見出し画像

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第41話

◆第1話はこちら

第5章 雪子の決意

3 多佳子に殺される 

「私……」
 手にした猟銃と、喉元にあてていた銃口に雪子は目を見開く。
「私、なんてことを! いつの間にこんなもの!」
 目を覚まし、そこから猟銃を持ち出した記憶がすっぽりと抜けていた。
 自分の意志とは関係なく、気づけばこんな恐ろしい真似をしていたのだ。
 まるで、何者かに操られたかのように。いや、確かに何者かの声が耳元で聞こえ呼ばれたような気がした。

 あの声はいったい誰?

 誰と問わずとも、おのずと答えは分かっていた。
 あの声は多佳子。
 身を震わせ、雪子は急いで手にしていた猟銃を元の場所にしまい込む。ぼんやりとした意識の中でも自分の指が、固い引き金を引いたことは覚えていた。

 もし、弾が入っていたらと思うとぞっとする。
 間違いなく死んでいた。
 雪子は棚に背を預けるようにして、その場に崩れるように座り込む。身体の震えがとまらず、たてた両膝を抱えそこに顔をうずめ、身を丸めた。
 恐ろしいことを。
 雪子は母に見せられた、孤月村で起きた事件の記事の内容を思い出す。

 二十五年前、利蔵家に嫁いだ最初の妻は心不全で亡くなった。
 二番目の妻は日本刀を口から刺し自ら命を絶った。
 三番目に村の外から嫁いだ余所者の妻は、跡継ぎの子を授かれたものの、難産のため命を落とした。
 そして、隆史の最初の妻はやはり心臓の病気で死に、二番目の妻は庭仕事の作業中、鉈で首をかっきり自殺した。
 雪子は肩を震わせた。

 三番目の余所者の私は?
 多佳子は隆史との間に出来た子も拒もうとしている。
 そして、私のことも。
 これではやがて、お腹の子も自分も、多佳子の亡霊に殺されてしまう。

 慌てて両手でお腹を押さえる。
 子どもなどいらないと心のどこかで思ったことで悪夢を見てしまい、さらに、そんな雪子の弱った心に多佳子の亡霊はつけこんできたのかもしれない。
「私がしっかりしなかったから。弱気になっていたから。こんなことではいけないのに。ごめんなさい。あなたのことをいらないなんて思ってごめんなさい。許して!」

 守るから。あなたを絶対に守ってみせるから。

 雪子は両手でぱんと頬を叩いた。その目に先ほどまでの生気が抜けたような虚ろさは跡形もなく消えていた。

 私が弱気になればつけこまれる。
 この子を奪わせはしない。
 多佳子にも誰にも。

 障子から透ける朝の光が暗い部屋に差し込んできた。それは、まるで一筋の希望のようにも思えた。

 その時。
「雪子さん、おかしな声が聞こえましたがどうしたのですか? 起きているの?」
 その声とともに障子が開き、世津子が現れた。
 この人は逐一私の行動を監視しているのか。

「いつまでそうやって部屋にこもっているつもりですか? 今日こそは部屋から出てもらいますからね。いいですか? あなたは病気ではないのだから、そうやって怠惰な生活を続けていればお腹の子にだって悪影響がでるのですよ」
「おっしゃるとおりです」
 雪子の反応に一瞬、世津子は面を食らった顔をする。

「それに、近頃は使用人たちにも馬鹿にされて、これではあなたを嫁として迎えた私たちが……」
「すみません」

 延々と続きそうな義祖母の説教を雪子は途中で遮る。
 世津子の顔に不機嫌な色が浮かんだ。
 仏間の方から、朝の日課である隆史のお経が聞こえてくる。

「まったく返事だけはいいのだから。とにかく、いつまでも部屋にこもっていないで」
「分かっています。私が間違っていました」
 立ち上がった雪子は夜着を脱ぎ捨て裸になり、凄まじい勢いで手早く着替え、早歩きで世津子の側をすり抜けていこうとする。

「どこに行くのですか!」
「隆史さんのところです」
「隆史は朝のお勤めの最中ですよ」
「ええ、知っています。お経が聞こえていますから」
「なら……待ちなさい!」
 しかし、雪子の足は止まることはなかった。

「私の言うことが聞こえないのですか! 雪子さん!」
 もちろん、聞こえている。
 屋敷中に響くほどの甲高い声を出せば、雪子だけではなく他の者にだって聞こえる。
 雪子は呼び止める世津子の声を無視し、迷うことなく隆史のいる仏間へと向かった。
 仏間の扉を開け放つと、お経をとなえていた隆史はびくりと驚いたように肩を跳ね振り返った。

「隆史さんに聞きたいことがあります」
「話なら後にしてくれないか。僕は忙しい」
 隆史の言葉には、朝早くいったい何の用だ。たいした用事でないのなら後にしてくれ、面倒ごとを持ちこまないでくれ、というものがにじんでいた。

 お経を中断したことくらい何だというのだろうか。
 それが気になると言うのなら、また最初から唱え直せばいい。
 好きなだけ何度でも。

 おそらく、先ほどの世津子とのやりとりを耳にし、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだと思っているのだ。
「お時間はとらせません。すぐに済みます」
 いつもなら、遠慮をして退くところだがこの日は違った。
「多佳子さんはこの利蔵家にとって何だったのですか?」
 多佳子は先代の利蔵の当主につきまとっていたとは聞いている。だが、そこから先どうなったのかまでは知らない。
 単刀直入すぎる雪子の問いに、隆史も呆気にとられて口を開けている。

