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トロントパブリックライブラリーに行った日

「図書館に行こうと思ってるんだけど一緒に行かない?」

友人からの誘いは突然だった。早めの夕飯を食べていた私は30分後にはストリートカーの停留所にいた。近所に住む友人はすでにそこで待っていた。地下鉄に乗り換えると、ちょうど午後5時半過ぎで仕事が終わった人たちの帰宅ラッシュに巻き込まれた。とはいえ、東京の平日の昼下がりの空いた電車程度の混み具合である。所々に空席もあるし、隣の人と肩が触れ合うこともない。トロントは大きな都市ではあるが、東京に住んでいた私には、人が多すぎず、過ごしやすい。そんな話を友人にしながら、駅の中を人の流れに沿って歩く。

図書館には以前少しだけ入ったことがあった。ドアを抜けるとホールのようになっていて、カフェと駅の改札みたいな入り口がある。以前入った時はその入り口で少し時間を過ごした。それだけだった。友人は、以前一度連れられてきて、すごく良くてびっくりしたから今度はちゃんと勉強しに来たかったんだと話しながらその改札みたいな入り口を通る。

目の前にエレベーターがあって、ちょうど来ていたそれに飛び乗る。エレベーターの奥は窓になっていて、図書館の様子が見えた。びっくりした。広い。しかも吹き抜けになっている。昔の近未来みたいなデザインのエレベーターに乗って5階まであがる。目の前が壁になっていて、しん……としていて、思わず友人と顔を見合わせて吹き出す。ドアがその間にも閉まっていく。慌ててひとつ下の階の4という数字を押す。ドアが開くとそこは書架で、その階で降りた。

真ん中が吹き抜けになっていて、オレンジに近い床と白い机がいいコントラストになっている。観光客のように周りを見ながら、空いている席を探す。ひとつ空いているテーブルがあったのでそこに落ち着いた。ふと顔を上げると見慣れた文字列が目に飛び込んだ。そこは外国書籍の棚で、日本語の本が並んでいた。主に小説などが、ちょうど一列ほどの書架に収まっている。好きな作家の名前も見かけ、ちょっと嬉しい気持ちになる。

友人が隣はイタリア語の本だねと言った。アルファベットで『I』と『J』は隣なのでイタリア語の本棚が日本語の本棚の隣にあった。イタリア語の棚には主に芸術や料理の本が並ぶ。友人はイタリア系移民だ。さまざまな言語の本が並ぶ棚を見ながら、ふと、英語とイタリア語以外に何か言葉を話すのかと尋ねた。移民の多いこの国ではバイリンガルはもちろん3つ4つ言葉を話す人も少なくない。

友人は、少し考えてから、知らないかもしれないけど、と前置きをして、自分のルーツがエリトリアという国にあること、その言葉を話すことを教えてくれた。私はその国の名前と位置を知っていた。なぜなら、カナダでエリトリアにルーツを持つ人に会うのは二人めだったからだ。エリトリアはエチオピアの隣、アフリカの北東にある小さな国だ。カナダにいると、さまざまな国からの人に出会う。相手の国のことをよく知らない、あるいは恥ずかしながら聞いたことがないということも時にある。エリトリアはそういう国のひとつだった。

図書館から帰って、エリトリアを検索する。名前と位置と国旗以外のことは何も知らなかったからだ。歴史の概要を読んでも高校の世界史を学んでいない私にはあまりピンとくるものはなかったのだが、カナダにいるとこうやって自分の知らない歴史や事柄をもっと学ばなければと思う場面が多くて、すごく視野が広がっていく感じがする。世界のことはもちろん、初めて会う日本人だよと言われることも多く、私の印象が日本人全体の印象に関わるから、気が引き締まるし、日本のこと、歴史や文化、地理なども学ばなければと思うことが多い。海外、特にこの多民族が暮らすトロントにいるのは、本当に刺激的な日々だ。

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