「生まれなければよかったのに」第3話

㈱獅堂グループ本社ビル
社長室
魔法少女ボンベイディナァが入室する。
獅堂のデスクまでツカツカ歩き、彼女は報告した。
「発見された下顎骨から身元が判明しました。爆発に巻き込まれたのはジャガークロスと見て間違いありません」
「ほう」
獅堂は鬣を梳かしていた手を止めた。
「やってくれるな、角井瑠祭」
「それから彼女の変身ギアですが、やはり連盟のデータには無いものです」
「違法ギアか。雇用主妖精の尻尾さえ掴めないとはな」
「如何されますか?」
「ふむ……」
獅堂は顎髭を撫でた。
「タイガープレイアを呼べ」
「……彼女は自宅謹慎中ですが」
「構わん。あいつにはこう伝えろ。凶悪魔法少女の首を獲れたら、謹慎を解いてボーナスをくれてやるとな」
「承知しました」

PM5:00
ロッカー室
一人の魔法少女が変身を解く。
獅堂グループ所属
魔法少女ピューマグラス
本名 糸井苺(15歳)
「ふぅ。疲れたぁ」
ロッカー室に制服姿の少女が入って来る。
「あ、糸井先輩。これから帰りですか?」
「うん。円流まるちゃんはこれから?」
魔法少女コロコロランチ
本名 若木円流(14歳)
「そうなんすよぉ。学校終わりの出社マジきちぃです」
「大変だよね。早く学校辞めちゃえば?」
「そうしたいのは山々なんすけど、親が中学までは行っとけってうるさくって」
「中学卒業してない魔法少女なんて今時珍しくないのにねー」
「もーマジで、会社の方から説得して欲しいですよ」
「あはは。社長に頼んでみたら?」
「え~怖くないすか?コワモテで」
「そう?ああ見えて優しいよ」

警備室
「あれ?」
モニターを見ていた警備員が顔をしかめる。
「おかしいな。ここのカメラ切れてる」

円流は体操服に着替えた。
「今日もあれっすかね?指名手配犯の捜索?」
「たぶんね。私も一日中走り回されたよ」
「ドン引きっすよねぇ、あの魔法少女。元同僚殺すとか。ネジ飛んでますよ」
「サイコパスってやつ?」
「それそれ」
「現実にいんの?なんかイタいわ~」
「ちょっと怖いっすけどねぇ」
苺は鞄を持ち、手を振った。
「じゃ、頑張ってね。バイバーイ」
「お疲れーす」
苺がロッカー室から出た次の瞬間、ドアの脇に待ち構えていた角井瑠祭こと魔法少女リトルシルキィが手斧を振り下ろした。
「んぇ?」
苺の顔面がずり下がり、床にべちゃりと落ちた。
「???」
前頭葉と目と鼻と口を失った苺はふらふらと歩き、自分の顔面を踏んで躓いた。頭蓋骨から残りの脳が溢れ出て、彼女は動かなくなった。
瑠璃は無表情でそれを見届けた。
「先輩?」
円流の声が近付く。
「どうかしました?変な音――」
瑠璃が勢いよくドアを開ける。
円流はドアに顔面を強打した。
「痛っ!」
ロッカー室に押し入り、後ろ手にドアを閉める。
円流は鼻血を流しながら瑠祭の姿を認め、瞠目した。
「あっ、あんた……!」
円流は咄嗟に、コンパクト型の変身ギアがある自分のロッカーへ走った。
瑠璃に足をかけられて転びながらも、円流はコンパクトをキャッチする。
「変身!マジカル――」
瑠璃は円流の喉を蹴りつけた。
「がっ!?……ひゅ、ひゅ……ぎぃっ!?」
コンパクトを持つ手を斧で切断すると、瑠祭は円流を仰向けに寝かせて馬乗りした。
「ぃっ……ひ、ぃいっ……!」
「……」
円流が泣きじゃくる。
斧を振りかぶり、瑠祭は呟いた。
「ニミちゃんも、そんな顔してたな」
斧が円流の顔に迫る。

警備員が椅子から立ち、同僚に言った。
「カメラを見て来る」
「おう」
「脚立どこにあったっけ?」
「確かそこの用具入れに――なんだお前!?」
「うわっ!?」
鹿羽がいきなり部屋に押し入り、消音器付きの拳銃で警備員を射殺した。
念入りに頭を撃ち抜くと、鹿羽は席に着きキーボードを弾いた。
「最近流行りの節マナか?魔法セキュリティを怠って人間の技術に頼るからこうなる」
鹿羽は全てのセキュリティを停止し、コンピュータの電源を切った。全てのモニターが暗転する。
「妖精では変身した魔法少女には敵わんからな。俺にできるのはここまでだ。後は頼んだぞ、リトルシルキィ」
鹿羽は魔法で姿を透明にし、退室した。
「同胞の血でその手を穢せ。魔法少女の名も、誉れも、悉く踏み躙れ。それがお前の全うすべき罰であり、生まれた意味だ」

魔法少女パンターカトラリィは感嘆を漏らした。
「いやー快適だわぁ。前の会社の衣装なんてさ、いちいち変身解かなきゃトイレできなかったんだよ?」
「もう、壁越しに話しかけないでよ」
隣の個室が開く音がし、魔法少女マンチカンカップが外を歩いて行く。
「私、先に出てるからね」
「早いなぁ、ちゃんと拭いたかー?」
「もう~!」
「あはは」
カップが洗面台で手を洗っていると、トイレに誰かが入って来た。
鏡越しにその姿を見て、カップは凍りついた。
「えっ」
カトラリィがまた、個室内から話しかける。
「そうだ、明日休みでしょ?あそこ行こうよ、この前言ってたカフェ」
カップは水の溜まった洗面器に顔を沈められ、じたばたともがいていた。
瑠璃は無表情で彼女の頭を押さえつける。
「雰囲気も良い感じのお店でね、ケーキが美味しいの」
ジャーと水の出る音だけが鳴る。
カトラリィが訝しむ。
「あれ?出ちゃったの?水出しっ放しだぞー、おーい」
カップは洗面器に頭を入れたまま動かなくなった。
「よいしょっと」
カトラリィが立ち上がり、パンツを上げる。
彼女の目線が下がったタイミングで、瑠祭がドアの上から身を乗り出し、脳天に斧を突き立てた。
「ア……?」
カトラリィは再び便座に座り、俯いた。
洗面器の蛇口を開けたまま、瑠祭は出て行った。