 沈黙が落ちた。
 その沈黙を最初に解いたのは隆史の方である。
「なぜ、そのようなことを聞く」
 隆史の顔があきらかに歪む。
「みなが多佳子の名を口にします。そして、多佳子の名が出るたび怯えます。なぜですか?」

 多佳子という名前を出されることを嫌がると分かっていながら、あえて雪子はその名を繰り返す。
「雪子も知っているだろう。その名前はここでは口にしてはいけないことを」
「いいえ、知りませんでした。この村に来て初めて多佳子という名を耳にしました。だから、知らないので教えてください。なぜ、多佳子という名前を口にしてはいけないのか、その理由を知りたいのです」
 隆史は苦虫を噛みつぶしたような顔で黙り込む。

「それとも、利蔵の家は多佳子に対して後ろめたいことでもあったからでしょうか? 二十五年前にこの村で起きた事件にも」
「雪子! いい加減に」
「多佳子がかかわって……」
「雪子!」
 まるでその先を遮るかのように、手を振り上げた隆史の手が雪子の頬を打った。

 打たれた頬に手をあてる。
 視線をあげると、顔を真っ赤にさせた隆史が、鬼のような形相で雪子を睨みつけていた。負けじと雪子も目の前に立つ隆史を睨み返す。

 反抗的な雪子の態度にさらに激怒した隆史は、かっと目を見開きさらに雪子の反対の頬に平手を放つ。
 それでも雪子は怯まなかった。
「先ほど、多佳子が私の元に来ました」
 さらに振り上げた隆史の手によって、何度も頬を打たれる。

 隆史が手をあげたのはこれで二度目。
 容赦のない平手打ちに、その場に膝をついた雪子は上目遣いで相手を見上げた。
 隆史は荒い息をこぼし両肩を上下させている。
「最近のおまえは反抗的ではないか! あいつのせいか? あの高木という男が絡んでいるからか? もしかしてその腹の子は僕の子ではなく、あいつの子ではないだろうな? だとしたら許さないぞ!」

 すっと、心の内が冷めていくのを感じた。
 本来なら謝罪してこの子は正真正銘、隆史さんの子ですと泣きながら言っただろう。だが、雪子は口を閉ざしたまま、否定も肯定もしなかった。
 この男にどう思われようが、疑われようが、どうでもよい気がした。
 隆史に対しての気持ちは冷めてしまっている。

 今のことではっきりと分かった。
 逆上したこの男からはこれ以上多佳子の話を聞くことは無理だと判断した雪子は、無言でくるりと背を向けた。
「雪子! どこへ行く!」
 守るものができた雪子は強かった。
 それは行動にも表れた。

 屋敷を飛び出した雪子は、その足で神社へ向かう。
 隆史にあんなことを言われた直後に、高木の所に訪れるのは愚かな行為だが、もはや、何をどう思われようが一向にかまわないと思った。

 信じてくれなくてもいい。
 疑いたければ疑えばいい。
 けれど、このお腹に芽生えた新しい命は私の子なのだから。

 早歩きで高木の家にやって来た雪子は、息を荒くさせ玄関の扉を叩く。少々、乱暴な叩きかただったのか、家の奥から高木が慌てて走ってくる気配が分かった。
 扉が開かれると相手は目を丸くさせた。

「あんた……しばらく姿を見せないと思って心配したんだぞ」
 雪子は息を弾ませ高木を見上げた。
「まさか、ここまで走ってきたんじゃないだろうな」
 そのまさかだ。
「とにかく中に入って……」
 しかし、雪子はいいえと首を振る。

「高木さん。教えて欲しいことがあります」
「突然なんだ? 俺で分かることなら」
 後から話を聞くと、高木はこの時いつでも村を出て行ける状態だったという。
 雪子の実家に娘を預けているという申し訳なさはあったものの、それでも雪子のことが気がかりだったため、なかなか村を出ることに踏み切れないでいた。

 さらに、子ができたと報告して以来姿を見せない雪子を気にかけ、会わせてはもらえないことは承知のうえで、何度か利蔵の屋敷を訪ねたという。
 案の定、行くたびに門前払いをされたと。

 当然のことながら、高木が屋敷に来たことなど雪子の耳に入ることはなかった。
「この村で一番古い人は誰でしょう。二十五年前の事件を知っている、この村で古参の村の人は」
 一瞬の沈黙のあと、高木は口を開いた。

「山岡さんだ。村の東側に住んでいる。それと、小池さんも。あとは……」
 高木は思い出せる限りの古くからいる、村の年寄りたちの名を雪子に教えた。
 雪子は微笑みを浮かべる。
 閉塞した狭い村、誰が誰で、顔と名前も一致するし、彼らが今どういう生活をしているかもすでに雪子の頭には入っていた。
 この村に来た当初、みなと打ち解けようと雪子は積極的に村人に話しかけ、輪の中に入っていこうとしたのだから。

「彼らなら二十五年前のことも知っているはず。って、あんたまさか」
「ありがとうございます」
「おい待て!」
 高木が引き止めるよりも早く、雪子は頭を下げ去って行った。

第42話に続く ー 

< 前話 / 全話一覧 / 次話 >

#創作大賞2024 #ホラー小説部門


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?