菊志ん

落語家。 1971年生まれ。 古今亭円菊の弟子。

菊志ん

落語家。 1971年生まれ。 古今亭円菊の弟子。

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2024.1.31にXにポストしたものです

※落語協会以外についてはよく知りません。私が知る範囲の印象と思っていただけたら幸いです 落語家にはそれぞれ落語家道・芸人道がきっとある。「落語家たるもの~~」という基準。もちろんその人の師匠にもあるが、全く一緒とはかぎらない。師弟でさえ違うんだから、実に千差万別である。実際「師匠のああいうところは真似したくない」って思うことは私にもある。けど普通は師匠の落語家道には逆らえないからお弟子は師匠に合わせるわけだ。だけど、法律を前にするとひれ伏すしかないのが落語家道。ざっとそんな

    • 落語の師弟。私見

      私が思ってるより世間の方は落語の師弟についてご存知ないようなので、わかってもらうため(誤解を解くため?)の文章を書いてみる。「落語の師弟」と言ったって、いつも言っているが私と師匠の関係が基本線で(私はお弟子をとったことがない)、普段付き合いのある落語協会の師弟のことしか私は知らない。他の団体や大阪の皆さんや江戸時代や明治時代のことについては、当てはまらない部分もあると思う。それが前提。あと、今までは触れてこなかったけど、今回は「実の親子の師弟も当てはまらないかもですよ」と前置

      • なぜ皆さんは書かないのか。なぜ私は書くのか。

        落語協会の皆さんが一番恥ずかしがる言葉が真心とか誠実とか愛とか、そういった言葉だと思います。チャラチャラといい加減に、ってのが噺家稼業って考え。だから、ほとんどの仲間がパワハラ裁判や落語協会へのご批判などについて発信しない。笑い話じゃないですからね。「落語家ですから真面目な話はできません」ってところでしょう。うむ、それが普通です。 仲間の皆さんは、ダレるから、私の一連の投稿も軽やかにスワイプしたり又は見てみないふり(?)をしている方がほとんどでしょうね。この投稿も読んでる方は

        • 立場・パワハラ・状況

          小満ん師匠の本の中に「洒落を言うにも立場がある」との一節があり、私が「最近は一言多い若手が目立つ」みたいな感想を投稿したら、「落語協会のパワハラ体質だ」と引用投稿をされた(どう返事しようか考えてたら削除されたみたい)。ちょっとビックリしたと同時に考えるきっかけになった。  一般のお勤めの方で「いくつか受けた会社の中で受かったところにいる」「仕事が嫌い。早く帰りたい」って方は会社の同僚との付き合いは苦痛にもなろうし、仕事が増えるのは耐えられないのかもしれない。「パワハラです!

        2024.1.31にXにポストしたものです