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ナチュラルワインの香りと醸造工程 #4

ナチュラルワインと呼ばれるワインには、クラシックなワインとは異なる特有の香りがあります。好ましいと感じるものもあれば、そうでないものもあると思います。

今回は、その特有な香りがどのようにして生まれるのかを、「醸造」を軸にまとめようと思います。

私は醸造家ではありませんので、一つの参考としてお読みいただければと思います。本記事は、マスター・オブ・ワイン(MW)や醸造家さんの著作を参考にまとめたものになります。


0.ナチュラルワインの醸造工程

まずは、ナチュラルワインの醸造工程と、クラシックなワインの醸造工程を大雑把にまとめます。大橋健一MWの著書、「自然派ワイン」を参考に、大きな違いとなる工程に焦点を当て、以下の表を作成しました。

※「自然派ワイン」は少し古い本で、特にフィリップ・パカレの醸造工程を参考に書かれています。

ナチュラルワインの醸造工程と、クラシックなワインの醸造工程 大橋健一MW - 「自然派ワイン」 を参考に筆者が作成

表の通り、大きな差異となる工程は以下のとおりです。

  1. 亜硫酸を使用しない、もしくは添加量を大幅に下げる

  2. 天然酵母での発酵を行う(培養酵母を用いない)

  3. 熟成中、澱との接触を積極的に行うことも多い

  4. 清澄する場合も穏やかな方法で行う

情報が少なく、何か特別な醸造をしているように思われがちなナチュラルワインも、それほどクラシックなワインと異なることをしている訳ではないことが分かると思います。むしろ、各工程を控えめに行っているだけだと解釈することも出来ると思います。

以下では、上の4つの違いがワインにもたらす影響について書いていきます。

1.ナチュラルワインと「亜硫酸」、その影響

亜硫酸無添加や、添加量を下げることは、もはやナチュラルワインの代名詞と言っても過言ではないでしょう。しかし、なぜそうするかはほとんど知られていません。

「亜硫酸無添加だと頭痛がしない」等の健康系の話や、無添加をありがたがる天然信仰はよく耳にしますが、それはマーケティングの要素が強く、あまり本質的ではありません。以降では、より本質的な亜硫酸がワインの香りや味わいに与える影響に焦点を当てていきます。

1.0.亜硫酸がワインに与える影響

ワインに亜硫酸を添加することで以下の影響があります。

  1. ワイン(及びその前の果汁)に含まれる菌類の活動を妨げる

  2. ワインを酸化から保護する

  3. ワインの香りと味わいを固くする

以下、順番にその効果について詳しく書いていきます。

1.1.ワインに含まれる菌類の活動を妨げる

ワインの元となるブドウ果汁には、畑やワイナリーの設備(樽など)で付着した様々な菌類が存在してます。例えば、アルコール発酵を担う酵母や、ワインをビネガーに変えてしまう酢酸菌などです。

亜硫酸を果汁に添加すれば、それらの菌類の数を減らすことができます。菌類を減らした後に、アルコール発酵用の酵母を添加することで、望まない菌類の活動を抑えて、狙ったワインの醸造ができるようになるのです。

逆に、添加を行わなければ、様々な菌類が活動を行うことになります。その菌類がナチュラルワインに特有な香りを生むわけです。
以下では、ナチュラルワインによく見られる菌類由来の香りを挙げていきます。

1.1.1.天然酵母由来の香り

ここでは、酵母の中でもアルコール発酵を行う酵母を指して天然酵母と表記します。天然酵母については、長くなるため次章で記載します。

1.1.2.揮発酸(VA)

揮発酸(VA)というものは、様々な種類があるそうですが、ワインのテイスティングでこの言葉を用いる場合は、酢酸菌による発酵でもたらされた香りを指します。少しツンとする、お酢のような香りです。

酢酸菌の働きにより発酵や熟成の過程で酢酸が過剰に生成すると、前述のようにワインの仕上がりに大きなダメージを与える。 不思議なことに酢酸由来のヴィネガー臭ではなく、除光液やシンナーのような、 もっと鼻をつくにおいを帯びるようになるのだ。これは、酢酸の一部が酢酸よりも強いにおいを持つ酢酸エチルに変わるためだ。

デヴィッド・バードMW - イギリス王立化学会の科学者が教えるワイン学入門

こう書くと悪い印象ばかり先行してしまいそうですが、私はこの香りをあまり不快と感じませんし、適量なら好ましいと思うことのほうが多いです。それは瓶内熟成でポジティブな作用が働いているからなのかもしれません。(先程の引用の続きです)

