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"発酵"をテーマに茶事をやってみた

先日、一風変わった試みとして「発酵」をテーマにして茶事(ちゃじ)という4時間のフルコースもてなしをやってみました。
なかなかにご好評も頂けたので、自身の記録も兼ねてまとめておきます。

※茶の湯を学び始めて4年ばかりの若輩者ですので、説明や内容に色々と未熟な点などもあるかと思いますが、どうぞご笑納ください。

茶事(ちゃじ)とは?

茶の湯における正式なもてなしの場で、お菓子とお茶だけでなく料理(懐石)やお酒まで出ます。炭を直したりといった小イベントも挟みつつの4時間コース!亭主(ホスト)が自ら設定したテーマに沿った様々な趣向により「マイワールドにようこそ」とばかりに客を独自の世界観にいざなう面もあります。例えるなら、漫画『呪術廻戦』の領域展開みたいなものでしょうか。
※もちろんバトルはしませんし、むしろ「客と一緒に場を作り上げる」点は真逆ですけれども。

発酵と茶の湯

さて、冒頭の通りに今回は茶事のテーマを「発酵」としました。それはなぜか?について触れておきます。

日本人の食においては味噌や漬物など多様な発酵食品に日々お世話になっていますが、その点から言えば発酵とは「微生物の働きで素材が分解/熟成されて新たな味わいを生み出す」といったもの、端的に言えば「発酵=分解と創造」です。

僕の祖父は落ち葉で堆肥造りをしていましたが、発酵により分解された落ち葉は畑や植木の栄養となるだけでなく、常にホカホカ温かくてカブトムシの幼虫など多様な生物の住処でもありました。子供ながらに発酵という現象に対し「生命的な豊かさ」と感じたのを覚えています。

近年、様々な文脈で「クリエイティブであれ」と言われますが、いきなり生み出すことを要求されてもかなりツラいものがあります。例えるなら、やせた畑から今すぐ高品質かつ大量の作物を収穫しろ、と言われているようなものです。良い作物を育てるにはきちんと土づくりがされた豊かな土壌の畑が必要であるように、良きクリエイティブをしていくためにはまずその源である心が豊かである必要があるのではないか、その意味では「心」を発酵させるべきではないか。普段の固定概念や凝り固まった考えを一度解きほぐし、そこから新たに立ち上がるものを歓迎して受け入れることのできる心境が大事だと思っています。

そしてこの「心が発酵している」という感覚は、僕が茶室においてしばしば感じるものでもあります。そのような文脈で、僕にとって発酵と茶の湯は繋がっているのです。

実際にやってみたこと

上記を踏まえ、「食を通じて口と身体で味わう発酵」「心で感じる発酵」の2つを軸にして行ったのが今回の茶事となります。

それでは、どのようなものだったかについて述べていきましょう。

床の間:発酵をテーマにAIが描いた絵

茶席において、床の間とは亭主の想いやその場のテーマを表す最も重要な場所です。通常であれば禅語の書などを掛けたりしますが、今回は僕の想いがわかりやすく伝わるような絵が良いなと思いました。しかし、あいにくそういったものを持っておらず・・・。

というわけで、画像生成AIに描いてもらいました。

Leonardo.Ai 作の絵と藍染生地の掛軸

様々な加工や調整のしやすい Leonardo.Ai にて作成。プロンプト(AIへの指示文)としては、書籍『メタファーとしての発酵』をヒントに「メタファーとしての発酵を表す、中国の墨絵のようなもの」といった内容で色々と試しました。
その中から、「普段の固定概念や凝り固まった考えを一度解きほぐし、そこから新たに立ち上がるもの」を示す一枚としてこちらを選び、ME-Qにて色紙印刷しました。

※絵の左上にある落款(作者の署名や押印)もAIが勝手につけたものです。おそらくは存在しない名前がそれっぽく描かれているだけ。面白いですね。

なお、色紙をかけた掛軸の生地は阿波の藍染(あいぞめ)です。藍も発酵させて染めるものということで今回のテーマに合わせてみました。

料理(懐石):発酵てんこ盛り

茶事の料理は懐石料理となります。茶事の内容や行う時期/時間帯によって様々なスタイルがあるのですが、今回は欝陶しい梅雨の時期にサラリとやろうという趣向の「伏傘(ふせがさ)」の形式をベースにしました。

