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どうなる?日本ワインの未来


こんばんは、じんわりです。

 ここ数年盛り上がりを見せている「日本ワイン」。皆さんはお好きですか。私も好きです。

今夜はそんな日本ワインの未来展望について。

 最近では新規ワイナリー激増による過当競争や新型コロナウイルスの影響による今後の停滞を懸念する声も多く聞かれます。
 そんな今だからこそ、日本ワインファンの方はもちろんワインにご興味がおありの皆さんと一緒に日本ワインの未来を考えていきたいですね。


 国税庁「国内製造ワインの概況」と「酒のしおり」の最新版がそれぞれ2月と3月に発表されました。これは所謂国産ワインと日本ワインの業界の今をまとめたレポートです。

国産ワイン = 外国産の原料ぶどう/濃縮果汁を使用して国内製造
日本ワイン = 日本原産のぶどうを元に国内製造

 最新とはいえ調査対象年は1~2年前ですので現在進行形の新型コロナウイルスの影響が反映されたデータではありませんね。

 単年でも見えるものはあるのですが、経時的に追っていくと日本ワイン産業の成長の軌跡が見えてきますね。

 国税庁のデータを中心に日本ワイン産業の歩みを確認し、現状と今後の問題提起を踏まえて、日本ワインの未来展望について綴ります。

国税庁の最新統計データ

 まずはファクトを見ていきましょう。国税庁発表の「国内製造ワインの概況」と「酒のしおり」のデータを一部抽出し経年的にレビューします。ワインで言うところの垂直試飲のようなものでしょうか。過去から来た道を辿り現在地を確認する目的です。

国内のワイナリー数
280場(平成27年) → 331場(平成30年)
 直近4年間で計51場、18.2%増ですね。

免許場数
238場(平成20年) → 355場(平成29年)

 厳密には先に示したワイナリー数とは異なる指標ですが概ね同じ意味です。国税庁のレポートではワイナリー数としては平成27年までしか遡れませんので、類似の免許場数データで直近10年比較をして長期トレンドを見る意図ですね。順調に伸びており、先のワイナリー数のトレンドと整合です。

ワイン製成数量(千kL)

生成数量

国税庁「国内製造ワインの概況(平成30年度調査分)」より一部引用し作成


 製造量も直近10年で増加傾向ですね。平成27年を境に横ばいもしくは減少に転じているようにも読み取れます。この伏線は後程回収しましょう。

国内市場におけるワインの流通量の構成比(%)

国内市場におけるワインの流通量の構成比

国税庁「果実酒製造業の概況」(平成26年調査分)および「国内製造ワインの概況」(平成30年度調査分)より一部引用し作成

 国内ワイン流通量に占める日本ワインの構成比は 

3.5%(平成25年) → 4.6%(平成30年) =  直近6年間で31.4%増

 このデータも遡って入手できるのが平成25年度調査分までです。当該6年間でワイン全体(輸入+国内製造)の出荷量は約2.7%縮小ですが、それを考慮して補正しても直近6年で約28.9%の成長と、単純平均すると年間約4.8%づつ成長してきた計算になるでしょうか。同時期の日本全体の経済成長はざっくり1%前後であることを勘案すると国内では優秀かつ順調と言えますね。構成比はあくまで推計値とされていますし、上述の計算方法もかなり雑ですが、ワインカテゴリ内でもシェアを伸ばしていることは確かなので、今まで見てきた日本ワイン盛況を示唆するファクトとの矛盾はないでしょう。

 メルシャンが2017年(平成29年)に実施した「日本ワインに関するアンケート調査」では日本ワイン飲用経験者さんは約9割、「日本ワイン」のクオリティは高くなっていると感じる消費者さんが8割に上ったという結果を得ていますね。これも日本ワイン盛況という見地をサポートするファクトのひとつであるでしょう。

「日本ワイン」産業が抱える問題点

 さて、ここまでは概ね日本ワインの成長の軌跡と近年の活況に目を向けてきました。これらはサニーサイドですね。ここからはダークサイド(というと言い過ぎですが)、「日本ワイン」産業が抱える問題点に目を向けていきます。何事もいいことばかりではないですね。
 大手以外の日本のワイナリーが一般的に抱える現在進行形~未来行きの諸問題を列挙していきましょう。


