腹がぐ~と鳴る。
(これがもし、本当だったら)
ごくりと唾を呑み、瑠祭はDMをタップした。

翌日。待合せ場所に現れたのは一台のアルミバンだった。
運転席から颯爽と降りたのは、スーツ姿のシカ妖精だった。
「DMくれた魔法少女さん?」
「はいそうです!」
「応募ありがとう。俺は鹿羽」
「角井瑠祭です。本日はよろしくお願いします!」
「じゃ、面接するから」
鹿羽は淡々と言った。
「はい。……え、ここで?」
「路駐してるからさっさと済ませるね。魔法少女歴は?」
「え?あっ、魔法少女歴10年です」
「へえ長いね。今いくつ?」
「18です」
「8歳からやってるの?ベテランじゃん」
「いえ、そんな」
「料理できる?」
「はい?」
「料理は?好き?」
「まあまあ?」
「なるほど」
鹿羽は顎に手を当て瑠璃を眺めた。
「?」
「うん。採用」
「えっ」
「助手席乗って。早速仕事行くよ」
「え、今ので?いいんですか?」
「うん。君なら大丈夫そうだ。ほら早く」
「あ、はい!ありがとうございます!」
鹿羽は運転しながら瑠祭にある物を渡した。
「変身ギアはこれね」
星が彫られたペンダントだった。
瑠祭はペンダントをまじまじと見た。
(古風~。最近の変身ギアは携帯とかコンパクトが主流なのに。逆にちょっと新鮮)
鹿羽はシガーライターに手を伸ばす。
「煙草吸っていい?」
「どうぞ」
「悪いね」
ペンダントを付けた瑠祭は、ふと鹿羽を見て尋ねた。
「魔法少女名は何ですか?変身スペルと、あと口上とかあります?」
「あー魔法少女名かぁ」
鹿羽は暫し思案して答えた。
「そうだなぁ。じゃあ、リトルシルキィで」
(今じゃあって言った?)
「スペルはー……あれ、何だっけ」
(何だっけ!?)
「思い出した。ウェイクアップマジカルで変身。口上は何でもいいや」
「え?」
「ていうか口上なんて言わなくていいよ、いちいち」
「えぇ?魔法少女なのに?」
「うん。別に誰かに見せるわけでもないしね」
鹿羽はちらっと瑠祭を一瞥する。
「残念?ショーとかの仕事期待してた?」
「そういうわけでは」
「やめとく?」
瑠祭はブンブン首を振った。
「やります、やらせて下さい!魔法少女業なら、どんなお仕事でも喜んで!」
「へえ、どんなお仕事でも」
鹿羽は満足そうに微笑した。
「期待するよ。魔法少女さん」

