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ラッパーのショートショート『おにぎり地下帝国』

男は5年間もの間、地下帝国を探していた。年中無休起きている間は地下帝国に関するあらゆる文献やネット記事を読み、手がかりとなりそうな場所へ赴く。サラリーマン活動時代に貯めた貯金を食いつぶしながらなんとか5年間仕事をせずに生き延びてこれた。

サラリーマン活動時代の残業時間は月120時間をゆうに超え、死と隣り合わせになりながらお金を稼いでいた。そんなある日、4畳半のボロアパートで2度寝しているとインターホンが鳴った。玄関のドアを開けるとぴしっとしたスーツ姿の男が立っている。
「お忙しいところすみません。私ハッピーライフ株式会社の鬼霧と申します。こちら巣田馬さんのご自宅でお間違い無いでしょうか」
「はあ。。私すたばですけども。。」巣田馬は怪訝そうな顔をし、「営業でしたら結構です」ドアを閉めようとする。それでもお構いなしにスーツ姿の男は巣田馬をじっと見つめる。
「人生に絶望している方々に絶対に損することのない情報をお伝えに参りました。いかがでしょうか」鬼霧と名乗る男はにっこりと笑い、名刺を差し出す。
「損することないんです?」
「はい、得することはあっても損することはございません。5分ほどいただければ詳細をお伝えいたします」
しぶしぶといった顔で巣田馬は「じゃあ、話だけでも聞きますわ」と言って、名刺を受け取る。

話はこうだった。
戦後米国によるいくつもの改革がおこなわれたが、その中で秘密裏に進まれたプロジェクトがあった。その名も「裏帝国」。占領はいずれ終わることを予見していた当時の米国大統領が、占領が終わった後も日本の機密情報を入手できるように命令して作らせたのが裏帝国だった。「裏帝国」は地下奥深くに作られ、地上の電波を読み取り、本国へその情報を送る役割を担っていた。最初の10年間は米国の管理下にあったのだが、ある超大手建設会社が地下を掘っているときに裏帝国にたどり着いてしまい、大規模な国際問題になる前に米国側が撤退していった。その建設会社の会長は一代で財を成したが、子供の頃は貧乏だった。貧乏だった頃を忘れようと、働かなくても幸せになれる場所をその裏帝国の跡地に作った。そこはすべての人間が労働から解き放たれ、お金に困ることなく衣食住が提供され、世界中のあらゆる娯楽が楽しめる場所、とのことだった。人生に絶望している人たちへ幸せを掴み取る機会を与えるのがハッピーライフ株式会社、ということらしい。

「その地下帝国が存在する根拠ってあるんですか?」誰しもが疑いたくなる話だった。
「ご質問ありがとうございます。はい、この写真をご覧になってください」差し出された複数の写真にはある有名芸能人が派手なバーのような場所にいた。
「これは何ですか?」
「これらの芸能人の方々はある芸能活動を長期間休止されていましたよね。ほら、写真の中の時計をご覧ください。ちょうど芸能活動を休止されていた年と日にちです。執拗に追いかけ回しているマスコミでさえ、全く見つけられなかった彼らの活動休止中の写真なんです。なぜそのような写真を持っているのか?それは私達の地下帝国をご利用になられているからです。」
「確かにその有名人が突然いなくなったっていうのは記事で読みましたが。。」
「他にもこの方はどうでしょう?」差し出された写真には巣田馬の大好きな推しアイドルが映っていた。
「え、マテちゃん?マテちゃんも地下帝国に行ってるんですか?この前活動休止して、全くマスコミにもファンの間にも姿を表さなかったのに。地下帝国にいたんですか?」巣田馬は目を見開いた。

「はい、そうございます」

鬼霧と名乗る男は帰り際に「VIPの方は大金を払うことで地下帝国へいけますが、一般の方々は自分で探し当ててもらうことで地下帝国へ行くことができます。幸せを掴み取ってください」と言って部屋を出ていった。

その翌日、巣田場は仕事を辞め、地下帝国を探す旅へ出た。

それから5年、貯金は底をつきかけたが、ついに大きなヒントを得た巣田馬はあるコンビニエンスストアへ行った。そこはなんてことない普通のセブンイレブンだったのだが、大金を払い知り合った情報通によると、サケおにぎり、ツナマヨおにぎり、イカ飯おにぎり、目玉焼きおにぎり、ケバブおにぎりを購入し、イートインコーナーですべて食べると女性が隣に座って来るらしい。その女性におにぎりのレシートを見せるとコンビニのバックヤードに連れて行かれ、隠し扉を開けると地下帝国への階段が伸びているということだった。

