陽性 咳が喉を刺激する
はじめに
このたび、私は流行りもののアレにかかってしまった。
もちろん職業も職業なので、いずれ自分もそうなるかもしれない……と思っていたのは事実だ。
ただ、実際にかかってみないとわからないことがたくさんあったので、ここにそれを記録することによって、少しでも(これって自分だけ?)(悩んでるけどなかなか相談できる相手がいない)とお困りの方の助けになればなあと。というか私が困ったんだよ。検索してもマスコミの記事とか「ただの風邪!寝てりゃ治る!」とか書いてる頭おかしいページばっかり引っかかってきてさ。ムカつきすぎて顔にゲェー吐いてやろうかと思ったわ。
day0
いつも通り、仕事に出かける。
職場に向かって歩いているときくらいから、なんとなく喉にひっかかるものを感じた。それでもそれ以外は元気なので
週末のカラオケが激しかったかなー
程度の認識しかなかった。最近一人カラオケに行くと、ずとまよとか月詠みとか高いキーのアーティストばかり歌うし。まあ一人じゃなくても歌うし実際一人じゃなかったんだけど。
実は土曜日の仕事終わりに、先輩と飲み会を開いていた。二次会はさも当然のようにカラオケになだれ込んだ。なのでそのせいかもなあワハハ、と気楽にかまえていたのであった。
day1
起きると異様に身体が火照っていた。同時に脳裏に蘇る、前日の咳。
やったか? と思いながら熱を測ると、37.7℃。
あっ。
まあまあ、まだただの風邪かもわからんしな……と思いつつ、とりあえずこれだけ熱が出ていては出勤して誤魔化せるわけもないと思い、諦めた私は上司に欠勤の連絡を入れた。
怠惰極まりない謎の珍獣である私が、なぜ誤魔化してでも出勤しようとしていたかといえば、この日私は上司に「3月末で退職します」という宣告をするためにアポを入れていたのだ。なんでよりによって今日やねん。どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがって。今度は私がおまえらの邪魔してやろうか。まあ手段は思いつかないけど。
熱の上がりっぷりからして想像はついていたが「病院で検査を受けなさい」と言われた。
というか私自身、病院にかかりたかった。熱のせいで身体はフラフラ、喉はガラガラ。こんなもんが寝てるだけで良くなるとは思えなかった。
余談だが、私の元配偶者は大の病院・薬・保険嫌いで、私にもそれを強要してこようとしたのだけど、私もただ言われっぱなしではなく「てめえどこで誰の助けを借りて生まれたと思ってんだよ」と大喧嘩をしたことがある。それで自分だけ死ぬなら勝手にしたらいいが、他人のこと巻き込むのはマジでやめてほしいよ。友達にも親がそのタイプの人が何人かいるから、余計にそう思う。
話を戻す。
調べてみると私の家から半径500m圏内の発熱外来はすべて今日に限って休診。なんでだよ不動産屋じゃあるまいし揃って休みやがって、と思いつつ少し遠いギリギリ歩いていけそうなところの予約を取った。ちなみに職場より少し遠くに歩いたあたり。出勤すんのと変わらないじゃん。もう泣きそう。
よく晴れた雪景色の札幌市内を、まるで八甲田山雪中行軍をしている旧日本兵のようにじりじりと進む私。いつもなら15分程度で歩ける道のりが、この日は25分かかった。
そこは病院というか、完全に機械的に検査やって陽性なら数日分の薬出してじゃあねバイバイ、というシステムの発熱外来。まあそもそも院名からして内科とか一切関係ないしなあ……と思いながら鼻に綿棒を突っ込まれる。
壁に向かって待っていろと言われて15分少々。完全防備の看護師が持ってきたリーフレットにはバッチリ「陽性」。
言ってみたかっただけです。
あとここは本当に検査しかしなくて、医師の問診とかは一切なかった。国から補助金が出るから片手間にやってるってことなのかな。薬も一人ひとりに合わせて出しているわけではなかったし、この時点で内心(しくじったなー)と思っていたのだけど、正直言って当時は自分が何者かもわからないまま体調不良に耐え続ける余裕はなかった。まだアウトの判定が出ただけマシだった。