しかし同じ反応が瓶内熟成の過程で起こると、 酢酸エチルはフルーティーな香りを呈してワインのブーケを華やかにしてくれる。

デヴィッド・バードMW - イギリス王立化学会の科学者が教えるワイン学入門

自然派ワインしか飲まないと豪語する、異端のMW・イザベル・レジュロンの見解は以下の通りです。

すべてはコンテクストによる。高レベルの揮発酸が含まれるワインでも、たとえば、それを背後で支えるだけの濃厚なアロマがあれば、完璧にバランスの取れた味になる。

イザベル・レジュロンMW - 自然派ワイン入門

1.1.3.ブレット

ブレット (brett)は、「動物っぽい」「農場っぽい」「馬小屋」などと表現される香りです。セスブルクセレンシス (Brettanomyces bruxellensis)という酵母 が関与していることから、こう呼ばれるようになったそうです。

動物っぽいというのは、普通は褒め言葉ではないかもしれませんが、シャトーヌフ・デュ・パプを代表するシャトー・ド・ボーカステルのワインにはこの成分が多く含まれ、複雑味に貢献していると言われています。これもまた、分量やバランスによってはポジティブな効果を生む可能性があります。

「とくに有名な一九八九年物と一九九〇年物を送ったんです」とコリンズは振り返る。「その二本が、ボーカステルの素晴らしさを体現していると思いましたから」。(中略)
はたして結果は? コリンズによれば、「どちらのワインにも、紛れもなくかなりの量のブレタノミセスが混入していた」という。

ジェイミー・グッド - 新しいワインの科学

1.1.4.ネズミ臭(豆)

ネズミ臭は、日本では「豆(臭)」と呼ばれていることが多いです。そう言われる通り、豆のような香りです。乳酸菌の一種により生成される香りだそうです。

日本でも歓迎されているものではないですが、ネズミ臭なんて名付けている欧米人に比べれば、まだ寛容な様子が伺えます。豆という食べ物の香りですが、オフフレーバー扱いされる頻度が高いものです。

実際、余韻がこの香りに支配されると、他の香りが分からなくなるので、デメリットが大きく、メリットもほとんどありません。上の3つとは異なり、純粋なマイナス要素で有ることが多いです。


以上、「菌類由来のワインの香り」についてまとめました。これらは、一つ一つが尖ってしまえばオフフレーバーとして扱われることもある香りですが、バランスさえ良ければ、逆に複雑性を高める可能性を秘めています。

料理の話に置き換えると見ると分かり易いかもしれません。
パテ・ド・カンパーニュに野性味を感じる内蔵やジビエの肉が入っていたらより美味しく感じるし、ラーメンにお酢を少し入れるのも定番の「味変」ですよね。スープの滋味を残すために、あまり神経質に灰汁を取りすぎないようにするという話もあります。

亜硫酸添加の影響の1「菌類の活動を妨げる」の説明は以上です。

1.2.ワインを酸化から保護する

亜硫酸添加の影響の2つ目に移ります。

亜硫酸は成分表示上、「酸化防止剤」とも書かれることから、酸化防止効果があります。醸造の様々なタイミングで添加され、その効果を発揮します。効果は永続的なものではなく、徐々に失われていくため、各工程で徐々に足されていきます。

ナチュラルワインの醸造では、全く添加しないか、瓶詰め時に少量を添加するケースが多いようです。では、酸化防止剤を添加していないナチュラルワインは酸化しているのでしょうか?

私は、意図的に酸化熟成をさせているもの以外、酸化臭がきついナチュラルワインを飲んだことがありません。
ナチュラルワインの醸造工程では、ワインを酸化から保護する方法が採用されることが多く、意図せざる酸化臭が出ることは少ないようです。(全房発酵やMC法、「澱引きを行わないこと」は還元的な状態をもたらします。)

よって、酸化防止効果については、どちらかと言うと瓶詰め後の品質維持、保存性に関する効果が重要になってくると思います。この記事では、以下の興味深い話を引用するのみとします。