到着したのは街の外れにある寂れた廃病院だった。
「ここですか?」
「うん。降りて」
「魔者の根城とかですか?」
「そんなとこ。あ、先に変身しといて」
(こんな軽く変身求められるの初めてだ)
瑠祭はコホンと咳払いし、ペンダントを握った。
「ウェイクアップマジカル!」
ペンダントが輝き、光のベールが瑠祭を包み込む。
「さらさら優しい白い精、魔法少女リトルシルキィ!」
瑠祭はサイドミラーで自分を見た。
衣装は白いドレスだった。
(可愛いけど、なんか地味だな。魔法少女らしくないっていうか)
金髪碧眼に変わってはいるが、化粧は最低限。ピアスやネイルも派手ではない。
(熊本社長なら花が無い!って却下しそうなデザイン)
「変身口上、わざわざ考えたの?」
「あっ、はい。折角なので」
「へー。まあいいや。荷物下ろすの手伝って」
「はいっ」
バンには大量の段ボール箱が詰め込まれていた。
「まずはこれ運んで」
「はい!……はい?」
「ステータスはだいたい筋力に振ってるから、楽に持てるよ。足元だけ気を付けてね」
「あの、魔者退治は?」
「しないよ」
「え!?でもさっき、魔者がいるって――」
「入ればわかるよ、話はそれから。ほら動く」
「……」
鹿羽の指示に従い、瑠祭は廃病院のエントランスに荷物を運んだ。
院内は薄暗く、鬱蒼とした雰囲気が漂っている。
(魔者よりもお化けが出て来そう)
「シルキィ」
「はいっ」
「鍋造れる?」
「なべ?」
「ステンレスの大鍋。これくらいの」
「はあ。できますけど」
「OK。出して」
瑠祭は魔法で大鍋を生成した。鹿羽が拍手する。
「綺麗にできてる、流石」
「あの、これは何に?」
「じゃ、この調子で作業台も造って。火と水は俺が出すから」
「?」
「それ終わったら箱開けて。そっちの山から」
箱の中は、魔力の籠もったありとあらゆる薬草や野菜だった。
瑠祭は猿轡を噛まされ亀甲縛りされたマンドレイクを摘まみ上げた。
「鹿羽さん、これは?」
「それは捌くのにコツいるから俺がやるよ。君はそっちのモーリュを刻んで」
エプロンを掛けると、鹿羽はてきぱきと調理をし始めた。無駄の無い動きで次々と食材を捌く鹿羽の背後で、瑠祭は調理器具を生成したり切った食材を鍋に入れたりと、忙しく右往左往した。
鹿羽に言われるがまま動くうちに、いつの間にか大鍋いっぱいのスープが完成していた。
「味見してみて」
鹿羽が小皿を渡す。
「どう?」
「美味しいです。なんていうか、魔力が漲る感じ」
「よし。初めてにしては上出来だよ」
「そんな、私は鹿羽さんの言う通りにやっただけで……」
瑠祭はハッと我に返った。
「え?これ、炊き出しですか?」
「今さら?」
不意に、暗い廊下から足音がした。
(何か来る!)
目を凝らすと黒いシルエットがゆっくりと近づいて来るのがわかる。
ゾッとするしゃがれ声が響いた。
「匂う、匂うぞ。芳醇な、グヒヒ。美味そうな魔力の匂いだ」
声の主が姿を現す。
灰色の肌、白い髪、角。尖った耳。鋭利な歯と爪。
血のように赤い瞳。
それは2mを超える長身の怪人だった。
「現れたな、魔者め!」
瑠祭は包丁を手に取った。
「鹿羽さん下がってください、ここは私が!」
魔者は暗闇から次々と現れた。
「こ、こんなに沢山……!?」
亡霊のようにふらふらと歩く魔者の大群に、二人はあっという間に囲まれた。
「まさか、このスープに引き寄せられて!?」
「まあそうだね」
「魔者をおびき寄せる作戦だったんですね鹿羽さん!」
「うん違うよ」
「数は多いけど動きは鈍いです。すぐに片を付けますから、鹿羽さんは伏せて――」
「だから違うって」
鹿羽は瑠祭の頭にチョップして包丁を取り上げた。
「うぇ?鹿羽さん?」
「君が持つのはこっち」
鹿羽がおたまを渡す。
「お椀出して。36人分」
「へ?」
最初に現れた長身の魔者が、すぐ目の前まで迫っていた。
「グフフフ」
「あ!鹿羽さん危な――」
魔者は鹿羽と握手を交わした。
「今日も来てくれたんですね。本当にいつもありがとうございます。グフフ」
魔者が丁寧に礼を告げる。鹿羽は彼の肩をポンポン叩いた。
「気にするなジカム。そっちこそ変わりは無いか」
「おかげさまで、無事に暮らせております」
「何より」
魔者は周りの仲間に呼びかけた。
「皆、鹿羽さんが来てくれたぞ。一列に並べ~」
魔者たちが歓声を上げる。
「やった~」
「お腹空いた~」
「良い匂いだねぇ」
魔者たちが大鍋の前にぞろぞろと並ぶ。