なお、今回は一般的な食材以外は全て、僕的ダントツ三つ星店である下北沢の発酵デパートメントさんの商品をふんだんに使わせて頂きました(いつもお世話になってます!)。

ざっくりした構成としては、

・梅雨の時期にサッパリと頂けるように心地よい酸味を意識したお膳。
・出汁を意識したアッサリかつ素材を活かした汁。
・しょっぱ旨味をご飯と召し上がって頂く焼物と香物(漬け物)。

となっております。

さて、まずは最初のお膳です。
※実際は折敷(おしき)と呼びますが、耳慣れない言葉なので「お膳」とさせて頂きます。

伏傘では流れを簡略にするため、汁を客に預けてご自身でよそって頂きます。
飯碗に汁椀を重ねるこの形が「伏傘」の由来。
汁椀を右側に置いて、汁と酒を注いだ状態。ご飯の盛りも通常より多め。

汁:すんきとキノコ(昆布出汁)

昆布の出汁にすんき、しめじ、エリンギ、そして塩のみ

前述の発酵デパートメントさんの発酵スープサブスクで教わって作ってみた「すんき」という木曽の無塩発酵の漬物(カブの葉)のスープがとても良かったので、それをアレンジさせて頂きました。
昆布は同店の羅臼昆布で出汁をとり、すんきの酸味をしめじとエリンギの旨味で受け止めならがあっさり頂ける汁に仕上げました。

向付:小鯛の笹漬け(福井 上杉商店)

小鯛の身の旨味が素直に引き出された逸品!

茶事の懐石では向付(むこうづけ)という酒の肴的なものを最初の膳でお出しします。鯛の昆布締めなどを使ったりしますが、今回は僕自身も大好きな上杉商店さんの手作り感あふれる小鯛の笹漬け。小鯛の魅力あふれる酢漬けです。

正直、そのままで十分美味しいのですが、ここに
三河精進 白だし
純米 にごり酢
を1:1で合わせたものをかけ、植物系の旨味を加えつつサッパリと仕上げました。

この組み合わせは、ノンオイルドレッシングとしても愛用してます。

酒:にいだのごさん(仁井田本家)

蒸し暑い時期(つまり今)飲むのに最高の日本酒です!

茶事の懐石では日本酒が出ます。そしてもちろん、あらゆるお酒はアルコール発酵から生まれた発酵食品です。
今回お出ししたのは、誤算から生まれた5酸のお酒、「にいだのごさん」。爽やかでキレのある酸と甘やかな味わいで、レモネードのように飲みやすい日本酒。これをすんきの汁や笹漬けの酸味と合わせて頂く趣向としました。

煮物椀(2つ目の汁):鶏むね肉とアスパラ(かつお出汁)

かつお出汁にたゆたうアスパラの緑が薫り、鶏むね肉のシンプル旨味が沁みる。

こちらもすんきの汁と同様、発酵デパートメントさんの発酵スープサブスクで教わって作ってみたもの。すんきの汁の昆布に対し、こちらはかつお節で出汁をとっています。懐石はもっぱら昆布を使う印象ですが、やはり和食の2大巨頭としてかつお節も是非使いたかった。

何より、今回使ったカネサのかつおぶしはカビ付けをして熟成させた「本枯節」を気軽に使えるパックにしたというありがたいもの。そう、この一品に使っている発酵食品とは「かつおぶし」なのです。今回かなり煮出して絞りましたが、臭みなど全然ない柔らかで豊かな旨味の出汁がとれました。
さすが本枯節!

焼物:ブリの三五八漬け

ほのかに漂う甘旨い麹の香と染み込んだ塩味、そしてブリの落ち着いた旨味!

焼物としては、一夜漬けの素 三五八(さごはち)に半日ほど付けたブリの切り身をお出ししました。三五八とは塩3:麹5:飯米8の割合で混ざった漬け床で、これをまぶして少し付けておけば、野菜・魚・肉なんでも柔らかくて味わい深くなってしまいます。野菜の皮とかも一晩で美味しい浅漬けに変身!捨てる部分がほぼ無くなります。

香物:上澤梅太郎商店のたまり漬けを中心に盛り合わせ

まさにご飯の友の玉手箱

茶事の懐石のシメには香物(こうのもの、要は漬物)がつきものです。なぜなら、食べ終わった後に使ったお椀にお湯を入れて漬物(たくあん)をヘラ代わりにしてキレイにするということをするためです。
(これは禅宗のお坊さんの食事作法を元にしています)