スロベニア・イタリア国境の自然派ワイン生産者、サシャ・ラディコン。 父親は、 近年になって地域で初めて亜硫酸塩無添加のワインを造った生産者の一人だ。 「1999年から2002年まで、 私たちは同じワインのつのバージョンを造りました。 1つには1リットル当たり25ミリグラム (の亜硫酸塩)を加え、もう1つは無添加で造りました。 前者のワインはアロマの発達において1年半の遅れが見られました。 毎年、 両方を業界人たちに披露したところ、 99%に高い評価を受けたのは、無添加の方でした。 ワインは完璧な速さで成長するために酸素を必要としますから、これはある意味では当然の結果です。 さらに、 瓶詰めの2年後には、1リットル当たり25ミリグラムを添加したワインからも二酸化硫黄はまったく検出されませんでした。 だから、わざわざ添加する必要はないのではないかと思わずにはいられません。

イザベル・レジュロンMW - 自然派ワイン入門

亜硫酸の添加により、ネガティブに考えれば熟成が遅れたとも言えますが、ポジティブに考えれば保存期間が長くなったととも言えます。一長一短なのかもしれません。

1.3.ワインの香りと味わいを固くする

亜硫酸添加の影響の3つ目に移ります。

亜硫酸の添加により、ワインの香りと味わいは固くなります。まさに読んで字の如くの効果です。どちらも好ましい影響ではなく、単純に副作用といっていいでしょう。

欠点は、二酸化硫黄によって果実味が失われたり、赤ワインの色調が薄くなったりすることだ。ただし、これらの問題は部分的ではあるが、時間が解決してくれる。時間がたつうちに遊離型の二酸化硫黄の濃度が低くなるため、色調も果実味もいくらか回復するのだ。こうした性質を持つことから、経験と知識のある醸造家は各工程で二酸化硫黄を注意深く利用している。

デヴィッド・バードMW - イギリス王立化学会の科学者が教えるワイン学入門

逆に亜硫酸の添加を避けたナチュラルワインは、この副作用を免れることができます。故にナチュラルワインは柔らかく、飲みやすいと言われます。無添加でナチュラルだから飲みやすいのではなく、亜硫酸の添加が少ないから飲みやすいんです。

個人的には最も重要な効果だと思うのですが、なぜかこの効果を理解して強調する人がいないんですよね。

この「飲みやすさ」について、自然派ワインの醸造家・大岡弘武さんの言葉に非常に共感したので引用させていただきます。

私が亜硫酸を入れない理由は、単純に、ワインづくりに成功した場合、その方がおいしいからです。まずワインが柔らかいです。ジュースのようです。「飲みやすい」というのは飲み物にとって最高の褒め言葉なんです。

大岡弘武のワインづくり - 自然派ワインと風土と農業と

2.ナチュラルワインと「天然酵母」、その影響

すごく長くなってしまいましたが、前章でスキップした天然酵母に関するお話です。ブレットの原因物質も天然酵母の一種なのですが、ややこしいのでアルコール発酵を行う酵母を指して酵母と呼びます。

酵母のうち、サッカロマイセス・セレビシエという種類が主にアルコール発酵を行います。これは天然酵母でも培養酵母でも変わりありません。

天然酵母は、その名の通り畑やブドウの果皮、ワイナリーの設備に自生していた言わば野生の酵母郡です。畑によって変わるのはもちろん、その年の気候によってすら酵母郡の中の勢力図は異なります。ざっくり言ってしまえば、天然のブレンド酵母です。(中には、ワインの発酵をすると思っていなかった、日本酒を得意とする酵母すら紛れているかもしれません。)

培養酵母は、名前から人工的なニュアンスを感じますが、元は天然酵母だったものの中から、好ましい酵母を選抜して培養したものです。言わばエリートの単一品種です。

培養酵母を使えば確実に狙った香り・味のアルコール発酵をになり、天然酵母で発酵を行えば、自然任せの成り行きのアルコール発酵となります。天然酵母の方が酵母の種類が多い分、より複雑な風味を形成すると言われたりもしますが、なにせ種類が多く、偶発的なものであるため、科学的に証明されることはないと思います。

何となく、天然酵母の方がありがたい気がしますが、培養酵母も好ましい香味を生むとエリート酵母なのですから、甲乙つけるようなものではないでしょう。

少し話は変わりますが、日本酒は日本酒協会が培養した「協会酵母」などの培養酵母を使って醸造されることが多いですよね。ワインではほとんど見たことがありませんが、情報開示が当たり前のように行われています。日本酒は完全に門外漢ですが、一桁番台の協会酵母と、一千番台の協会酵母でできた酒では驚くほど香りが異なると感じます。

天然か培養かのみならず、より広く酵母に関する情報が開示されたらワインはもっと面白いと思います。以下のような説明を見ると、酵母違いのワインのティスティングをしてみたくなりませんか?

