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汝の敵は汝也~過去生の人格は味方にもなるが手強いエネミーでもある

過去の出来事が現在の出来事に影響を及ぼしている…と言うことは、よく知られたことで。今生のことで言えば、人はこれまでの経験や知っていることから、現在の出来事を推し量り、比較検討して意味付けをしたり、その価値を決めたりするのだが、既に記憶の彼方に埋没してしまった過去世での出来事…潜在意識(無意識)の底に沈んでしまった覚えていない記憶もまた、現在の行動や考え方、感情的反応に現れてしまっていたりするものだ。
それに対処する方法が、前世療法や過去生ヒーリングと呼ばれる分野になるのだけれども。※催眠療法やヒプノセラピーは対処療法のひとつ

霊的真理の教義(心霊科学含む)の考えでは、輪廻転生により、これまで生きてきたすべての人生(過去生)の記憶たるデータ(エレメンタル)そのものと、もう一つ…エレメンタルはエレメンタルではあるが、一つひとつ、個別の過去生の人格(パーソナリティ)としてのエレメンタルを区別して考えることがある。
※とある一つの人生の過去生の記憶データというのは、その人生を生きたその人物(人格)が創り出したもの。肉体を「死」と言う状態において失くし、その後に四次元に意識を移行させ(帰還し)、さらに四次元の身体が滅した後は五次元へと意識を移行させ(帰還し)、五次元の身体が滅した後は、六次元へと帰還して転生準備に入るのだが、肉体すなわち物質的な身体が「死」した後に創られる、その人生の肉体の形骸と人格のコピーが過去生のパーソナリティの全体性を統括するエレメンタルとなる。従って、それに帰属するのが、過去生の記憶(データ)としてのエレメンタルなのだが、この辺りちょっと理解しにくいかも知れない。

新たに相関図を作る気力がないので、
こうしたネットワーク図を利用して説明してみるならば、
真ん中の球体が今生の人格(プレゼント・パーソナリティ)で
その先にあるのが過去生の人格で
そこから枝分かれしているのがその人生で創った記憶としてのエレメンタル
・・みたいな感じ(あくまでイメージです)
そして真ん中の球体からは、枝分かれして繋がっている
これらのエレメンタルは視覚的には視えないし、記憶として覚えてもいない
そして私たちの本体たるパーマネント・パーソナリティは
これらすべてを所有し、内容を把握している

「私の過去生って、こんなに悲惨な人生ばかりなんですか?」

…とは、たまにクライアントさんに聞かれること。

いやさ、そんなこと無いです。
と言いますのは、「今の人生にまで引きずって、癒されぬ」心の傷や無念の想いがある人生そして、悪しき影響を及ぼしている困った(問題のある)過去だからこそ、手放すべき感情や思考として、過去生ヒーリングの対象として浮上しているだけですから。

幸福で満たされていたなど、想いが成就した人生や、とくに不満はありません、何も無し(西部戦線異状なし?)ってな人生は出てこないわけですよ。過去生ヒーリング(癒しという解放や書き換え)をする必要ないから。

満たされて、幸福だった人生の記憶を読み込むことも勿論出来るわけですが…自然体で「過去生の記憶を思い出す」ことが出来ていない人に、過去生の情報を与えることは本来、してはいけない禁忌(タブー)なので、やってはならないこと、なんですね。過去生の記憶に触れて良いのは、その過去の記憶が今生の人格の妨げになっている場合だけ。つまりは苦しみの原因を取り除くという目的以外には、過去の記憶を思い出させたり、その情報を伝えることはしてはならないことなんです。それは「神聖なる法則」においてのルール違反、現実の世の法律違反にも相当すること、だったりします。