巣田馬は情報通の言うとおりにおにぎりを買い、イートインでおにぎりを無我夢中になって食べる。すると、女性が隣に座ってきた。目を見開いた巣田馬は驚きを隠せなかったが、そろりとその女性にレシートを見せる。
そこからはあっという間だった。女性にバックヤード裏に連れて行かれ、一見普通のドアを開けるとそこには地下へ伸びる階段があった。無言の女性に目もくれず、巣田馬は階段を走りながら降りる。
1時間は経っただろうか。階段を降り続け、ついに地下帝国の入口まで来た。

「やっとだ。やっと、ラテちゃんに会える。やっと幸せになれる!」巣田馬は迷うことなく扉を開ける。

すると、そこは銭湯だった。
「あれ?」周りを見渡すが、そこは間違うことなく銭湯だった。数種類のお風呂からは湯気が立ち上り、誰もいなかったが、どこにでもある銭湯だった。イメージしていた楽園とはほど遠い場所だった。
「おい、これどういうことだよ!」巣田馬は涙を浮かべながら叫ぶ。

「巣田馬様、地下帝国へようこそ」その時、浴場へ場違いなスーツ姿の男が立っていた。あの鬼霧と名乗る男がそこにいた。
「あ、鬼霧さん。。」
「驚かれているのも無理ございません。地下帝国へ入るにはもう一つ段階があるのです」
「どういうことでしょうか?」
「これから一生地下帝国の楽園で過ごしていただくためには最後に約束を交わしていただかないといけません。」
「約束?」
「そうです。約束です。地下帝国は最新鋭の医療設備が整っておりますので高い確率で90歳までは生きていけるでしょう。残り60年以上の幸せを得てもらう代わりに、あと5年この地下帝国で働いてもらうことになります。」
「どういうことですか、5年間かけてここまで来たのに。。」
「5年間の労働と引き換えに残り約60年働かなくても良いのですよ?引き返したかったらいつでもどうぞ。ただしその扉を出ると一生地下帝国へは入れません」
巣田馬は拳を握りしめ、眉間にシワをよせる。震える手を見つめながら巣田馬は言った。
「5年間働けばそれ以降は地下帝国で働かずに人生を過ごせるんですよね?ラテちゃんにも会い放題なんですよね?」
「はい、左様でございます」
巣田馬は一呼吸おき、つぶやいた。「やります」
「かしこまりました。一つ注意事項ですが、この銭湯で5年間働いて頂く最中、一度も外を出てはなりませんし、お客様と会話をしてはいけません。生活すべてをこの施設内でしてもらいます。もしこの2つの約束を破った場合は、即刻地上へ戻ってもらい、一生帰って来ることはできません。ただそれ際守っていただければ、給料は出ないですが食事は3食出ますし、ある程度整った環境でお過ごしいただけます」鬼霧はにっこりと微笑む。
「さあ、お疲れでしょうし、温かいコーヒーでもどうですか?」差し出されたコーヒを巣田馬は飲む。
「ああ、なんだか眠くなってきました。。すみません。。」巣田馬は目を閉じ、銭湯の床に倒れた。


*


それから毎日巣田馬は銭湯業務を休むことなく続けた。5年後にやってくる楽園へ向けて、ラテちゃんと自由に会える日へ向けて、今までにないモチベーションで単純労働も必死にするようになった。


*


「鬼霧、今月の成績はどうだ?」
「はい、今月の報告をさせていただきます!5年間育成しておりました巣田馬という者を銭湯業務へ配置することに成功いたしました。その者は5年間の給与無し働いの予定でございます。そして、年間目標90%の達成となります。明日はモーター工場へ男性一人、女性一人を配置予定でございます。報告以上となります!」
「よし、あと10%頼むぞ鬼霧。では、合唱初め!」
スーツ姿の男女30名が起立して叫ぶ。
「我々地下帝国株式会社は人手不足で困っている産業へ格安の労働力を提供し、皆様の幸せを作り上げます!」



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