瑠祭は目をしばたたかせた。
「あの、鹿羽さん?これはどういう?」
「ほら皆待ってる。一杯ずつよそって」
「??」
瑠璃は困惑したまま、魔者たちにスープを配った。
「ど、どうぞ」
「ありがとうねぇ」
「どうぞ」
「うひゃああったけぇ~」
「はい、どうぞ」
「あ、魔法少女だ」
「どうぞ」
「お、珍しいな。いっつも鹿羽のアニキだけなのに」
「どうぞー」
「魔法少女ちゃんが作ってくれたのかい?ありがたや」
「……どうぞ」
「どうも。お名前なんていうの?」
「リトルシルキィです」
「ふふ、可愛いわね」
「……」
魔者たちは待合室に放置されたボロボロのソファに座り、談笑しながらスープを味わった。
瑠祭はあることに気が付く。
(どの魔者も傷だらけ。それにガリガリ)
魔者たちは一様に痩せ細り、服装もみすぼらしい。大半が老人で、小さな子供もいた。
もう一つ共通点があった。全員が片目に眼帯や包帯を巻いている。
鹿羽が瑠祭の隣に立った。
「魔者特有の眼、魔眼。ここにいる魔者は皆、自らそれを潰している」
「どうしてそんなことを?」
「彼らなりの降伏のサインさ」
鹿羽は椀を瑠璃に渡した。
「君も食べろ」
スープの水面に映る自分と見つめ合い、瑠祭は尋ねた。
「鹿羽さん、ここにいる魔者たちは……何なんですか?どうして襲って来ないんですか?」
「彼らは挑むより隠れることを選んだ者たちだ。魔法少女に敗れてここに逃げ込んだ者もいるがな」
「隠れる……魔者が?誰も襲わずに暮らしてるっていうんですか?」
「信じられないか?」
「だって魔者は絶望を喰らう魔なる者。闇に巣くう怪物ですよ」
「人はそう教わるらしいな」
「どういう意味ですか?」
鹿羽は指から火を出して煙草を点けた。
「真実を教えてやろう。古い歴史の話でもある」
「……?」
「魔者とは本来、特定の民族を指す言葉だ」
「民族?」
「妖精という大きな括りを分類する民族の一つ。それが魔者」
瑠祭は目を見張った。
「ありえません。魔者が妖精だなんて」
「想像もつかないだろうな。特に魔法少女には」
「だ、だって、妖精はみんな妖精の国出身のはずじゃ?」
「そうだ。大昔、魔者は妖精の国に暮らしていた。かつての妖精の国は今のように平和ではなかった。人間界と同じように戦争があり、貧困があり、そして差別があった」
「……」
「魔者だけの力、魔眼を恐れた他の民族は結託して魔者を弾圧し、国から追い出した。そして魔者は魔なる者であるというデマを流布し、歴史を塗り潰した。教えに従った子孫たちは人間界に隠れ住む魔者を屠るためのシステムとして魔法少女制度を作った」
「……」
「妖精族の被差別階級。それが魔者の正体だ」
瑠祭は痩せた魔者たちを眺め、ぎゅっと目を瞑った。
「嘘です、そんなはずがない」
「嘘じゃなければ困るか?」
「だって、嘘じゃないと、そうじゃないと、私たちがやって来たことは、まるで……」
「虐殺」
「ッ!」
鹿羽は煙草を素手で握り潰した。
「魔者にも悪い奴はいる。そいつらは裁かれて然るべきだ。人の世に刑法があるように。だが、全てがそうか?」
「……っ」
「ほとんどの魔者が、そこに居たからという理由で魔法少女に駆除される。ただ生きていただけで。たまたま人間に見つかってしまった所為で」
「そんなはず無い!」
椀が落ち、スープが床にぶち撒かれる。
瑠祭は耳を塞いだ。
「私たちは虐殺なんかしてない!魔法少女は困ってる人を助けるためにいる!悪者をやっつけるためにいるの!」
「そう思うならやってみろ」
瑠祭はハッと顔を上げた。
魔者たちが静まり返り、瑠祭を注目していた。驚き、怯えた眼で。
「魔法少女なら、務めを果たしてみせろ」
「……ッ」
誰かが瑠祭のスカートの裾を引いた。
隣に、小さな魔者の女の子がいた。
女の子は目をぱちぱちして瑠祭を見上げた。その子も、片目を包帯で覆っていた。
「溢しちゃったの?」
女の子は椀を差し出した。
「わたしの、分けて上げる。だから泣かないで?」
「……っ」
瑠祭は女の子に恐る恐る手を伸ばし、肩に触れた。
その体は驚くほど細く、骨と皮ばかりだった。
女の子は首を傾げた。
「どこか、痛いの?」
「……ううん」
瑠祭はかぶりを振った。
「痛くなかった。そうだったんだ……私たち、何も痛くなんて……なかったんだ」
「?」
魔者たちがほっと胸を撫で下ろす。
鹿羽は新しい煙草を咥えた。
「一目でわかったよ、リトルシルキィ。角井瑠祭。君は魔法少女に向いてない」