結局この日は職場に報告して、家に帰って寝た。
まだある程度の固形物が食べられて、味もにおいも感じることができていたので(不幸中の幸いだったな)とか寝言をほざいていた頃。
不幸中の幸いが、本当に最後まで幸いであってくれるかなんてわからないのに。
day2
悪夢続きで目が覚めた。
人によって悪夢の定義は異なるだろうが、私の場合は「集団の中で自分だけが飛びぬけてできない」「自分だけがミスをして周囲の足を引っ張る」「自分だけが周囲に素っ気なくされる」など。
まあそのコンボが2時間おきに目覚めてもう一度眠るたびに出てくるわけで、そりゃあ全身汗だくになって目覚めるよな。
起きてつばを呑み込んだら、喉に激痛が走った。何度か扁桃腺を腫らしたことがあるのだが、その時と似たような状態だった。
とてもじゃないが固形物は食べられそうになく、元々買ってあったinゼリーを飲む。それでも喉を通ると痛いが、他のものを食べるよりはマシだった。ぶっちゃけ、食欲は微塵もわかなかったから食べなくてもよかったのだけど、何か胃に送らないと薬が飲めないので仕方なく飲んだという感じだ。
あとはもうひたすら寝ていた。頭痛がひどすぎて目を開けていられず、音を耳に入れるのも嫌だった。熱が上がったり下がったりして身体がしんどい。ふざけんなよKICK THE CAN CREWかよ、と毒づく気力すらない。喉が痛くて時折スポドリを飲むのも苦痛。四面楚歌、という四字熟語が脳みその中で私を囲い込んでゆく。
この日だったか前日だったか忘れたんだけど、なんかもうどうしようもなく絶望してしまって衝動的にTwitterアカウントを消した。夜中の間だけだったからほとんどの人は気づいていなかったと思うけれど。
なんだったか忘れたけど、ぽやぽやしながらTL眺めてたら
って思っちゃった。そう思ったらもう全部捨てちゃいたくなった。だから消したんだけど、よく考えたらアプリ開かなきゃよくない? めんどくせえ奴だな。
本当に体調不良時は思考能力下がるよね。普段から高いとも思ってないけど。
ちなみに私は承認欲求丸出しかまちょな珍獣なので、Twitter消すのは小説書くより楽しい趣味を見つけた時か、知られたくない相手に垢バレした時だけです。よろしく。
day3
この日の朝、最初の受診時に出された薬を飲み尽くした。にもかかわらず改善に向かっているのは発熱のみで、それ以外はすべて状況変化なく、富士山麓鸚鵡なく。
しかもこの日、新たな症状が追加された。味覚および嗅覚の障害である。
この時点では単純に「この喉の状態で、夏葉ちゃん、のっめるっかなー♪(お姉さんボイス)」程度の認識しかなかった。ちなみにスープなどとこじゃれたことを書いているが、実際に飲んだのは味噌汁である。ずっと続いていた頭痛の原因が(脱水して塩分が足りなくなっているからでは?)と思ったのだった。
ちょっとお湯を少なめにしてつくった味噌汁を飲んでみた。しじみ味。賞味期限が多少過去に遡っているが、言わぬがフラワー。
……
味が、しない
期待していたしじみの風味が一ミリも伝わってこない。たまらず器に鼻を近づける。
なんの香りもしなかった。
ああ、終わった。
敗戦処理のピッチャーの如く、ただの茶色い、たぶんしょっぱいお湯を身体に流し込んで、私は再び布団の虫になった。
間髪入れずにやってくる頭痛。
もうどうにでもしてくれ。
なんならいっそ殺してほしかった。
食えない飲めない嗅げない書けない見れない聴けない、ナイナイばっかでキリがない。自宅療養じゃ保険金も下りない(重症化リスクがないので入院しないと給付対象外)から、ただの具合悪くなり損。
飲み食いすること。いい香りを嗅ぐこと。小説を読み書きすること。推しの奏でる音楽を視覚と聴覚で摂取すること。