社長室
「どうぞ~」
魔法少女ペルシャブランチが珈琲を差し出す。
「ふむ」
獅堂はパソコンを睨んで呟いた。
「やはりおかしい」
ブランチが首を傾げる。
「何がですか~?」
「角井瑠祭だ」
「あ~今朝テレビで観ましたよ~、賞金が600万に上がったんですってね~。600万あったら何買おうかな~」
「そのことじゃない」
「ほえ?」
「手際が良過ぎる。魔法少女五人を一方的に倒し、クロスまでも仕留めた。たった一人でだ」
「む~?」
「熊本から聞いた話も気になる。魔法少女らしからぬ、合理性を追求したかの如き戦闘スタイル。まるで従軍経験者だ。奴は何故そんなスキルを身に付けている?」
「ほ~」
獅堂は黙々とデスクワークに勤しむディナァを見た。
「心当たりは無いか?」
「……」
キーボードを打つ手を止め、ディナァは話した。
「他社の魔法少女から聞いた話です」
「どんな話だ」
「魔法少女が輝けるのは最初のほんの1、2年だけ。初めのうちは非日常への不慣れと新鮮さから、魔法少女として振る舞うことに夢中になるから。しかし」
「しかし?」
「魔法少女という非日常に――戦いに慣れれば慣れるほど冷静になる。やがて疑問が生まれてくるんです。このやり方が本当に適当なのか?と。経歴が長いほどに、魔法少女は戦闘スタイルを合理化する傾向にあります。良く言えば研ぎ澄まされる。故に、やがて理想の魔法少女像との乖離が生まれ、ほとんどが辞めていきます」
「角井は……」
「彼女は違った。彼女は辞めなかった。10年、魔法少女としてはあまりに長過ぎる。そして、似た魔法少女は私たちの身近にもいます」
「まさか、タイガ――」
その時、電話が鳴った。
獅堂は受話器を取った。
「私だ。……何?角井が社内に侵入している?」
ディナァとブランチの目の色が変わる。
獅堂は声を荒げた。
「馬鹿な、警備はどうした。応答しない?チータァエプロンと交戦中?どこでだ?はぁ?ここに向かっているというのか?」
顔をしかめ、牙を剥く。
「イカレ魔法少女め、狙いはこの私か。本社へ直接殴り込みとは良い度胸だ」
獅堂は雇用している全魔法少女へ向けて、変身ギアを介して話しかけた。
『角井瑠祭が我が社へ侵入した。会社命令だ、奴を即刻処刑せよ。仕留めた者には特別ボーナスだ。エフェクトも浄化も要らん、奴を人間と思うな。本気でかかれ』
通信を切り、獅堂は二人に言った。
「君らはここで私を守れ」
「は~い」
ディナァが言った。
「社長」
「ん?」
「タイガープレイアが間も無く到着します」

瑠璃が通った道には、敗れた魔法少女たちが死屍累々と積み上がっていた。
ドレスは赤く染まり、瑠祭の瞳は暗く澱んでいる。
斧からはポタポタと血が滴り、もう一方の手には魔法少女の死体を引きずっていた。
「……」
ポーン。
廊下の先にあるエレベーターのランプが点灯する。
瑠璃は足を止めた。
ドアが開く。
中にはトラ柄の衣装を着た魔法少女がいた。
「あら?あらあら」
彼女は手を合わせ、ぱっと笑顔を咲かせた。
「思ったより小っちゃくて可愛いのね」
エレベーターから出て、カーテシーする。
「初めまして、極悪魔法少女ちゃん」
魔法少女タイガープレイア
17歳
魔法少女歴8年
スカートをたくし上げ露わになったその脚は、獣の如き獰猛な筋肉を纏い、脈打つ血管を浮かせ、ビキビキと筋張っていた。
「お近づきの」
プレイアが踏み出す。
瑠璃は死体を盾にした。
「キック♡」
一瞬で眼前に肉迫したプレイアの蹴りが、死体を躊躇無く真っ二つにし、瑠祭の顔面を直撃した。
瑠祭は廊下をぶっ飛んで壁を突き破り、ビルの外へ落ちていった。
「はい、お仕事終わり♪」
プレイアはコンパクト越しに獅堂に通話をかけた。
「もしもし社長?例の子追い出したわよ。約束通りボーナス頂戴♡」
エレベーターへ踵を返す。
「え?仕留めたかって?さあ?きっと外で伸びてるわよ。魔法連にでも引き渡せば?それよりボーナス、色付けてよね」
ドアが開く。
彼女はエレベーター内の鏡を見た。
背後に、左半面が潰れた瑠祭が立っていた。
「わぁお」
プレイアが後ろ蹴りを放つ。
瑠璃はそれを躱し、プレイアの顔面をぶん殴った。
プレイアを鏡に叩きつけ、瑠祭はエレベーターへ踏み入る。
「あは」
プレイアはボタンを叩いてドアを閉めた。
「社長、また後でかけるね♪」
瑠璃が首をコキリと鳴らす。
狭い籠の中で、二人は向かい合った。

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