BM45[※] -イタリアの分離株でサンジョヴェーゼに推奨される。 酸度を高め、アストリンジェンシー (渋味などの収れん味)を抑え、口内の感触をすばらしいものにする……。 果物のジャム、 バラの花びら、サクランボのリキュールのアロマと、甘いスパイス、リコリス、 それにヒマラヤスギのノート (香り) をもたらす。 伝統的なイタリアワインのスタイルを作り出すのに最適。
CY3079 [※] - いわゆるクラシックなブルゴーニュの白。 フローラルなノート、 新鮮なバター、トーストしたパン、ハチミツ、ヘーゼルナッツ、アーモンド、それにパイナップル・・・・・・豊満な口当たり。
※ BM45・CY3079はともに培養酵母メーカーの製品名

イザベル・レジュロンMW - 自然派ワイン入門

3.ナチュラルワインと「澱」、その影響

アルコール発酵によってできたワインは、その後熟成されます。通常のクラシックなワインでは、熟成期間中に何回か澱引きを行いますが、ナチュラルワインでは、それを控えるケースが多いです。その結果、ワインは澱とより濃密に触れ合うことになります。さらに、澱を撹拌(リーズ・ステアリング)を行うことで、より多くの接触を試みる例もあります。

ワインの澱の一部は、酵母の死骸です。タンパク質を含み、それは熟成の過程でアミノ酸に変化し、ワインに触れることで溶け込んでいきます。その結果、ワインには濃厚な感触と、味覚としての旨味、パンやパン生地のような酵母の香りが付きます。

折撹拌は、クラシックなワインでも行われる工程ですが、ナチュラルワインでは澱引きを控える分、酸素にふれる機会が減り、ワインが還元的な状態になりやすくなります。還元状態では還元臭というオフフレーバーが発生しますが、撹拌により酸素を供給することで、それを抑えることも出来るため、この作業は相性が良いようです。

また、天然酵母による発酵では完全発酵しきらず、多少残糖がある場合には、糖と澱がアミノ・カルボニル反応を起こし、シャンパーニュに見られるような、香ばしいトーストやビスケットのような香りが生み出されることがあります。樽熟成をしていないのに香ばしいニュアンスを感じることがあれば、この効果によるものかもしれません。

4.ナチュラルワインと「清澄・濾過」、その影響

通常のクラシックなワインは、瓶詰め前に清澄・濾過を行います。清澄剤を使い、除去したい成分を凝固・沈殿させ、取り除いたり、フィルターを使ってさらに細かい物質を除去したりします。

除去するものは、物理的な濁りであったり、瓶詰め後に発酵を再開しかねない菌類だったりします。この工程により、ワインはクリアな外観になり、瓶詰め後の望まない変化を予防することができます。

反面、ナチュラルワインではこれらの工程を積極的に行わないません。不干渉主義な考え方のみならず、フィルターをかければ除去したい成分以外の成分も、少なからず除去してしまうからです。濁って見えたり、再発酵のリスクがあっても、それを残そうとしているのです。

では彼らは、ワインをそのような外観にしてまでも (人によっては飲んだ時の触感も気にするかもしれません)、単に自然派的な印象を重んじるためだけに清澄剤を使用しないのでしょうか。
その答えはとても簡単です。 それは、 そこには別の明確な理由が存在しているのです。 清澄剤の使用は微細に渡って綿密にコントロールされない限り、 本来必要とされるエキス分までをも除去してしまうからなのです。

大橋健一MW - 自然派ワイン

5.終わりに

以上、ナチュラルワインの醸造を軸に、それによりもたらされる香り等についてまとめてみました。

このまとめを書いたのは、ナチュラルワインに関するテクニカルな情報があまりにも出回わっておらず、良きにつけ悪きにつけ、「どこか得体の知れない超自然的なもの」として扱われてしまっていると思ったからです。

ナチュラルワイン好きの方は、その雰囲気も含めて好きなのかもしれませんが、クラシックなワインに親しんできた私には、具体的に何をしているかを理解することでグッと距離が縮まりました。

この記事で、より多くの人にナチュラルワインを身近に感じてもらえたら嬉しいです。

※この記事は、前回の記事の続きです。

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