「生まれなければよかったのに」第2話

指名手配
魔法少女(識別名未登録)
本名 角井瑠祭
5名殺害(いずれも魔法少女)
逃亡中 懸賞金500万円(生死問わず)

※目撃したら直ちに魔法少女連盟に通報して下さい
※一般の方は絶対に近づかないで下さい

返り血を浴びたリトルシルキィと、瑠祭の素顔の写真を載せた手配書が全国に配信された。一夜明けた今も、各メディアは彼女の凶行を大々的に取り上げていた。

㈱獅堂グループ本社
社長室

「もう終わりだ」
熊本コーポレーション社長、クマ妖精の熊本はソファの上でうずくまり、頭を掻きむしった。
「ぼっ、僕の魔法少女社員が五人もっ。しかも犯人は僕がクビにした魔法少女だなんて。株主への説明、遺族への賠償、世間の目……僕の会社はもう終わりだ、これまで必死に育ててきた僕の会社がっ、あの女の所為で何もかも滅茶苦茶だ!」
メイド服を着た猫耳猫尻尾の少女が、テーブルに茶菓子を置く。
「どうぞ~」
獅堂グループ所属
魔法少女ペルシャブランチ

「終わりだああ」
熊本は気が狂ったように泣き喚いてソファから転げ落ち、エグゼクティブデスクに縋りついた。
「獅堂社長、僕は一体どうすれば!もうこっちの世界で魔法少女業をやっていけないのでしょうか!?」
「落ち着き給え熊本君」
獅堂グループCEOの獅堂は、顔に大きな傷のあるライオン妖精だ。
「嘆いても起きたことは変わらん。タイムロスだ。職務を粛々と全うし給え」
獅堂は鬣を几帳面に梳かしながら言った。
「魔法連の相手は私が代わろう。君は株主への対応を最優先し給え。行動は早いほど良い。あとそうだな、君のとこの顧問弁護士では些か力不足だ。このテのトラブルに強い弁護士を手配してやる」
「あ、ありがどうございまずっ」
「あと暫く表には出ない方がいい。あること無いこと吹聴される。会見も逆効果だ。子供も転校させ給え」
「承知じまじだ……っ」
ブランチが茶菓子をつまみ食いしている。
「あ~むっ」
熊本は嗚咽した。
「うぅ、僕が何をしたっていうんだ。僕は使えない魔法少女をクビにしただけだ。たったそれだけで、あんな小娘一人にっ」
「そう悲観するな。君に落ち度は無い。解雇に至った経緯は自然だ。裁判してもまず勝てる。それに昨日の事件も計画的犯行かは怪しいところだ」
「そ、そうなんですか?僕の会社を狙ったんじゃ?」
「ディナァ、説明してやれ」
傍らに立つ黒いドレスの秘書兼魔法少女ボンベイディナァが業務的に話した。
「事件の直前、角井瑠祭が往来で変身する様子が防犯カメラに映っています。動向を遡りますと、彼女は家電量販店内で廃病院の様子を知り飛び出したようです。つまり犯行は突発的且つ衝動的。熊本様の魔法少女が被害に遭ったのは偶然の可能性があります」
「ぐ、偶然だって?じゃあ動機は?」
ディナァは首を振る。
「そもそも、いったいどこの妖精があいつに変身ギアを……」
獅堂は鼻を鳴らした。
「なに、本人が見つかればわかることだ。死体になっても脳さえあれば記憶を引き出せる。角井瑠祭が悪人であることを証明できれば、君は純然たる被害者だ。会社を立て直すことも夢ではない」
獅堂は牙を出して言った。
「今、我が社の優秀な魔法少女たちが行方を捜している。熊本君、懸賞金と奴の首は君にくれてやろう」

土砂降りの雨と人目から逃れるように、瑠祭は河川敷の橋の下に座っていた。
「……」
雨と血に濡れたペンダントを取り出す。激しく流れる川に向かって、瑠祭はそれを投げようとした。
「支給ではなく貸与と言ったはずだが?」
手を止めて振り向くと、傘を差した鹿羽がいた。
「変身ギアもタダじゃない。返して貰わないと困るな」
「こんなもの無い方がいい」
「いちバイトが決めることじゃないな」
鹿羽は瑠祭の隣に立った。
「賞金首だそうだな。素顔も晒されて」
「……」
「ここで何をしてる?」
「何も」
「いずれ見つかるぞ」
「別にいい」
「なら何故逃げた?」
「……」
鹿羽は封筒を差し出した。
「?」
「今日は先払いだ」
「え?」
「バイトだ。手伝って欲しいことがある」
「なんで今」
「手が空いてるんだろ?」
鹿羽は坂の上に停めた乗用車を指した。
「それに、あれの方が逃げ易い」
「……」