帰りの車中。
鹿羽は運転の片手間に封筒を渡した。
「給料だ」
「……ありがとうございます」
「こっちこそ助かったよ」
「すみません。片付け、全然手伝えなくて」
「いいさ。あの子たちも遊び相手ができて嬉しかったろう」
「……」
「チ。今日はよく信号に捕まる日だな」
「……鹿羽さんはどうしてこんなことしてるんですか?」
「ん?」
「鹿羽さんは魔法少女側の妖精ですよね?」
「ああ」
「もし魔法連に見つかったら即逮捕、強制送還されて最悪極刑ですよね」
「そうだな」
「どうしてそんなリスクを冒してまで?」
「さあな。君こそ通報したらどうだ。報奨金が貰えるぞ」
「もし本当にしたらどうします?」
「さあな。たぶん殺す」
「……しませんよ」
「知ってる」
「来週も行くんですか?」
「ああ。魔者は最低でも週1は食事を摂らないといけないからな」
「……また、私もご一緒していいですか?」
鹿羽の耳がピクッと動いた。
「ダメですか?」
鹿羽は微笑した。
「そのペンダント、そのまま持ってていいぞ」

瑠祭は毎週、鹿羽とともに廃病院へ通った。
炊き出しのみならず、治療したり、古着を調達したり、設備を修繕したりした。魔法少女の力は魔者たちの支援に大きく役立った。
仕事を終えると、魔者の子供たちと遊んだ。外に出られない子供たちに、瑠祭は屋内でできる遊びを教えた。
あの日、瑠祭にスープを分けようとした子供はニミといった。ニミとは一番仲良くなった。

三ヶ月後
瑠祭は家電量販店を訪れていた。
(む~。1万か。ポータブルプレイヤーって高いんだな)
値札と睨めっこする瑠祭は楽しげだった。
(ニミちゃんたち喜んでくれるかな。テレビも見たことないって言ってたから、びっくりするかも)
隣のテレビコーナーにいる店員に話しかけようとし、瑠祭の足が止まった。
陳列するテレビに、見覚えのある景色が映っていた。
「え!?」
緊急生中継と銘打ったニュース番組。
リポーターの背景にあるのは、魔者たちが住む廃病院だった。
『現場からお伝えします。あちらが魔者の巣窟とされる廃病院。数十体に及ぶ凶悪な魔者が潜んでいるとの情報もあります。つい先程到着しました熊本コーポレーションの魔法少女ユニット、キューティベアーズの五人が間も無く突入するとのことで――』
瑠祭は走って店外へ出ると、鹿羽に電話をかけた。
「鹿羽さん、出て。あ~もう、どうして出ないの!?」
瑠祭はペンダントを出し、脇目も振らずに変身した。
「ウェイクアップマジカル!」
建物から建物へ跳び、廃病院を目指して走る。
(ニミちゃん、皆……!)

