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【小説】恋の成仏短歌2「夜の相合傘」

雨女を自覚するようになったのはいつだろう。

そんな力持ってるわけないじゃん、と友人たちにも昔付き合った人たちにも言われてきたけれど。

やっぱり特別な日には雨が降る。  

大人数で飲んだことはあったけど、2人でサシ飲みするのは今思えばあの日が初めてだった。

部署が違う、会社の先輩。一緒のプロジェクトを通じて仲良くなって、先輩後輩と思えないくらいフランクな掛け合いなんかもするようになって。

今度飲み行きますか!なんて、社内チャットの軽いやりとりでその日の約束をしてしまったのだけど……内心ちょっと、緊張してた。

その日が近づくに連れて、どんなお店でどんな会話をしてどんな夜になるんだろう?って何度も妄想しちゃってたなんて……本人には恥ずかしくて言えない。

サシ飲みなんて、きっとあなたにとってはなんてことのないイベントだったはずだから。

✳︎

仕事終わりで、待ち合わせのお店に向かう。折りたたみじゃなくて長い傘にすればよかった……と後悔するレベルの、なかなかのどしゃぶり。

19時20分。
約束の時間まであと10分もある。

ほんとは2・3分遅れくらいで到着したかったのに。なんだか前のめり感が出てて恥ずかしい。

それでもどしゃぶりの中、外で時間を潰すわけにもいかなくて。私は大人しく中に入ることにした。

先輩の名前を伝えて、カウンターの席につく。

先輩が予約してくれたその居酒屋さんは木のぬくもりを感じるおしゃれさがありつつ、カジュアルで心地のいい雰囲気で。

厚焼きたまごに刺し盛り、もつ煮込み……
パッと目に入ったメニューも、変に気取ったものではないのがわかる。横文字多めのよくわからないメニューが苦手な私には優しいかんじがした。

一言で言うなら何もかもが「絶妙」。

早くも先輩のセンスに圧倒されてしまう。

待ってる間も楽しみなかんじを出したくなくて、忙しいフリの演出のために社用スマホを必死にいじってみる。内心、いつ先輩の声がするかとドキドキしつつ。

19時33分。

お店の人の「待ち合わせのお客さまでーす!」という声が聞こえてきて、ついに来たかと自分でも驚くほど心臓はバクバクしてた。

もちろん、そんな様子は一切外に出さない。
出してなかった……はず。

「お待たせ〜」

ゆるっとした雰囲気で先輩が登場。
隣の空席が、やっと埋まった。

「お疲れさまです〜」

なるべくゆるっとした雰囲気を出したくて、同じテンションで、波線を意識した返事をした。

とは言えたっぷり時間があってひととおりメニューに目を通してたから、注文するものに目星はつけてて。

「生でいいですかね?」

と生ビール2つと、すぐ出てきそうなつまみを何品か注文。後輩としてこれくらいはするだろうし、ここまで普通の後輩感を出せてるはず。

私の探り探り感をよそに、先輩はリラックスした雰囲気でさっそく今日の仕事の愚痴をこぼしてくる。

ビールが来て乾杯!してからはすっかり先輩のペースで。ビールの後は勝手におちょこを2つ頼まれて、飲み慣れない日本酒もいつのまにかグイグイと飲んでいた。

初めてのサシ飲みへの緊張も、どんどんほぐれていくのがわかる。なんだかほわほわしてきて、すごく、楽しい。

✳︎

21時40分。
ラストオーダーも終わって、いつ追い出されてもおかしくない時間帯に入った。

うーん、やっぱりビールと日本酒をちゃんぽんするのは危険だった。いつになく酔ってしまってることを自覚する。

先輩は多少赤くなってるかな?くらいで大きく様子が変わらないのに……私はというと、謎のハイテンションになってるし、先輩の肩もバシバシ叩いていつも以上のぐいぐいキャラになってる。

それでも、先輩に彼女がいるのかどうかはまだ聞けてなかった。

左手の薬指に指輪がないことだけは、確認しつつ。

「確か近くにワインバーがあったよなー」

二軒目行く?どうする?なんてあらためて聞かれることもなく、ごく自然な流れで次のお店を提案される。

ビール、日本酒に続いてワインって……と多少不安になりつつ、それ以上に「彼女の有無を聞き出す」というミッションクリアへの使命感が私を次のお店へと向かわせる。

お店を出ると、雨は小雨になってて。

それでも傘をささないと辛いくらいには降ってたから、ぼんやりした頭で折りたたみ傘を取り出そうとしたら頭の上に、ビニール傘が。

先輩は折りたたみじゃなく普通の長傘でもなく、ビニール傘派なんだな。

そんなどうでもいいことを考えながら、同じ傘の下にいる先輩との距離が、カウンターで並んでるときより近いことに戸惑った。

なんで私は自分の傘を手に持って、
先輩の傘の下に入ってるのだろう。

1本しか傘がなくてする相合傘は普通だけど、
2本傘があってする相合傘は特別だと思う。

先輩に彼女がいてもいなくても、その「特別」を噛みしめたい。そんな夜のことを今でもたまに、思い出す。


1軒目お互いさしてた傘たちが
1本になったいつからだろう


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