実は伏傘の場合、手順を簡略化するために焼物と香物を同じ器で一度に出したりします。が、今回はあまりにも食べて頂きたい美味しい漬物がたくさんあったため手持ちの一皿に盛り切れず、分けてお出ししました。

ちなみに、伏傘の場合は飯次(めしつぎ:おかわり用のご飯入れ)も省略するのですが、ご飯にとって最高の友がこれだけあるのにご飯が足りないとかあり得ないだろうということで、ご飯をたっぷりと盛った飯次も一緒にお出ししています。

今回の漬物は5種を十の字のように盛ってみました。全て発酵デパートメントさんで求めたものです。

  • 左:たくあんの古漬け(しっかり乳酸発酵した深み)

  • 右:奈良のフキの漬物(フキの歯ごたえと風味がしっかり!)

  • 上:らっきょう たまり漬け(もはや果物!!らっきょうの新次元)

  • 中:ふきのとう たまり漬け(春の苦味と恵みに、ただただため息)

  • 下:しいたけ たまり漬け(噛み締めるほどに旨味がほとばしる)

縦に並んだ3種のたまり漬けは上澤梅太郎商店さんのもの。上澤さんのお漬物盛り合わせランチを発酵デパートメントさんで頂いた際にまさに「口福」を感じ、それを茶事の懐石に組み込んでみたものです。

実際、大好評で皆様ご飯をパクパクと召し上がられ、「久しぶりに心からご飯を美味しいと思った」と嬉しいお言葉も頂きました。

懐石は以上となります。

ここで、湯を沸かす炭を注ぐ「炭点前(すみでまえ)」というものをしまして前半戦が終了という感じ。

ここからいよいよ、お茶を点ててお出しする後半戦に突入です。

主菓子:あん食パン(明壽庵)

お茶を点てる際は、まずお菓子を先にお出しします。
茶事の際は「濃茶(こいちゃ)」という非常に濃厚なお茶がメインディッシュとなります。コーヒーで言うエスプレッソと言いますか、風味と味わいの豊かさと口当たりからするとカレーのようなものと言いますか、とにかく美味しさもパンチもあるものです。
そういったお茶の前にお出しするお菓子はやはり味わいがしっかりしてボリュームもある、和菓子屋さんの「上生菓子」が定番となります。

が、今回はテーマが「発酵」ということで、東京都の北区王子にある明壽庵(めいじゅあん)さんの看板商品である「あん食パン」を選びました。

柔らかで深みのある味わい。まるでご飯のように心身になじむパンです。

こちらの店名は王子の地で明治・大正から続く老舗3社、

 パンの明治堂(明) ・ 久壽餅の石鍋商店(壽) ・ 餡の王子製餡所(庵)

に由来しています。石鍋商店の2年熟成させた小麦デンプンをパンの発酵種に使っており、歴史と新しさの詰まった「発酵食品」です。

思えばお茶という飲み物、そして茶の湯における禅の精神や文化的な部分も全て、中国由来のものです。海外のものを日本に取り込んで再解釈し完全に独自のものにしてしまった、という点においても、茶の湯とあんパンというのは同じ系譜上にある気がします。そしてその根底にあるのは、「分解と創造」からなる発酵の精神でもあるかなと感じています。

茶花

主菓子の後は中立(なかだち:休憩)を挟み、床の間の内容を掛け軸から花に入れ替えます。

今回は季節の花が色々と手に入ったので

・紫陽花(あじさい)
・半夏生(はんげしょう)
・蛍袋(ほたるぶくろ)
・破れ傘(やぶれがさ)
・金糸梅(きんしばい)

と5種入れさせて頂きました。

蒸し暑い梅雨の時期としてはもっと少なくさらりと入れた方が清涼感が出て良いのかもしれませんが、色々な微生物が関係しあって一体を成すというのが発酵ですし、茶室でも「一座建立」などといって皆で場を作り上げるというスタンスは同じです。僭越ながらその想いも込めさせて頂きました。

濃茶

いよいよ茶事のメインとなる濃茶(こいちゃ)です。
たっぷりのお抹茶に対して、比較的少なめのお湯で練り上げていきます。

ここでは皆が無言となり、聞こえるのはシャッシャッという茶筅(ちゃせん)の音や湯が沸いたり流れたりする自然音のみです。
心地よい緊張感と静けさの中、無心に心を込めるように濃茶を練ります。
僕自身、とっても好きなひと時です。

