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【後編】終身刑(1495字) │ 特撮ショート

 ヨタヨタと部屋を彷徨い、沈むようにソファーにもたれかかる。すると、音がして肘置きの先に一本の線が入ったかと思うと、そこが割れ、下から丸いボタンが生えてきた。深く考えずに押すと、チンという音と共に、何やらいい匂いがしてきた。左を向くと、食器棚が据えれられた壁に取り出し口と書かれた小さい小窓があり、その前に立つとありとあらゆる食事がコンベヤーで運ばれてくるではないか。 誰かに監視されている気配もない。気づけば片っ端から口に運び、待ちくたびれているであろうベッドと戯れ、ぐうと眠り込んでしまった。

 しばらくして目を覚ますと、目の前に水のような女が寝ていた。枕元にあった操作パネルを無意識に手で操作してしまったらしく、ホログラムが投影されていたらしい。部屋は相変わらずあって、実際に夢のような空間を独房としてあてがわれたようだ。

 「やはり俺は、最後まで取る側らしいな」

 調和が取れた世の中を望むようなことを考えておきながら、無条件に与えられた快楽に溺れるくらいには、被告人も疲れていたのかもしれない。外から入るほのかな赤い光が、手元で揺らす酒の色を一層際立足せているのを楽しんでいると、ソファの後ろでカサカサと、何かが動く音がした。

 よく見ると、それは一匹の黒いトカゲのような生き物だった。小刻みに方向を変えながらも、四本の足を器用に使って、動き回っている。

「さっきまではいなかったはずだが」

 被告人はもはや所有している部屋を侵されたような気になって、一目散にソファから立ち上がり、ドカドカとそれを追い回した。ベッドの下に隠れたり、天井に張り付きながらそれは逃げ惑う。埃と一緒に煌びやかな家具も宙を舞うが、黒く細長いそれは、部屋の一角にあった水槽の中に飛び込んだ。

「ばかめ、姿が丸見えだぞ」

濡れるのもお構いなしに、彼は体ごと水の中に飛び込み、上半身をザバザバと動かし、それを隅に追いやる。小さな津波が水槽の中で起きてしまい、勢いよく飛び出てしまう。だが、先程までの勢いはなくなり、その場でじっと濡れた体を持て余しているのを見て、とうとう大きな手で捕まえることができた。

「残念だが、お前は取られる側だ」

 喉元にかけた指にグッと力を入れた途端、黒いトカゲの口がいきなり風船のように膨らみ始めたかと思うと、その大きさは被告人の顔をあっという間に越した。驚いて力むほどに、まるで鉄の棒のようにそれは硬さを増す。

「一体、なんだっていうんだ」

 驚いて手を離そうとすると、今度は手のひらが松脂を触ったときのようにくつってしまい、離れない。私はしばらく格闘したが、とうとうその膨らんだ口に体ごと飲み込まれてしまった。

 どれくらい立ったかは不明だが、またゆっくりと目を覚ますと、そこはベッドの上ではなく、床の上だった。首をぐるぐる動かすと、頭上にはあの透明なテーブルがガラスの天井のように光っていて、ベッドは終わりが見えない巨大な壁のように、高く立ちはだかっている。 状況が理解できない。まるで、身の回りの家具が一斉に巨大化してしまったのだろうか。そもそも、立っているというよりかは、這っているような体の感覚だが、背後を振り向こうにも、それができない。

 一体何が起こっているのかわからずにいると、聞き覚えのある金属音が遠くからしてきた。乱暴に開けたドアの先から、ドサっと何かが投げ捨てられる。それは、まだ自分の存在には気づいていないようだったが、私は無意識にソファの下に逃げ込んだ。緊張を紛らわそうと、前足で耳らしき小さな黒い穴を軽く撫でている最中に、私は終身刑の意味を悟ったのだった。


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