国内ワイナリーには零細企業が多く、経営の安定性は「?」
 最新の「国内製造ワインの概況」(平成30年度調査分)によると、国内ワイナリーに占める中小企業者(※)の割合が94.7%(266者)でした。

(※)中小企業者とは、資本金3億円以下の会社並びに従業員300人以下の会社及び個人をいう。 (中小企業基本法第2条第1項第1号)

 266者のうちワインの製造量が年間100kL未満の製造者は231者。そのうち74者(32%)が欠損企業でした。ざっくり言えば赤字企業ということですね。国税庁の「会社標本調査」によると日本全国の企業に占める赤字企業割合はここ数年60%強で推移しています。全国平均/国内全産業の約半分でしかないと捉えれば健闘しているようにも見えますが、成長産業内にあっての赤字企業割合32%というのはどう捉えるべきか悩ましいところです。

 ワイナリーをビジネスとして考えた場合、初期投資(畑、醸造設備など)に多額を要し、製造効率が良くない(植え付け後収穫までは数年を要する、一期作、長い貯酒熟成期間が必要なものもある等)という難しさがあります。先の小規模74者は起業して間もないワイナリーの割合が多いと推測され、操業歴の浅さから負債返済と生産販売量のバランスにおいてまだ損益分岐点に達していない可能性が考えられます。それ故小規模ワイナリーに欠損企業が多いというのは自然な事ともいえるでしょう。

 問題は小規模ワイナリーがその不安定な状態からいち早く抜け出せるのか、時の経過と共に利益を積み上げ成長していけるのか、というところですね。
 本稿の下書きを終えた時点(2月下旬)ではまだ新型コロナウイルス問題が校閲時(3月中旬)ほど深刻化していませんでしたので、コロナ問題を踏まえた記述を追記しました。3月中旬現在の状況は、

消費者外出減 → 外食機会減 → 飲食店不振 → ワイン出荷停滞 → ワイナリーの売り上げ減、資金繰り悪化

というフローの進行途上にあるのではないかと推測します。飲食店販路がメインのワイナリーにとってはあまり打てる手がなく、小売り販路に強いワイナリーは家飲み需要を喚起して乗り切りたいところでしょう。
 この問題がいつ収束するかはわかりませんが、特例貸付制度等あらゆる手段をフル活用して難局を耐え忍び、生き残る小規模ワイナリーが1社でも多くなればと願うばかりです。


高齢化と後継者不足によるぶどう農家の減少
 ぶどう栽培の担い手が高齢化している。高齢のぶどう栽培者が引退して後継者がいないまま耕作放棄地が増えている。結果ぶどうの供給が減っている。これらが日本における醸造用および生食用ぶどう生産の全体的な傾向とされていますが、念のためデータで確認してみましょう。

 ぶどう農家に特化した全国平均年齢の統計データを見つけられませんでした。農水省発表の「農林業センサス」過去3~4調査分からめぼしい統計結果を探し出し累計していく作業が必要と考えられましたが、膨大な時間がかかりそうな予感がしてやらないことにしました。代替案として関連するファクトを元に推測しますね。

 農水省の「平成26年度 食料・農業・農村白書」の基幹的農業従事者等の推移をみてみましょう。ここでいう基幹的農業従事者とは平たく言うと「農業を主業にする人」と捉えればよいでしょう。ぶどうだけでなく農業全体でみているだけですが、全国的に農家は高齢化し農業者は減っています。

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 例えば、山梨県が発表している「山梨ワイン産地確立推進計画」でも「本県は品質の高さで他産地をリードするも、生産農家の高齢化・後継者不足などにより醸造用ぶどうの不足が危惧されている。」とあります。
 緩鹿と清水の報文でも「(長野県塩尻)市内のブドウ栽培面積も、農家の高齢化や後継者不足から、縮小しつつある。」とし農水省の「農林業センサス」から塩尻市のブドウ栽培面積及び農業経営体数の減少を提示しています。

