伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第48話
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第3章 呪い人形
12 もう一つの人形にこめられた思い
母娘の姿が出て行ったと同時に、紗紀は一空に詰め寄った。
「一空さんどういうことですか? まだ浄化されていない物を売るなんて! 姉妹の命を奪った呪いの人形を! あんまりです」
いくらなんでも、呪いの人形をあの子に売るなんて酷すぎる。
「また、一空のバカ、とでも言うか?」
最初、ぽかんと口を半開きにしていた紗紀だが、すぐに先日のことを思い出し、口をあわあわとさせた。
聞かれていたのか。
「あれは、ものの弾みで言ったというか、口が滑って、まさか一空さんがあの場にいるとは思わなくて、でも、今はそういう話をしているのでは」
もういい、というように一空は軽く手をあげた。そして、座れと、紗紀をカウンター横の椅子にすすめる。
「人形の持ち主があの姉妹だったのは分かるな?」
紗紀は頷く。
「そして、紗紀はあの人形に残された思い。いや、二人の姉妹の願いを聞き届け、天へ送った」
あの姉妹はきちんと成仏したと一空は言った。
「実は姉妹の願いというのが、いまだに私には分からなくて」
「藤白五十浪さんから、姉妹のことは聞いたか?」
「はい、聞きました」
とある名家の奥様が、当時二代目を襲名したばかりの藤白五十浪に、次女の初節句に市松人形の作成を依頼した。
完成した人形を奥様は大変喜んだが、人形を作成した藤白五十浪の娘がそれからすぐに流行病で亡くなった。
そして、それに続くように、名家の長女が交通事故で命を落とした。
事故にあったその時、長女は屋敷から人形を持ち出していたという。
奇跡的に人形はほとんど無傷で妹の元に戻ってきたが、それから半年後、元々身体の弱かった妹は風邪をこじらせ、この世を去った。
立て続けに姉妹の命を奪ったのは人形の呪いのせいだと奥様が言い出し、それが噂となって瞬く間に周りに広まった。なぜなら、藤白五十浪が作成した人形の顔は、彼の娘にそっくりであったから。
人形に宿った藤白五十浪の娘の魂が、二人の姉妹を道連れにしたと噂されるようになった。
だが、皮肉なことにその出来事が、さらに藤白五十浪の名を広めることになった。
それにしても、呪いだなんて言いがかりもバカバカしいと紗紀は思っている。
「そして、ここからは僕が視たものだ」
紗紀はごくりと喉を鳴らして唾を飲み、真剣な顔で耳を傾けた。
「姉妹はその人形を可愛がっていた。しかし、長女には雛人形、次女には市松人形という風習通り、仲良く可愛がっていても、市松人形は本来、次女のもの。それを羨んだ姉がある日人形を持ち出し屋敷の外に出ていった。独り占めをしたいと思ったのだろう。しかし、不運なことに姉は道路に飛び出し車に撥ねられ亡くなった。おそらく手にしていた人形も車に撥ねられた衝撃で飛ばされた」
「ああ……」
ざわり、と二の腕に鳥肌がたった。
横断歩道で泣きながら立ち尽くす少女の姿が脳裏を過ぎる。
彼女が人形を持ち出し屋敷の外に行った、姉の柚希ちゃん。
柚希ちゃんは車に撥ねられ、あの場所から動けずにいた。
確かに、動けない、帰れないと言って柚希ちゃんは泣いていた。
さらに、無くしたものが見つからないと。
それは人形のことだったのだ。
彼女は人形を無くしたと思い込んでいた。
人形が『かえりたい』と訴えかけていたのは柚希ちゃんの気持ちであった。
「紗紀が少女に手を差し述べたことで、あの場に捕らわれていた少女の呪縛を解き、願い通り、屋敷へと連れ帰った。地縛霊を動かすのは、そう簡単にできることではない。それどころか、さらに紗紀は、二人の姉妹を引き合わせ浄化させた。正直、驚いた」
いろいろ一空に褒められているようだが、紗紀は違うことを考えていた。
そうか。
少女の手を引かれながら歩いていた住宅街で、すれ違う人たちがこぞって変な目で私を見ていた理由をようやく知る。
他の人には柚希の姿は視えないため、紗紀が前のめりになりながら、独り言を言って歩いているふうにしか見えないのだ。
恥ずかしい。
まあ、どこの誰だか分からないから、もういいけれど。
そして、病で亡くなった妹の美優も、成仏することなく、姉、柚希の帰りをいつまでも屋敷の門が見える場所で待ち続けていたというわけである。
長い間ずっと。
それが『あいたい』という意味だ。
――あいたい。
――かえりたい。
でも、人形が紗紀に訴えていたのは、もう一つあった。
一空はさらに続ける。
「ようやく姉妹は再会し、天へと旅だったが、あの人形にはもう一つの心残りが宿されていた。それが――」
『ごめんなさい』だ。
「ところで紗紀」
「はい?」
「先程の母娘だが、娘の方を見て、何か感じるものはなかったか?」
「いいえ、特には。ただ、正直に言うと、イマドキの子がああいう人形を欲しがるのは珍しい……と思ったのはありましたけれど」
異様に人形に執着していた。
一空はにっと笑う。
「この店の名前は『縁』過去の縁を断ち切って無にし、新たな縁を結ぶ。あるいは、途切れた縁を呼び寄せ、再び結ぶ」
「はあ」
「さっきの少女が、亡くなった姉妹の母親の生まれ変わりだと言ったら、紗紀は信じるか?」
紗紀はぽかんと口を開けた。
ー 第48話に続く ー
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