だから、自分は過去生では誰それという有名人だった…なんて自慢も、罪なことなんです。霊性が真の意味で発達している人は、そんなことしませんけどね。

相変わらず、前置きたる説明が長くなってしまいましたがっっ汗
話が横道に逸れる前に本題へと軌道修正。

とりあえず、そうですね。
まず過去生の人格よりも今の人格の方が霊性は上です。
何回も人生を生きて、人としての歴史を重ねて、いちおう様々なことを学習して経験して、その上での今があるので。
(いちおう、進歩・成長はしているわけです。でも、ずっと進歩と成長が止まっている場合もありますけど。ここ何百年も同じ課題を抱えていて、霊性レベルが進まないまま人生繰り返している人は結構多い。中にはかえってこじらせている人も)
ただ、今の人生が一番「人として立派な生き方」をしているかどうかは、別の話ですけど。

そんな風に、何回か生きた中での、過去生のとある人格(及び記憶)が、今の人生でよろしくない(好ましくない、悪い)影響を及ぼしていることは多々あるのですが…仮に過去に生きた人数の半分が、好ましくない影響を与えているとします。100回100人の人物としたときには、50人てことですね。
で、残り半分の50人は人畜無害な人物と言うか、特に可も無く不可も無くな人物と人生だったり、あるいは秀でた能力や才覚を発揮した有能な人物だったり、徳を積んだり偉業を成し遂げたりなどなど、早い話がとても「使える」人材で、人として模範的な人物なんかもいたりするわけです。たくさんとは言わないまでも、何人かは…いる…でしょう(希望的観測)。

そうすると、そのような好ましい人生を生きた、優秀な人格は、今生の人格の助けとなってくれることがあったりします。
ニューエイジ思想の頃からそう呼ばれるようになったと思うのですが、すぴ系の人たちなんかは、この過去生の好ましい人格のことをハイアーセルフと呼んだりしますね。高次の自分とか何とか。
早い話が、優等生ってことです。それに相対する言葉(語句)として、ロアーセルフ(低次の自分)がありますね。こっちは劣等生。もともとは心理学の分野から生まれた言葉のはずだけど<例えば解離性人格障害のパーソナリティ区分(シャドウセルフ、ワイズマン、インナーチャイルドなどなど)

で、過去生の人格の中で、その使える人格(過去のパーソナリティ)は、よくその人のサポーターになってくれていたりします。

日本では「守護霊」と言う言葉があって、古い心霊科学の教えの中では、「守護霊」と言うグループが一人の人をサポートしていて、メイン(中心人物)にはその人の何代か前のご先祖様の誰かがなっていて、「主護霊」と言う…的説明なんだけども。※指導霊は仕事をサポートしてくれる。そして守護霊たちのことを背後にいると言うことから、背後霊とも読んだり。

でもね、実際はそのようなシステム、なかなか機能していないんですよ。人材不足だからw  なかなか解脱している人が少ないってのもあります(地球はレベルの低い星なんで)。
転生回数の少ない、新しい魂の人には、そのようなバックアップが付くこともありますが…。そして、その場合にはご先祖様はその人物だったときのエレメンタル(過去生の人格)になるわけで、そのご先祖様自身がまだ、輪廻転生を卒業してなくて、自分の今生の人生もあるわけだから、随時一緒にいることは不可能です。たまに助けてくれるって感じかな。
ご先祖様の中に解脱した人がたくさんいれば、サポート範囲が広くなるので助けてくれる確率は高くなるけども。現実は厳しいものです。

なので、一時的なサポートが受けられるって程度。
最近亡くなったばかりの身内なら、次の自分の転生準備に入るまでの期間、サイキカル界(四次元)とノエティカル界(五次元)に滞在している間は、サポートしてくれるでしょう。関係性とその人自身の性格や霊格にもよりますが(すべての人が身内に優しく、助けようという善徳的な気持ちを持っているわけでは無いと言う意味で)。

そんなわけで、他者意識のサポートは随時四六時中受けられるってことも無く…何しろ当人の自由意志の方が勝るし、他者意識が干渉出来ることって、限られてますから。

多くの場面で、スピリット・ガイドと間違えられる存在は、その人の過去生の、良心的で使える人材としてのパーソナリティ(エレメンタル)だったりします。悪い影響を及ぼしている人格では無くてネ。
そんなわけで、この手の過去生の人格は透明なヘルパー軍団の一員となる。

だから、まあ一口に過去生の人格と言っても、実に種々様々で、エゴイズムの奴隷となって「悪魔の囁き」を仕掛け来る悪魔の手下みたいな手強いエネミーから、トラウマと自己憐憫と罪悪感の塊みたいなエネミーとか…いるんですね。区別できるって言うのかな。

して、「悪魔の囁き」を仕掛けてくるキャラクター的過去生パーソナリティの中に最強の敵たるボスキャラがいると、普通思うでしょう?