 これらのことから、長野県の高山村、東御市や北海道の余市といった一部新規参入が活発な地域を覗いては、全国的に「ぶどう農家の高齢化や後継者不足でぶどう栽培面積が減少している」傾向が見られるのではないかと考えています。

 ぶどうの栽培面積と醸造用に仕向けられたぶどうの数量の直近10年推移を農水省の「特産果樹生産動態等調査」からみてみました。全用途(生食用+加工用)栽培面積の推移は均してみると微減傾向でしょうか。醸造用仕向量の折れ線グラフは増加傾向にあり、これらを合わせて考えると深刻な農家減とは言えないようにも思えます。

全用途栽培面積、醸造仕向量10年間の推移

農水省の「特産果樹生産動態等調査」(平成20~29年産)より一部引用し作成

 醸造用ぶどうの仕向量増加傾向に関してはおそらく、「日本ワインの活況を受けて新規開墾した畑の面積が廃業の畑の面積を今のところは上回っているのだろうか、以前は缶詰や果汁用途に仕向けられていたぶどうが最近は醸造用に流れているのだろうか、その両方かいずれかが要因だろうか」と推測するくらいしかアイディアがありません。醸造用ぶどうの相場が年々上がってきているというお話も頻繁に耳目にします。それだけここ数年の日本ワインの市場に成長力があったのでしょう。

 しかし、平成27年からは醸造用ぶどうの仕向量は横ばい傾向にあり、先程の国税庁のワイン製成数量データと矛盾しませんね。本格的なぶどう農家減少はこの頃から始まっていたのかもしれません。

 所謂「団塊世代」=日本のベビーブーマーは現在70~73歳なのだそうです。サラリーマンと違い農家さんの慣例ではまだまだ現役とされる年齢かもしれませんが、肉体労働においても頭脳労働においても無理が利かなくなってくる年齢かもしれません。団塊世代と他世代の就農割合が同じなら団塊世代の就農人口は他世代より多いでしょう。彼女・彼らがリタイアし後継者が立たなければ、ブドウ農家数が減りぶどう供給量が減少するという流れが容易に想像できます。
 
 ワインの売価が劇的に上がって行かない(製造販売側の利幅が今より大きくならない)と仮定する場合、新規開墾面積>廃業面積の状態を継続しないことには供給量の拡大→販売量の増加→産業の成長→開墾面積の増大というポジティブなサイクルが回らないでしょう。

 畑とぶどう供給の問題に関連して、現在進行形の問題である苗木不足は日本ワインの将来にとって致命的かについても考えました。目下の日本ワイン産業の成長スピードを遅らせる問題ではあるものの、苗木不足に対して官民からさまざまなアクションがなされていることもあり、量的な需給問題はゆっくりと解決されていくのではないかとみています。個人的には急進的にではなくむしろゆっくり改善された方が良い面もあるのではないかと考えています。


海外ワインとの競合
 海外ワインとの競合の可能性も心配事のひとつですね。競合のフィールドは国内だけでなく輸出市場にも及ぶかもしれません。

 まずは国内市場ですが、「日本ワイン」という物語性に買い手がこだわらない場合、日本ワインは同価格帯の外国産ワインと競争しないといけない状況かもしれません。ストーリーではなくワインの中身を比べたときに、ある意味「キャッチ―さ」や「わかりやすさ」では同価格帯の外国産ワインに対して日本ワインはやや分が悪いと考えるのは暴論ではないでしょう。
 南米、オーストラリアやヨーロッパ産ワインの関税特恵は現在進行形のイシューです。ボトル1本あたりたかだか100円前後のコスト削減かもしれませんが、¥1,000台かそれ以下の価格帯のワインにとっては追い風となり得るでしょう。

 もちろん日本人の食生活・嗜好にあわせたワインという意味では、比較的低アルコールで香りが強すぎない甲州などはハマる選択肢であるようにも思います。メルシャンの「日本ワインに関するアンケート調査」でも支持があったように「国産品を応援したい」、「安心安全の日本製を」というお気持ちの消費者さんも少なからずいらっしゃるかと思います。 

 日本の気候風土上、出来上がるワインが一般的な外国産ワインより低アルコールに仕上がるということもアドバンテージかもしれません。消費者の低アルコール志向は日本のみならず世界的なトレンドであると言われていますね。