私がいざというとき心の安寧を確保していた手段すべてが断たれた今、私にできることは数時間眠ることか、永遠に眠ることしかなかった。
それでも、明日は進歩がありますように。
そんな願いを込め、とりあえず今日は前者を選択することにして、就寝した。
day4
発熱はほぼなくなっていた。
そして一番うれしかったのは、発症後ずっと私を悩ませ続けていた頭痛がなくなったことだ。この頭痛、鎮痛剤を飲んでも全く意味がなく、近所の友達に頼んで買ってきてもらった漢方薬をちらっと飲んだりしていたのだけど、それでも太平洋に白いインクを一滴垂らす程度の効果しかなかった。
まあとにかくなくなったならどうでもいいや、と思えるくらいに助かった。
症状が改善するより先に、最初に処方された薬を飲み切ってしまったので、元々かかりつけの耳鼻科で電話診療を受けた(陽性者であり、自宅療養中は外に出られないため)。
最初と同じ薬プラスアルファを追加で、自宅療養終了くらいまで処方された。薬は近くの薬局から届けてくれるという。本当に医療従事者の方々には感謝しかない。こんなふうに働けもしなけりゃ生活もままならず作品なんかできるわけもなくせいぜいTwitterでかまってちゃんをするしかない底辺ゴミクズ特級過呪怨霊のために申し訳ない……という気持ちでいっぱいである。まあ私は普段だって花澤香菜さんみたいな可愛い声出せないけど。
ちなみに療養期間中に陽性者がそれに係る症状で医療機関等を受診した場合、医療費のうち自己負担額は公費負担の対象となる(私が受診した時点で、北海道の場合)。なので持ち出しは一切なく、それも助かった。
一安心したので、上司に近況報告の連絡を入れた。
考えたら私、出勤したらこの人に「いやあご迷惑おかけしました。あと来月で辞めます」って言わなきゃいけないのかあ、と心が若干痛くなったり。
でも私の人生だしな。誰も責任取ってくれないからな。自分の身は自分で護らないとな。自己防衛おじさんの顔が脳裏をよぎったのは気のせいだろうか。
ヨーグルトを食べた。
感想としては「なんかドロドロした、口当たりがモッチャリした液体」。
早く「うめぇぇえぇぇええぇえ」って言える喜びを返してくれよ。
また、この日は市からの生活支援物資が届いた。
申込時「事前に配達員から電話連絡があるから絶対出ろよ、出なかったら持って帰るからな」と言われていたので、珍しくマナーモードを切っていた(※私の携帯は普段ずっとサイレントモード)。
しかし実際は、いきなり家のチャイムが鳴ったと思えば「〇川急便ェーす 市からの荷物置いてキャス アース」。えっもう来たの? 「もう」って言うか予定の到着日数は過ぎてたから「やっと」になるの? なんかRADWINPSの歌詞みたいだな。
まあ佐〇ならしゃあねえ、と思いつつ荷物を家の中に運び入r重ッ!?
小学生でも入ってんのかな、と独り言を呟く余裕も生まれてきたことを喜びつつ、運び入れて中身を開けてみる。
普段だったら「二食くらいで全部たいらげちゃるぜグヘヘヘ」とテンションが上がるところなのだが、いかんせんこちとら何を食べても食感と温度しか感じられない欠陥品アンドロイドみたいな状態だから(嬉しいけど、あたしはきみの奥にあるもっと大切なものを受け取れないんだ……)と思ってしまって、イマイチ心が躍らなかった。
それでもその日の夕食、試しにスープ春雨を食べてみた。
やっぱり味はしない。やたらプニプニする麺をすすりながら、どうしたらこの味覚と嗅覚が元に戻るのかを調べてみる。漢方飲めとか、強い香りのものに触れろ、味を感じ取れるようになれ……など様々なことが書かれている。そんな、鉄道脱線事故のあと「プロの運転手なら風の息遣いを感じられたはずだ」とか寝ぼけた社説書く新聞記者みたいなこと言うなよ……と思いつつ、残りのスープに口をつける。だいたい風の息遣いってなんだよ。その台詞使っていいのはナウシカか鳥人間コンテストの実況アナウンサーだけだぞ。
ズズズ
しょっp
えっ!?
