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シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の悲劇的結末のきっかけとなった感染症

私たちは今、パンデミックの最中にあります。感染者は減ったかと思えば増え、人々は感染と死の恐怖に怯え、生活や仕事は大きく制約を受けています。しかし、これは今の時代に限ったことではないというのを知った時、人類の存在の脆弱さを痛感せずにはいられません。医学や科学技術が進化しているはずなのに、人類は感染症に苛まれ続けてきました。そしてそれは今も昔と変わっていないのです。

人類史上、大規模な感染症は何度も生じています。英国も16世紀後半から、17世紀初頭まで、ペストが何度も流行します。その頃は、シェイクスピア(1564―1616)の生きていた時代に重なり、感染拡大防止のため、劇場が何度も閉鎖されます。有名なグローブ座ができたのは、1599年。感染が少なくなっていたつかの間のことでした。そのグローブ座もシェイクスピアが名作を書き続けていた間も、何度か閉鎖を余儀なくされてしまいます。

「ロミオとジュリエット」が最初に上演されたのは1595年頃と推測されています。1592年から93年のペストの大流行が一旦収まった後のことでした。今の時代も、劇場や俳優は、コロナ禍で大変な犠牲を強いられていますが、シェイクスピアの時代も大変な状況であったと推察されます。

私は学生時代に、シェイクスピア劇を原語で上演する「シェイクスピア研究会」というグループに所属していました。「ロミオとジュリエット」を上演したのは1978年の5月のことでした。その時、ロミオを演じたのは、今では著名な俳優になっている吉田鋼太郎君でした。私はロミオの親友のベンボーリオと、ロレンス神父の二役を演じました。

これは、運命に翻弄される若き男女の悲劇なのですが、悲しい結末をもたらすきっかけにペストが関わっていることをつい最近知りました。自分で演じている時には全くピンときていなかったのですが、コロナのパンデッミックや隔離を経験した今、あらためてこの作品を振り返ってみると、実は感染症が関わっていたと知り、単なる遠い昔の話などではなかったんだと気付きました。

ロレンス神父は、ロミオとジュリエットを結婚させてしまった手前、パリスとの結婚を回避するため、ジュリエットに薬を処方し、仮死状態にするという作戦を実行します。その間、マンチュアという町に追放になっているロミオに状況を説明する手紙を書き、彼らが再び会えるような段取りをします。で、その手紙を仲間のジョンという修道士に託します。

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こちらの写真は1968年の映画「ロミオとジュリエット」の中で、手紙を託すシーンです。右がロレンス神父、左が修道士のジョンです。

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映画の中では、ジュリエットの葬儀を目撃したロミオの召使いのバルサザーが、ジョンを追い越して先にロミオにジュリエットの死を知らせるという流れになっています。このすれ違いがまた切ないのですが、原作はこの部分が異なっています。

原作では、ジュリエットが墓所に送られた後、少したって、ジョンがロレンス神父を訪ねてくるシーンがあります(5幕2場)。「ロミオは何て言っていた?ロミオからの手紙とか持ってないの?」とロレンス神父はジョンに尋ねます。するとジョンは「実は、マンチュアに行こうとしていたんだけど、一緒に行こうと思っていたやつが、行く前にちょっと病人を訪ねないといけないと言って、寄っていくんだね。その後、検疫官に質問を受けて、あなた方はペスト患者の濃厚接触にあたるので、在宅隔離が必要です、と言われ、家に閉じ込められて、外出ができなかった」と言うのです。

「じゃあ、誰が手紙をロミオに届けてくれたのかな?」と訪ねるロレンス神父に、ジョンは、「手紙はここにあるよ。これをこちらに送り返そうにも、感染を怖がって誰も協力してくれなかったんだ」と答えます。ロレンス神父は、「なんということだ!」ということで、42時間後に仮死状態から目覚める予定のジュリエットをしばらく自分のところで匿い、別途ロミオには新たな手紙を書くというプランBを計画するのです。ところが、バルサザーの報告を受けてロミオは一足先に行動に移していたということで悲劇の結末になるのです。

私は舞台で、ジョンの報告を受けた際には、正直あまり彼の言い訳がよくわかりませんでした。感染隔離のために家に閉じ込められて出られないなんて理由は、言い訳のための理由としてしか思えませんでした。「なんでこんなやつに頼んでしまったのかな」という後悔は感じていたのですが、今思えば、感染隔離が引き起こした悲劇だったわけです。今から思うと、ジョンの弁明がよく理解できます。今更ですが、理解が足らず申し訳なかった、とジョンの役をやった人に謝っておきたいと思います。

今も昔も感染症って大変ですね。皆さん、十分用心してこのパンデミックを乗り切りましょう。

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