 これらを勘案すると外国産ワインとの競争に勝つ、もしくはそれらとは別の立ち位置を確立するということもシナリオとしては充分あり得るでしょう。近頃の日本ワインの露出度からすると、もう既に国内ワイン市場では居場所を確保していると考えても良いように思いますね。

 輸出市場についてはどうでしょうか。
 OIV(国際ブドウ・ワイン機構)によると2017年の日本人ひとりあたりの年間ワイン消費量は3.2Lと、同年フランスの50.7Lやアメリカの12.4Lに比べると現状はまだ国内市場に伸びしろがあるようにも感じられます。しかし、今後仮に日本人ひとりあたりの年間消費量が増えてきて頭打ちになるとするなら、かつ/もしくは、予測されている人口減および高齢化(※)によって国内ワイン製造量に対して国内市場需要が少なくなるなら、その前に日本のワイナリーは輸出市場に目を向けざるを得なくなるでしょう。

(※)国立社会保障・人口問題研究所 「日本の将来推計人口(平成29推計)」によると、現在から人口は漸減し、2065年には約8800万人に減少、65歳以上が全人口の38.4%占めることが予測されています。

 やや乱暴ですが、質的要素(顧客セグメント)を考慮せずに総人口だけを市場規模の目安とした場合、45年後には現在の市場規模からざっくり25%程度縮小する可能性があるということですね。とはいえ、45年先であれば今の常識では測れない、予想もつかない変化が起こっているかもしれないですね。例えば、車の自動運転技術が安定化・一般化して、仕事帰りや休日に自家用車内での飲酒が可能になる。終電の時間や高額なタクシー代を気にする必要がなくなり遅くまで飲食店で飲む人が増える。結果ワインの消費量が増える。といった可能性などがあったりしませんかね?

 小規模ワイナリーであれば年間製造量が少ないため、それを売り切れるだけの販路を確保することは国内市場だけで完結できるかもしれません。まず輸出を検討せざるを得ないのは相対的に製造量が多い中規模および大手ワイナリーでしょうか。


小規模ワイナリーの技術・品質管理レベル
 ここ10年程でしょうか、一気に新興のワイナリーが日本各地に誕生したように思います。そのほとんどが年間製造規模100kL未満の小規模ワイナリーですね。

生産規模別果実酒製造者数の推移

国税庁「果実酒製造業の概況」(平成22年調査分)および「国内製造ワインの概況」(平成30年度調査分)より一部引用し作成

 起業されたオーナーさんのバックグラウンドもそれぞれですね。ワイナリー勤務から独立された方、ワインとは全く関係ない畑を歩んでこられて起業された方、別の稼業をお持ちでワイナリー経営にも参入される経営者の方、6次産業化で収益向上を狙うぶどう農家さん、などなど・・・。彼女・彼らの多くは経営者兼製造責任者であるケースが多いですね。その多くに共通する起業のきっかけは「自分自身でワインを造りたい」という思いではないでしょうか。

 ここからはやや厳しいことを書かざるを得ませんがご容赦ください。
 
 ときとして造り手の方の「思い」に「技術」が追いついていないケースがありますね。「品質管理ができていない」ということですね。不快な味臭いが強く出たワインを造ってしまう、それらを市場にリリースせざるを得ない、生産年・生産ロットによって製品品質が過度にばらつく、といった事例が典型的でしょう。

 製造側にぶどう栽培とワイン醸造の技術と知識が足りなさ過ぎる場合、そういった出来事が起こりやすいのではないでしょうか。「ワインは自然なもの」というステレオタイプ的なイメージや、ワインのみならず他業界でも世界的な流行であるナチュラル志向が曲解され、「品質管理を怠ること」が「できるだけ手を加えないこと」として正当化されているようにも感じます。

 品質管理が出来ていないワインは、いくらエチケット(ラベル)、ウェブサイトや売り文句で飾り立てても、飲み手に素性がバレてしまうものです。マーケティングや営業活動を決して軽んじるつもりはなく、それらは必須ですが、要はシンプルに「おいしくない」のですね。マーケティングの結果1回目は飲まれても、中身品質が伴わないと2回目以降がないということですね。

