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初恋 第7話

 暗くなるとカメラ撮影が難しくなる。それに疲労と空腹が僕も含めてみんなの全身に乗っかっていた。バスはナイロビ目指して走り出した。途中で、二匹のライオンが見えた。彼らは草原の木陰に座り、一匹がもう一匹を背中に乗せてじっとしていた。

「ママ、ほら見て、あのライオン、おんぶしている、怪我しているのかなあ?」
 クレジオがくすくす笑って、口を開こうとするのをメアリが右手で塞いだ。彼女もニヤついていた。母は笑いながら、
「そうかも知れないわね。でもそのうちあなたにも分かるわ」
「今教えてよ」
「教えてあげたら」

 メアリが母にではなく、クレジオの腕をつついて促すと、彼もニヤニヤしながら、
「ジェッド君、それはね……」
 と母の目配せを受けながら、言葉を選んで僕に慎重に説明した。要するに、彼らは結婚して子供がやがて生まれんだね、僕のように……と僕が独り言を言うと、みんなはにっこり微笑んだ。

 引き続き、ガゼルや、キリン、リオンやシマウマが時々現れて緩やかに動きながら遠景や近景をなした。僕は影絵芝居を見ている気分だった。彼らの吠え声や鳴き声があちこちでアクセントをつける様にこだました。僕はもうかなり満足していた。というか、正直な話、後はこれの繰り返しなのかなと思い出して、少しだけ退屈し始めていた。僕が最も気にしていたのは、アメリとクレジオの仕草だった。ひょっとして僕は、ライオンの出来事で、心の奥に隠された何かに火がついたのか? それとなく彼らを観察し始めた。

それまで見るとはなしに見ていた二人の行為に、僕は少しずつ隠れた刺激を受けていたのかも知れない。二人はいつもくっついていた。アメリはいつも、クレジオの手を握ろうとしていた。彼女の右手は彼の左手を求めていた。彼らはお互いの耳元に何か囁いたり、時々髪をいじり合った。そしてタイミングを見て、そう、父が弾くピアノ曲の楽章の代わり目の雰囲気の時に、キスし合うっていう感じだった。彼らは常の相手の動きを目で、指で、口で、鼻で、足で、全身で追っかけていた。その執着心は、
「チーターより凄い!……」なんて思ったりした。

 ホテルのロビーで解散した時、僕は二人がお揃いのスニーカーを履いているのに気がついた。色違いだったが赤と青だった。エレベーターに向かう後ろ姿はやっぱり手を繋いでいた。

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