day5
未だ完全体とは言えないものの、発熱は完全に消えた。もっとも、発熱は身体の抵抗の証みたいだから、無理に下げると治りが遅くなるという。それでも1~2日目はあまりにしんどすぎて、目の前でそれを言われたら警察病院にブチ込まれてもおかしくない結果を招きそうだったが。
残るは喉の痛みと、味覚と嗅覚の障害のみ。意識してヨーグルトとか果物類を食べて、服薬。普段コンビニの期限間近の惣菜とかカップ麺ばかり食べてる私にとっては超絶真人間な食事内容である。
この日びっくりしたのは、ヨーグルトに叩き込まれた状態のキウイとバナナがはっきり味で判別できたことだ。それでも平常時と比べたら「きっとそうだろうな」程度だけれど、何も分からなかった数日前とは大違い。
フォロワーさんから「味を意識して確かめながら食べると快復につながりやすいらしいですよ」とアドバイスをいただいたので、すごい集中しながら噛み締めるようになった。いつも両津勘吉くらい早メシしてしまうから、これは逆に健康になってしまうのでは……と思ったり。
あと、嗅覚。
家の中にある強いにおいのものを、朝起きたときと夜寝る前に15秒ずつ嗅いでから寝るとよいらしい。たとえにおいを感じなくても(する、する)と言い聞かせながら。そうすることで神経の再生を促すのだという。
そんなわけで、私は家の中にある一番香りの強いものを嗅ぐようにした。
推しは救いである。
久々に小説を書こうと思い立ってエディタを開くもネタは出ず。代わりに痰は出た。そこでこのエッセイを勢いに任せてブワァーッと書いた。
ついでに小説も書いた。独り善がり極まりない内容だけど、これもリハビリだと割り切って出した。すべての人に受け入れられるものなんて自分どころかプロ作家でも書けるわけがないんだから、もう読んでくれる人だけ読んでくれりゃいいよ。web小説書きなんて結局去る者追おうとして滑って転んでいちいち泣きじゃくってるから辛くなるんだろ……と半ばやぶれかぶれな気持ちが30%くらいある。なんか政府が「もう大変なんで全数把握やめます」って発表したときと似てるけど。
残りの70%は「たとえ手慰みで終わろうとも、あんなふうにただ無理やり寝るしかない生活に比べたら2那由多倍たのしい」ということ。
本当にただ苦痛だった。あんな生活もうしたくない。
day6
起きて「香水」と「ずとまよのお香」を嗅ぐ。今日もにおいは感じられず。
まあそんなもんだよねえ、と顔を洗ったり布団を片付けていた。
においはわからないし出かけるわけでもないのだけど、いつものように香水を振ってみた。
まあ自分でわかんないからほどほどにしないとな。あーでも外に出るわけじゃないからいいかぁガハハ……ふう。スァ
えっ 今 においした?
手首のにおいを嗅いでみる。
いや、するよ! においする!! くそ甘いにおいがする!!!
あわてて部屋の「推し箱」から、ずとまよのお香を取り出す。
嗅いだ。
嗚呼。
嗅覚が(わずかながら)戻ってきた!!!
ちなみにそれ以外の症状はほぼ落ち着いている。喉もあんまり気にならないくらいになってきて、味覚は少しずつ強く感じられるようになってきた。
発熱? 頭痛? 食えますかそれは。
さいごに
ということで、あと2日ほどで自宅療養期間が明ける運びとなった。
ここからいきなり死に至る急変とかはない(と思う)ので、私がただひっくり返った昆虫みたいになっていた日々の闘病記は、一応これで〆としたい。
かかってみて思ったのは、なんの心の準備もなくいきなり重い症状が来るので、身体も頭もついていかないのが相当辛かった。あとは外に出られなくなるので、独り暮らしで周囲に助けてくれる親族や友人、知り合いがいないとかなりきつい。行政の支援物資も頼んですぐに届くわけではないから、普段のうちからちゃんと買い物をしておかないと詰むと思う。もっとも買い出しは病気だけじゃなく、防災という意味でも大事になるのだけど。
ちなみに現時点での話だが、札幌市の場合、ホテル療養は「自宅療養ではダメなんです」というちゃんとした理由がないと、審査時にハネられてしまうらしい。私も家があまりにも寒すぎるから申し込もうかと思ったときもあるが、そもそも荷造りできるような体調じゃなかったので止めた。死因が「荷造り」なんて死んでも死にきれないし。
何はともあれ、健康が一番だ。五感がちゃんと生きてて、且つ、自由に身動きできる状態なのに、軽はずみに「死にたい」とか言うもんじゃないなと思った。day1~3のあたりだったら私が布団を跳ね飛ばして鬼の形相で駆け寄り「ならその身体、あたしと代われや」って言ってたよ。本当に辛かった。
もう二度とかかりたくない。あっち行けシッシッ。なので書籍化その他あらゆるメディアミックスの依頼だけこっち来てください。
あー煩悩まみれだよ。寝くさってる間に身体の中で108万個くらいに増えちまったよ。
お読みいただきありがとうございます。いただいたサポートは、創作活動やnoteでの活動のために使わせていただきます。ちょっと残ったらコンビニでうまい棒とかココアシガレットとか買っちゃうかもしれないですけど……へへ………