 私見を恐れず申し上げると、「飲み手にリピートされるワインを造れること」はワイナリー経営にとって重要であり、それには以下が必要だと考えています。

・ヒト=栽培および醸造における科学的な知識と数年の実務経験
・設備=まとまった資本投資
 (なければないなりの工夫は可能ですが、出来ることが限られます)

 大手企業は栽培および醸造の科学を教育機関で学んだ人材を多数雇用し、研究開発・改善進歩の手を緩めません。業歴が長い=幾年ものヴィンテージを経験しているため会社全体の栽培醸造実務に関する経験知も豊富です。そして膨大な資本と強い販売力を持つため設備・人材への投資が比較的容易です。畑(=土地)も醸造設備もほとんどの場合高い買い物であるため、資本力が必要です。例えば平均的な日本の8月9月の気候下で温度調節機能のないタンクで仕込みを行う場合、温度調整できる場合よりもオフフレーバー発生のリスクは高まるでしょう。ワイン造りには「思い」だけでは克服できない「理」があるのですね。

 栽培と醸造に科学的なアプローチができる人材がいない小規模のワイナリーはどうすれば良いのか? ですが、経営実務をこなしながら実地的にも科学的にもワイン造りを学び継続する、それを元に製造面の改善向上を継続していく、品質で顧客・消費者の評価を得て出るだけ早く黒字化する、黒字を継続しつつ改善検証の結果見えてきたテーマに投資を行う。ハードですがこれを愚直に実行して頂くしかないように思います。

 日本ワインを産業経済面での「コンテンツ」と捉えた場合、日本各地の小規模ワイナリーの勃興と成長による「産地形成」なくして「コンテンツ」の魅力化は達成できないと考えます。日本ワインの多様なストーリーと選択肢があれば消費者さんに飽きられにくく、発見する・学ぶ楽しみも提供できるでしょう。山梨、長野、北海道、山形だけでなく、全国各地にワイン産地として広く認知されるエリアが確立されれば、ワインツーリズムも二次的な産業に発展していくのではないでしょうか。

繁栄か?衰退か?日本ワインの未来

 最後に日本ワインの未来について私見を書かせてください。ここでいう未来は20~30年後の近未来ですね。

 「日本ワインの未来は明るい」

 と私は見ています。希望的観測込みですね。30年後には今以上に日本ワインが国内外で認知・愛飲され、ワイン産業の中に定位置を確保していると予想します。確かに解決すべき諸問題はありますが、ある程度解決は可能と考えているのですね。


 海外ワインとの競合については、国内外においてMade in Japanの安心感と品質を訴求できるでしょう。輸出市場においては今やキラーコンテンツである日本文化および和食との相乗で戦っていけるのではないでしょうか。来日された海外の客人からは「日本の公共マナー、思いやり、衛生環境、総じて安全・安心感は他国に比べて優れている」「日本食は優美繊細なところが良い」といった感想を頂くことが多いのですね。

 日本に生活する我々にとっては当たり前過ぎて実感がないかもしれませんが、前者のマナー・思いやり・衛生的・安心・安全といったキーワードについては、外国の人々を惹きつける強い引力になっているのではないかと私は感じています。そういったポジティブな印象がMade in Japanのブランドイメージに繋がっていると考えるのは過剰でしょうか。前者キーワードは日本人のワイン造りの思想・行動にも反映されるのではないでしょうか。

 後者の日本食というキーワードについては例えば、農水省のwebサイト「和食に対する世界からの注目」によると、海外における日本食レストラン数は2013年の5.5万店から2017年には11.8万店と5年間で2倍に増えています。和食の世界遺産登録から約7年、これからも世界的な和食の認知が広がることに期待ですね。


 高齢化と後継者不足によるぶどう農家の減少については、国や自治体による金銭面およびノウハウ面での強力なサポートがあれば新規就農者増および安定化への一番の処方箋になるのではないかと思いますが、現状の産業規模から考えて国や自治体も投入できる予算はそれ相応でしょう。打てる手は打ったうえでの現状と考えた方が賢明ですね。とすれば産業側で何とかするしかないということでしょう。

