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『推し、燃ゆ』を読んで、推し遍歴が頭の中を駆け巡った

 先日、図書館で今月発売の「文芸春秋」から、芥川賞受賞作の『推し、燃ゆ』を読んだ。

 今風の言葉で言うと、わかりみが深すぎる。エモい。刺さりまくる。
 読んでいるうち、自分の今までの推したちや、その推しにまつわる様々な思い出が湧き出て、何度も読み進められなくなった。いろんな過去が頭の中で騒いで読み続けることを逡巡しながらも、3時間弱かけてやっと読み終えた。

 さかのぼれば確か小学生の時からずっと、誰かや何かを推すことで生きてきて、その中でいろんなファン仲間(今風に言うなら「推し仲間」?)と出会い、仲良くなったり、傷つけられたり傷つけたり、自然と縁が遠のいたりして、お別れしていった。
 この小説はいやおうなしに、そんな記憶の数々を、思い起こさせてくれた。

 主人公は、とある男性アイドルを推しとする女子高生である。だが家庭や自身の発達特性にも問題があって、生きづらさを抱えている。
 あぁ、わかりみが深い、と思った。
 私も、幼少の頃から生きづらさを抱えていた。心が落ち着ける場所は自室しかなく、いろんなぬいぐるみを愛でたり、学習雑誌の付録だったアイドルのグラビアを壁に張ったりしていた。
 小説は、主人公が推しについてのショッキングな事実を知るところから始まるのだが、まずその時点で私はかつての推しの一人(いや、今も好きだけど)が警察に逮捕されたことを思い出したし、終盤のとある展開の中では、自分の推しバンドの次に出すベストアルバムのタイトルが、まるで解散を匂わせるような名前だったことを思い出した(それは杞憂に終わったのだが)。

 主人公は推しについての情報を豊富に保有し、ファンブログを運営し、推しの尊さを書き綴っている。
 そこからも私は、かつていちばん愛したんじゃないかと思っている、ある推しを思い出した。
 サンリオのキャラクター「みんなのたあ坊」を大人にして3次元化したらきっとこういう感じになるんだろうと思う。いっつもニコニコしていて、周りにいるみんなも思わず笑顔にさせてしまうような人。私もブログでは彼のことばかり書いていて、特に新しい情報がない日でも、彼に関する妄想や雑談を書き連ねていた。
 あぁ、懐かしい。

 でも、彼をいちばんに愛し続けた日々の中では、苦い思い出もたくさんある。
 その中でも、本来なら一緒に応援していくべきファン仲間とのコミュニケーションをうまく取れないことが、一番つらかった。
 いろんな人を、いろんな形で傷つけた。そして、いろんな人から、いろんな形で傷つけられた。
 彼のことは今も好きだけど、当時ほどの情熱がなくなってしまったのは、正直なところ、ファン同士の人間関係に疲れてしまったからというのもある。

 この小説の主人公は、自分の推しや、その推しが所属するグループを愛する仲間と、リアルの場で交流をしていない。
 主人公は推しに対して、一方的な愛情を送り続け、そのことに満足している(ブログで繋がっている仲間に対しては、律義にコメントへの返信をしているのだが)。推し仲間どころか、推し本人とも、リアルの場で繋がりたいという気持ちは持ってない。
 いびつな愛かもしれないけど、分からなくないなー、とここでも思った。

 推しに自分の存在を知られてしまい、関係が成立してしまったら、これからもっと好かれるという可能性と同時に、嫌われてしまうかもしれないという可能性が生じる。
 私はいちばんの推しに自分を認識してもらったと分かったとき、とても嬉しかったけど、同時にそれが苦しくて苦しくて仕方なくなってしまったことを思い出した。
 おかげで、みっともないことを繰り返してしまったと思う(具体的なことは一切言いたくないです、ごめんなさい)。
 それでも、いちばんの推しは私個人に対して惜しみない愛を注いでくれた(これまた具体的なことは一切言いたくないです、ごめんなさい)。
 今だって、いちばんの推しには本当に感謝しているし、これからも、以前に比べたら距離は遠くなってるけど、繋がり続けていられたらいいなと思う。

 ここからの1段落のみ軽くネタバレしてるので、まだこの小説を読了していない方は読み飛ばしてもらって構わないのだが、この小説は、ある男性アイドルに生活のすべてをかけてきた女子高生の、自己破壊と再生の物語だ。
 終盤の、あと数行で小説が終わるというときに、やっと彼女は自分を取り戻し、再生へと向かおうとするところで話が終わる。

 「推し」を推し続ける日々は、いつか終わる。
 今の推し、推し仲間、推し活を応援してくれる人たちを大切にしたいと思った。
 推しへの愛を惜しみなく表現し続けよう。どこかで誰かが「推しは推せるときに推せ」と言っていた。自分の体力だって、財力だって、いつまで持つかどうかは分からない。
 そんなことを改めて決意させてくれる小説だった。


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