んでもって、
才能と才覚のある、どうみても素晴らしい人格をした、優秀な「使える人材」としてのキャラクター的過去生パーソナリティは、今生の人格をサポートして色々と助けてくれる頼もしいキャラだって、そう心強く思ってしまうでしょう?

うん、普通そう思います。そう考えたり、捉えても不思議ではない。

だが、しかーし…

必ずしも、そうでは無いんです。

一見、賢くて智慧も教養もあって、力も技術もあって、良さそうな人格者に見えるけれども…実は、考え方に偏りを持っていることがあったりするんです。誤った信念・信条を持っていたりとかね。
信念や信条、観念とか‥ここは思想であり、思考から生まれたもの。5次元の身体から生まれた5次元から派生したエレメンタル(思考欲望型エレメンタル)なので、ものすごく力が強いです。4次元から派生した欲望思考型エレメンタルよりも。

強い信念から生まれた思考は、下手な感情や欲望よりも恐ろしいものです。

ともすると、過去生の人格で…スピリット・ガイド(透明なヘルパー)として、今生の人格の人生そのものを「神聖なる計画」に従って「魂の青写真(ブループリント)」に添ってサポートしている善なる存在は、「よかれ」と思って先走り、実のところ「誤った観念」や「罪悪感」を植え付けるなど、本来の「魂の望み(神/ワンネスの一部たるパーマネント・パーソナリティの意志)」とは別の方向に導いてしまっていることが、稀にあります。

これは本当に厄介なことです。当人がそれを「正しいこと」「自分自身(今生の人格)のため」「霊的成長のために必要なこと」などと、錯覚して思いこんでいるので。

「常識」と考えていることが必ずしも「常識」とは限らない
「正義」と信じていることが必ずしも「正義」とは限らない
「善」と思っていることが必ずしも「善」とは限らない

これは別の意味での、呪縛ですね。ネガティブとは知らずに、ネガティブな呪いを自分自身に掛けてしまっている。しかも、自分を操作しようとしていたりして。それが「善きこと」と…信じ込んでいるだけに真面目に困ったもので。これもまた、エゴイズムであり、エゴイズムの植付けで洗脳、神ならぬものの囁きなんですけどね。でも、囁かれた当人は、善なる内側からの声で導きと思っちゃう。明らかにエネミーと解るような悪意を感じる囁きでは無いから。単なる「躾」的な自分に対する厳しさやお叱りって受け取ってもしまうことが多かったり。

このあたり、区別はとても難しいです。解りやすい非難や批判、否定とは違うので、「あなたのことを思って」的なものではないけれど、「うちのガイドさんは厳しい人だなあ」「私のハイアーセルフは優しくない」みたいな受け取りで、終わってしまいがち。
しかも、闇はまとっていず、一見すると、綺麗で明るく見える存在だし。

この辺り、過去生のパーソナリティーの精査は本当に難しい。
エゴイズムは「智慧」があって、実に巧妙に騙しにかかってきます。
いやさ、騙そうと思ってないパーソナリティだからこそ、その判別が難しいんですけどね。

基本、味方には違いないんだけど、実質、敵で一番邪魔している存在だったりする。双方、敵とは思っていないだけに…如何しがたいものがあります。

そんなわけで、善なる存在に見えるエネミーほど、たちの悪いものは無く、パワフルで力がとてもあるから、これに対処して、片付けるためには段階が必要だったりするのです。

うん。悪気が無い人って、手強いじゃないですか。基本、善意の人ってね。

はぁー


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