 短中期的かつ俯瞰的な視点で、日本ワインの活況が続くうちは畑の開墾維持拡大の労働力として、新規参入のワイナリーに期待せざるを得ないでしょうか。
 あとは大手中堅各企業の自園拡充への期待ですね。ここ数年、国内ワイン製造大手5社(サントリー、メルシャン、アサヒ、サッポロ、マンズ)は自園拡充に積極的です。アサヒについては新規農地取得から行ったとのニュースですが、他の大手企業がすでに生産力のある畑を継承しそのまま使うのか、新規に苗を植える/植え替えるのかはニュースからは定かでありません。

 新たな農地取得から始める場合は植え付けしてからワイン用ぶどうとして収穫できるまでに数年かかる、既存継承即利用の場合であっても生産量が増える=売り切らないといけない量が増えるということですね。にもかかわらず畑に投資をするということは、大手各社がまだ日本ワインの活況が続くと見立てている、長期的に取り組んでいくという意思表示、日本ワインを新たな収益の柱に育てたいと目論んでいる、と考えられなくもないでしょう。総合飲料・調味料大手はお金を持っていますので、彼らにとって損をしてもいい程度の少額投資でしかないという見方もありますね。今後さらに日本ワイン市場が成長した暁には、大手企業にはさらなる自園拡充を狙ってもらいたいですね。

 長期的には来る第四次産業革命に期待でしょうか。すでにサントリーが日本総研らとともに実証実験を進行中のようです。
 超絶進化形のぶどう栽培を自由勝手に空想すると、これまでヒトが人海戦術で行っていた畑作業のほとんどを機械とAIに手渡し、畑での重要な意思決定だけを数名で行う、といったところでしょうか。所謂「技術的特異点」に達するのは2045年頃の予想だそうです。今から30年後には畑での意思決定もAIに任せるのがベストプラクティスになっている可能性もあるかもしれませんね。

 ワイン醸造用ぶどうの植物工場が登場するシナリオも自由勝手な未来空想として書き残しておこうと思います。テロワールの概念と真っ向対立するため消費者さんに受け入れられない可能性は十分にありますが、その部分に折り合いが付き高品質なぶどうの量産技術が確立されるならば、あってもいいシナリオだと個人的には思います。全てが植物工場産にならなければ許容できるということですね。


 国内ワイナリーには零細企業が多く、経営の安定性は「?」小規模ワイナリーの技術・品質管理レベルについては、それぞれ繋がりを持った課題として捉える方が良いように思います。ここが最も解決困難な課題だと考えています。

 国税庁の「果実酒製造業の概況」によると国内ワイナリー全体の8割強が年間製造量100kL未満の小規模ワイナリーです。しかもそのうちの3割が赤字です。
 これら小規模ワイナリーが今後の日本ワインのカギを握るのではないかと見ています。

 私は日本ワインの未来を以下のように予想しています。

近い将来に若干のワイナリー数減少を経た後に・・・

シナリオA
大手中堅ワイナリーが経営的に行き詰った小規模の農家やワイナリーの資源を取り込んでいく

シナリオB
大手中堅ワイナリーを中心に品質に秀でた多くの小規模ワイナリーも個性・存在感を示す

 いずれにしても、産業としては資本力と販売力に勝る大手中堅が牽引して行くのだろうと見ています。両シナリオで異なるのは数多ある小規模ワイナリーが日本ワイン産業に彩りを添えることができるかどうか、というところですね。直言すると、その多くが潰れずしぶとく収益を上げていき経営的に安定することが出来るか、ということです。

 収益を上げるためにはワインが売れないといけません。ワインが売れるには価格や物語性も含めいろんな要素が必要だと思っていますが、一番大切にすべきものを一つだけ選べと言われれば「品質」を私は挙げるでしょうか。「品質」とは何か?それは「不快な味臭いを呈していない」ことであり「一貫性」(いつ飲んでも度を超えた味の違いがない)であり。それらが達成されてようやくワインの「個性」というものが評価判別できるのだと考えているのですね。「個性」は「品質」に先んじることがないと考えるのです。