鹿羽は瑠祭にタオルを投げ、煙草を点けた。
「拭け。風邪引くぞ」
「私を捜してたんですか?」
「妖精はそういうもんだ」
「通報しないんですか?」
「自首しろってのか?」
対向車にパトカーを見つけ、鹿羽は言った。
「顔は無理に隠さなくていい、むしろ不自然だ。昨日今日見たばかりの中高生の顔の見分けがつく大人なんていない」
パトカーは何事もなくすれ違った。
鹿羽は煙草を吹かし、尋ねた。
「何故魔法少女を殺した?元同僚だったそうだな」
「……」
「正直驚いたよ。魔者より付き合いが長かったろうに、ああも容赦なく殺すとは」
「……」
暫く間を空けて、瑠祭は口を開いた。
「怖くなったの」
「誰が?」
「自分が」
瑠璃は車窓に映る自分を見た。
「魔者が悪者じゃないって知ってから、初めて魔法少女を見た。今まで、魔者には私がこんな風に見えてたんだとわかっちゃって、急に怖くなったの。キューティベアーズの皆の顔が、全部私の顔に見えた。今すぐ止めなきゃいけないって思った。これ以上罪を重ねないように……ううん」
かぶりを振る。
「罰しなきゃいけないと思った。魔法少女はただの殺戮兵器だった。そんなものになってしまった私に、私は罰を与えなくちゃ気が済まなかった」
「殺したのが元同僚と知って、どう思った?」
「……」
「後悔したか?スッキリしたか?」
「……何も感じなかった」
瑠璃は虚ろな目で言った。
「私の中でね、魔者と魔法少女が逆になっちゃった。何とも思ってなかった魔者が、可哀想で仕方なくて。魔法少女が化け物にしか見えなくって。何にもわかんなくなっちゃった」
車は山の中へ入って行く。
瑠璃は尋ねた。
「バイトって何ですか?」
「死体を埋めに行く」

「ここら辺がいいな」
鹿羽はキャリーバッグを担ぎ、山道から外れた茂みへ入った。
「変身してここに穴を掘ってくれ。深く。浅いと野犬に掘り起こされる」
「あの……」
「浄化魔法は痕跡が残り易い。物理的に分解する方が安全だ」
「冗談ですよね?」
鹿羽がキャリーバッグを開ける。
中には中学生くらいの女の子が入っていた。
「っ!?」
「㈱鶴木ウィザーズ所属の魔法少女ビタァレイピア。本名如月萌衣もい
「こ、これ――」
「既に死んでいる。昨日はこいつに構っていて電話に出れなかった。すまない」
「どうして……」
「今回の標的だったからだ。下調べに一月かかった」
「今回?」
「初めてではない」
「今までも、ずっとこういうことを?」
「ああ」
「……何人?」
「何人も」
鹿羽は変身ギアと思しき携帯を取り出した。それは画面が割れていた。
「魔法少女の簡単な殺し方を教えてやる。変身前に仕留めることだ」
「……魔者のため?」
「罪人には罰が必要だ。君らの罪は無知と、魔者を虐殺したことだ。穢れた身は死を以てしか雪げない」
「……私も、埋める?」
鹿羽が瑠祭に歩み寄る。
「本当は私のことも嫌いだったんですね。殺したくて、仕方なかったんだ」
「ああ」
ペンダントを持つ瑠祭の手を、鹿羽は掴み上げた。
瑠祭は涙目で鹿羽を見た。
「変身前に……」
「その通りだ」
鹿羽が手に力を込め、瑠璃は顔を歪めた。
「こんなに、怒ってたんだ」
「怒りでは足りない」
「……いいですよ」
瑠璃の手からペンダントが落ちる。
「殺して鹿羽さん。私ね、もう魔法少女じゃいられない。でもね、私、魔法少女以外の何者にもなれないの。だからね、私なんて初めから、生まれたのが間違いだったの」
鹿羽は瑠祭の顎を掴んだ。
「巫山戯るなよ魔法少女」
「っ!?」
「逃げるつもりか?楽に死ねると思うな。角井瑠祭、何がお前にとって一番の罰だ?お前は既にそれを、贖う術を知っているはずだ」
鹿羽は芝生に落ちたペンダントを拾い、丁寧に拭う。
「契約ではない。約束でも、願いでもない」
瑠璃の首にペンダントを掛ける。
「これは罰だ」
そして、彼女の前に跪いた。
「角井瑠祭。お前は、この世で最も悍ましい魔法少女となるのだ」

黄色を基調に黒い斑紋のあるドレスを着た少女が、山の麓へ到着した。
獅堂グループ所属
魔法少女ジャガークロス

「ここが通報のあった山ね。確かに潜伏には打ってつけね」
クロスは魔法で鉤爪を生成した。
(今日はカメラが無いし、社長も容赦は要らないって言ってたから。可愛くないけどコレで行かせて貰うわ)
山道を登り始める。
(通報者は無事だといいけど)
暫く進むと、山道から外れた茂みに人影を見つけた。
「あれは!」
木の幹に凭れて座る少女がいた。クロスは周囲の安全を確かめ、少女の元へひとっ跳びした。
「あなた!通報者ね?大丈夫?」
少女の目の前に着地したその時、
ズボリと、地面が抜けた。
「なっ!?」
周囲の地面が一気に崩れ、少女も樹木もまとめて落下した。クロスは反射的に少女を受け止め、降りかかる樹木と落下の衝撃から守り、着地した。
「何なの!?落とし穴!?」
穴は10mもの深さがあった。
「びっくりした。変身してなきゃ死んでたわね」
穴の底には、足首が浸かるほど水が溜まっていた。
「何この水……」
クロスは顔をしかめて鼻を押さえた。
(この臭い、まさか……ガソリン!これ全部!?)
カチリ。
何かが作動する音が、クロスが抱えた少女の体内から聞こえた。
カチカチカチ。
何かがタイムリミットを刻む。
クロスは目を剥いた。
「嘘でしょ?」
少女の体が燃え上がる。

爆音が轟き、山の中腹が吹き飛んだ。


「見事だ」
鹿羽は言った。
「いつもなら、あの募集にかかった魔法少女は殺して埋めていたんだ」
瑠璃は山から昇る煙を車窓越しに眺めた。
「だが、君を見た時に感じるものがあった。俺の勘も捨てたものではないらしい」
「なんて感じたの?」
「君なら、最悪の魔法少女になれそうだと思ったんだ」
「……そう」
瑠璃は言った。
「よかったぁ」
一筋の涙を流しながら。

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