梅の酒宴
寒さが和らぎ、暖かな風が流れてきた季節。
常磐神社と偕楽園では毎年恒例の梅まつりの準備が進められていた。
常磐神社の巫女たちは神主の指示のもと、祭りの準備で忙しなく動いていた。
神社に奉仕するお梅、メロン、マロン、八兵衛も手伝いに参加していた。
この時期は市内に棲む神々も偕楽園に集まり、夜な夜な宴が開かれる。
だが、これはあくまで神々の話。
そんな話を知ってか知らずか、この時期になると巫女たちの間でとある話が噂されていた。
「お梅さん、お梅さん!」
仕事の合間、メロンは社殿の廊下ですれ違ったお梅に声を掛ける。
「あら、メロン。どうしたの?」
「お梅さんってこんな話、聞いたことある?」
あぁ、あの話ねとお梅は言った。
「知ってるの?」
「当たり前よ、もう毎年のことだわ。梅林に梅の精霊が出るって話でしょ?」
お梅は悪戯っぽく笑う。
メロンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「そう、それ!今年は会えるかなぁ。」
「分からない。精霊様は気まぐれだからね。」
からかうようにそう言い、お梅は仕事の持ち場へ戻って行った。メロンはポカンとした顔をしていた。
梅まつり開幕の日。
今日は市内の神々を招いての茶会が開かれる。
幸運にも晴天に恵まれた。
メロンたちは準備した抹茶と和菓子を神々に振る舞う。神事までの接待仕事に動いていた。
「そういや、お梅さんは?」
八兵衛が辺りを見渡して言う。
「神事の打ち合わせじゃない?」
マロンがそう返す。
しばらくすると、光圀、來衞、斉昭、お梅が偕楽園に現れ、祭りの開幕神事が行われ、光圀と斉昭による茶会が始まる。
メロンたちは巫女たちが運ぶ料理の配膳を手伝い、談笑で盛り上がる神々の足下に料理を置いた。
「夜になったら梅の精霊さんを見れるぞ〜。」
「お嬢ちゃん、知ってるか?」
「え!」
突然話しかけられ、メロンは戸惑う。
「噂には聞いたことあるんですけど…。」
「忙しくて見る暇ねぇだろ。たまにはちゃーんとこの目で見ておくのも良いもんだよ!」
確かに宴会の片付けに洗い物に忙しかった。
「友達誘って見てみな!」
神々にそう言われ、メロンは和かに頷く。
梅の精霊は夜に現れると噂されている。
この宴と儀式は夜まで続く。
メロンは忙しく動き回るマロンや八兵衛のもとへ戻って行った。
日が沈む頃。
社殿での神事の後、神々は再び偕楽園に集まる。
庭園に咲く梅の花は淡い光に灯されている。
梅の祭典を告げる儀式は夜が本番だ。
メロンはマロン、八兵衛、ネモフィラを連れて神々が集まる偕楽園内にやって来る。
「儀式、初めてちゃんと観るな…。」
「どんなのやるんだろ。」
ネモフィラとマロンがポツポツとそう呟く。
催事ごととなると、いつも裏方の仕事で精一杯である為、儀式の様子をよく観ることはなかった。
光圀と斉昭が楽しげに談笑する中、しばらく待っていると、神々たちから歓声が上がる。
見ると、一人の踊り子が一際大きな梅の木の前に立っていた。
「お、お梅さん…!?」
メロンは思わず驚く。
マロンたちも意外な人物に目を丸くしていた。
お梅は神々たちに深く頭を下げると、舞を舞う。
華やかでしなやかで強いその動きに浮世離れした雰囲気を感じる。
それはまるで神の世界に現れた聖なる霊魂のようだった。
「梅の精霊って、お梅さんのことだったのかぁ!」
ビールを飲み干し、腑に落ちたように八兵衛は言う。
「もう!私もビックリしちゃったわ。」
メロンは不服そう頬を膨らまし、梅酒を口に運ぶ。
お梅はメロンたちの反応を見て、梅酒を味わいながらクスッと微笑んでいた。
「まさか、お前らが知らなかったとは。」
斉昭は意外そうにそう言う。
「祭りの準備でこちらは忙しいんです!ゆっくり神事を観れる日なんて無いんですよ!」
と、マロンは怒った。
「…それもそうだなぁ。」
のほほんとした様子で斉昭はそう返した。
光圀は、はっはっはっと愉快そうに笑っていた。
梅の花咲く庭園。
梅の香り漂う酒を呑み交わす、人間と神々の酒宴は夜中続いたのだった。
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