濃茶をお出ししてお飲み頂くときはいつも「うまく練れたかなあ」とドキドキしますが、「大変美味しいです!」と素直に言って頂けたのが何より嬉しかったです。

干菓子:甘酒せんべい ふるめんと

お米の形をした、ほんのりした甘さと深みのあるお菓子。

メインの山場である濃茶が済むと、亭主も客もリラックスして「まあ最後にもう一服どうぞ」ということで薄茶(一般的なイメージの、薄めのお茶)を点てます。
しかし、お茶の前にはお菓子がつきものですので、ここでも干菓子(ひがし)と呼ばれる水気のないもの(落雁や砂糖菓子など)をまずお出しします。
今回の干菓子は、田中屋せんべい総本家さんの「甘酒せんべい ふるめんと」。自家製の麹による甘酒で作られた、砂糖不使用の甘いお煎餅です。

優しい甘さと噛むほどに広がる深みのある、ほっとするような味わい。発酵というテーマに沿うのはもちろんのこと、終盤にふさわしいものとして使わせて頂きました。

皆様にも喜んで頂き、和やかな時間での薄茶と共に、無事に茶事は終了致しました。

まとめ:「発酵」茶事を振り返って

食としても現象としても「発酵」が好きな身としては、同じく好きな茶の湯と組み合わせた茶事をやってみたいと1年ほど前からなんとなく考えてきました。それが今回実現し、そしてお越しくださったお客様にも楽しんで頂けたことを何より嬉しく思います。

多分に実験的な試みも含んだものでもありましたが、「発酵」という視点で茶の湯を見つめたことで新たに感じられたことも非常に多く、とても実り大き茶事でした。
実現にあたってお世話になった方々に心より御礼申し上げます。

最後に1つエピソードをご紹介しつつの締めとさせて頂きます。

今回の茶事の買い出しに発酵デパートメントさんに赴いた際、ちょうど上澤梅太郎商店さんの催事中で、上澤佑基さんがいらしていて感激!少しですがお話もさせて頂きました。

※発酵デパートメントのオーナー、小倉ヒラクさんのラジオ番組「ただいま発酵中」の上澤さんゲスト回もとても熱くて深くて面白いので是非!

【#128】地域名産品への道と美味しさへの譲れないこだわりとは?「たまり」の中に、 野菜を、らっきょうを、漬ける。日光みその「たまり漬け」といえば上澤梅太郎商店!

【#129】伝統を引き継ぎつつ、現代の文脈でリデザインされた「らっきょう」。ワ、ワインとペアリングが最高!?|ゲスト・上澤佑基さん回<2>

【#130】つけ物のフロンティアは酸味?発酵の起源は、酒とつけ物にある。インドや日本の無塩乳酸発酵。|ゲスト・上澤佑基さん回<3>

上澤さんのお言葉で特に印象に残ったのが「漬物って旬と真逆の考え方なんですよ」というもの。つまり、ある季節のものをいかに保存して別の時期に美味しく頂くか、を考えているのが漬物だという主旨です。なるほどー、といたく感銘を受けました。

振り返ると、茶の湯では非常に季節感を大事にします。茶事の懐石でも旬の素材を使いますし、床の間の茶花も季節によって変化していきます。その観点からすると保存食の意味合いが強い発酵食品を今回のように茶事に多用するのはちょっと違うんじゃないか?という考え方もできるかと思います。

ですが、僕は上澤さんのお話を伺った時に、むしろ漬物のスタンスと茶の湯における「歴史や経緯を愛でる」という感覚とはバッチリはまるなあと思ったんです。「長い時間と多くの人の手を経て、今ここにそれが存在するありがたさ」というものは茶の湯にはあふれています。お道具はもちろん、作法や所作も機能美と様式美を求めて先人が練り上げてきたものですし、数百年前から今に至るまで茶の湯が楽しめるのはそれに関わる人々の繋がりあってこそです。
そして、そういった連綿とした時間的な繋がりがあるからこそ今がある。毎年巡る季節があるからこそ今年の旬を感じられる。旬があるから漬物があり、逆もまた然り。旬と漬物は真逆の発想でありつつ、表裏一体でもあるのかなと思います。そして、茶の湯はそのいずれも内包しているんだなあと改めて感じました。

多くの学びがあった今回の茶事、「やって良かったな」というのが一番大きな感想です。
また是非、こういった試みをしていきたいなと思います。

好き勝手なことを気ままに書いてるだけですが、頂いたサポートは何かしら世に対するアウトプットに変えて、「恩送り」の精神で社会に還流させて頂こうと思っています。