 「中身と価格のバランス」が「品質」とされることもあるでしょう。小規模ワイナリーにとっては生産量と収益を考えると¥1,000円台で自社製造のワインを売ることは難しいでしょう。であれば「品質」を高めて高く売るしかないということになるでしょう。

 そのための実務は「理」を知り「理」に逆らわずワインを造るということに尽きるのではないでしょうか。ワインの科学を知り、科学的にワインを造るということですね。ここでも、農家減少の項で述べた第四次産業革命による恩恵が将来的に期待できるかもしれません。醸造工程をAIできめ細やかに管理できるようになり醸造時の失敗回避やワインの味香りのコントロールが容易になる、などが考えられるでしょうか。

 今黎明期の小規模ワイナリーの多くが、経営安定とワイン品質向上を両立し、将来的には多様性と個性に富んだ日本ワイン地図が描かれることを願っています。


最後に、近い将来日本ワイン産業に起こるかもしれない出来事について。

 新型コロナウイルスの影響で倒産するワイナリーが出てきても不思議ではないと見ています。ここ最近はそれが心配でなりません。
 コロナの影響で少なくとも短期的・全体的には売上減が必定でしょうから、現状で借金や買掛金が大きくキャッシュの留保が少ない会社があるとすれば非常に厳しいのではないでしょうか。

 先に挙げたような不安材料が複合的に産業内部に横たわっているため、コロナ問題勃発以前から日本ワイン産業のある意味での「バブル崩壊」を懸念・予言する声は聞かれていました。いずれ日本ワインの産業成長が踊り場を迎え、ある程度のワイナリーが倒産や撤退を余儀なくされるのではないかという論調です。その引き金が新型コロナウイルスになるのかもしれません。

 もしそのような事態が起こるとすれば、要因や背景は多少違うものの、1994年の酒税法改正(=規制緩和)に端を発する地ビール産業の勃興と2000年頃からの衰退という一連の出来事の焼き直しを見るようにも思えます。
 ご存知の通り、一時衰退した地ビール産業はいつしかクラフトビール産業と呼ばれるようになり見事な復活を遂げます。およそ10年の時を経て地方のお土産ビールからファッション性の高いアルコール飲料に転生しました。

 世界的なムーブメントとしてのクラフトブームが現在までの活況を後押ししてきたことは間違いないでしょう。しかし成功の礎は、各ブルワリーさんが不遇の10年間品質向上への努力や探究を怠らなかったこと、何とかビールを売り続けて後進のための道を守り創ったことであり、その忍耐とクラフト愛で為し得た結果と言えるのではないでしょうか。

 もしコロナ問題が引き金となって日本ワイン産業に苦難の時代が訪れるならば、そして日本のクラフトビール産業の過去に学ぶのなら、ここからが日本ワイン産業の次なる成長に向けた正念場かもしれません。そのカギを握るのは現在小規模で赤字のワイナリーであるような気がしてなりません。

 日本ワインへの援護射撃として我々消費者側に出来ることはただ日本ワインを愛し、飲み続けることだけかもしれません。それでも、その小さな日本ワイン愛が10年続けば、未来は明るいと信じたいのですね。


今晩も日本ワインで、さんて!

じんわり

引用:
国税庁 「国内製造ワインの概況」(平成27~30年度調査分)
国税庁「果実酒製造業の概況」(平成20年度、平成21年度、26年度調査分)
国税庁 「酒のしおり」(平成31年3月)
メルシャン株式会社 「日本ワインに関するアンケート調査」 2017,2019
国税庁 平成28、29年度分 「会社標本調査」
農林水産省 平成26年度 「食料・農業・農村白書」
山梨ワイン産地確立推進会議 「山梨ワイン産地確立推進計画」
緩鹿、清水 「ワイン原料ブドウ産地の維持に関わる行政の役割」 2017
農林水産省 平成20~29年産 「特産果樹生産動態等調査」
OIV 「State of the Vitiviniculture World Market」 2018
国立社会保障・人口問題研究所 「日本の将来推計人口(平成29推計)」
農水省 webサイト 「和食に対する世界からの注目」
日本総合研究所 「山梨県における醸造ぶどう栽培のスマート農業一貫体系の実証」

関連稿: 

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