レポーターが眉をひそめる。
「おや?魔法少女が走って来て……あっ!」
瑠祭は報道陣の頭上を飛び越えた。
「何事でしょう?謎の魔法少女が現場へ向かって行きました!」
瑠祭は魔法でスレッジハンマーを生成し、廃病院を囲む結界をぶち破った。
「あぁ!今、謎の魔法少女が結界を破り中へ侵入しました!」
ハンマーを捨てて院内へ駆け込む。
「~ッ」
瑠祭は息を呑んだ。
中は荒れ放題だった。壁は破られ、ソファはひっくり返り、エントランスの天井は崩落していた。
(演出のために、派手に暴れて……)
瑠祭は床に手を触れた。
(魔力の残滓。わかる。誰かがここで浄化されて、殺された……っ)
瑠祭は堪らず口を押さえた。
(誰?ニミちゃん?ジカムさん?イヤ、どうして……!)
院内に轟音が鳴り響いた。
(まだ誰かが、魔法少女に襲われてる……!?)
瑠祭は走り出した。
「皆!どこ!?ねえ、皆!」
住人が浄化された院内はどこももぬけの殻で、酷く静かだった。
(そんな、皆消えちゃったの?そんなの嫌だ、絶対に……まだ生きてる魔者だけでも、何とか助けないと――)
目の前の壁が吹き飛んだ。
「うわっ!?」
粉塵が晴れると、目の前に老いた魔者が倒れていた。
「ジカムさん!」
ジカムは苦しそうに顔を歪め、霞んだ目で瑠祭を見た。
「おぉ、シルキィ。来てくれたんですか」
「大丈夫?今治すからね」
「儂はもう手遅れです。それより、ニミを」
「ニミ?ニミはどこにいるの?」
「不甲斐無い。誰も、守れなかった。誰も」
「ジカムさんしっかり、ジカムさん!」
ジカムは光の粒子となって散った。
瑠璃は虚空へ消えていく粒子を掴もうとした。
「ダメ、ジカムさん!逝っちゃダメ!待って、待ってってば!」
かつての同僚の声がした。
「そいつで最後~?」
「うん、ラスイチ」
「OK、さっさとやっちゃお」
崩壊した壁の向こう。
キューティベアーズの面々が揃い踏みし、魔法のステッキを構えている。
その相手は、
「~~」
壁に追い詰められ、泣きじゃくる――ニミだった。
――ただ生きているだけで駆除される。
――虐殺だ。
「せーのっ」
「待っ――」
光がニミを撃ち抜いた。
ニミの体は粉々になり、残った首が床をコロコロと転がって、瑠祭の前で止まった。
「――」
ニミの首はすぐに光となって消えた。
瑠祭はぺたんと座った。
「楽勝だったねぇ」
「ね~。めっちゃいたから苦戦すると思ったのに」
「でもでも、外に出る時はちょっと疲れてる風にしようよ。その方が死闘感出るしょ?」
「え~逆に余裕アピした方がカッケくない?」
「あれ?誰かいるよ」
魔法少女たちは瑠祭に気付いた。
「魔法少女だ」
「誰?」
「知らない」
「どこ所属の子だろ?」
ピンクの衣装を着た魔法少女が瑠祭に歩み寄った。
「こんにちは。私、魔法少女ローズベア。あなたも魔法少女?」
黒い衣装を着た魔法少女がツンとした態度で言う。
「残念だったわね。手柄を横取りしに来たんでしょうけど、もう終わっちゃったわよ」
「もう、ボルちゃんったら意地悪言わないの。でも外にはカメラあるし、この子は裏から出た方がいいかな?」
ローズは笑顔で手を差し伸べた。
「案内してあげる。ほら立って?」
「……」
瑠祭はローズの手を取った。
――才能枯れたんじゃない?
――君は魔法少女に向いてない。
「……うん。そう」
瑠璃は呟く。
「そうだよ」
ローズは首を傾げる。
「ん?なんて?」
瑠璃はローズの手をぐいと引っ張った。
「私、魔法少女になるべきじゃなかった」
がぶり。
瑠璃はローズの首に噛みついた。
「え――あっ、えっ、あ、痛、痛!?ああっ!?や、やめて痛い痛い痛い、いたっ、ああああッ」
「ちょっとあなた!?離れなさい!」
ボルツベアがステッキで瑠祭を殴り飛ばす。
「ローズ大丈夫!?ローズ!」
「ごぽ、がぱぽごぶ、ぶっ」
ローズは頚動脈を噛み切られていた。
魔法少女トパーズベア、エメラルドベア、パールベアが臨戦態勢に入る。
「こいつ、よくもローズを!」
「何!?魔者なのこいつ!?」
「いいえ、反応は魔法少女のはずよ!」
血みどろの口を拭い、瑠祭は言った。
「お母さんの言う通りだ。魔法少女しかできない私なんて」
瑠璃は手斧を生成した。
「生まれなければよかったのに」
キューティベアーズの面々は戦慄した。
「うそ」
「その得物、ラズリベア?」
「角井さんなの?」
事切れたローズを寝かせ、ボルツが立ち上がる。
「クビにされた腹いせのつもり?この人殺し」
ボルツは涙を浮かべ、瑠祭にステッキを向けた。
「ローズの、華子の仇を討ってやる!」
瑠璃が投げた斧が、ボルツの顔面にメリッと刺さった。
「えヴぇ?」
瑠璃が正面へ走り、ボルツの手からステッキを奪う。
「ボルツ!」
「この!」
パールが撃った光線を、瑠祭はステッキで防いだ。
(誤射防止機能を利用された!?)
瑠璃はパールに詰め寄り、股間を思い切り蹴り上げた。
ごちゅり。
「――ひゅっ」
青ざめたパールの脳天をステッキでかち割る。パールは白目を剥いて倒れた。
「うわああパール!?」
「てめぇぇえ!」
エメラルドの光線が瑠祭の肩を撃ち抜く。
瑠璃は眉一つ動かさずスタスタと歩き、エメラルドのみぞおちをぶん殴った。
「お、ごっ!?」
怯んだエメラルドの背後に回り、首をへし折る。
「あ、あぁ……っ」
トパーズはガタガタと震えて光線を乱射したが、全く当たらない。
「ご……ごめん、なさい」
ステッキを捨てて両手を挙げる。
「ごめんなさい。ごめんなさい!降参します!」
瑠璃はボルツの顔から斧を抜いた。
「へ、変身解きます!もう逆らいません!誰にも言いません!だから殺さないで!」
変身を解除した女子高生が、その場に土下座して失禁した。
「許して下さいぃ、お、おねっ、お願いします!お願いします!お願いします!」
「……」
瑠璃は光の消えた眼で彼女を見下ろした。

『あ!誰かが出て来ます。今、廃病院から……え?あ、あぁ!?ああああ!?』
レポーターの絶叫と凄惨な光景が、全国の電波に流れた。
『な、何ということでしょう!先程廃病院へ侵入した謎の魔法少女が、しょっ、少女のっ、少女の生首を持って出て来ました!スタジオは映像を切って下さい、あまりにショッキングな……キューティベアーズは?彼女たちはどうなったのでしょう?私たちの魔法少女は!?いったいどこへ行ってしまったのでしょうか!?』


第2話

第3話


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