落ちこぼれの死神

死神の仕事は生き物の命を絶つことだ。
命を絶つ対象を苦しませることなかれ、慈愛の心をもってあの世に魂を届けることをモットーとしながら今日も死神たちは仕事をこなす。
そんな死神たちの中で一人だけ、生き物の命を絶つことができない死神がいた。
その死神は、生き物の命を絶つ直前になって他人の命を絶つという行為に罪悪感を感じてしまうのだ。
そのせいでその死神は一度も仕事をこなせたことがなかった。
それどころか、命を絶つ行為を途中でやめてしまうので対象の生物を無駄に苦しめてしまうことが多く、他の死神からも白い目で見られるような日々を送っていた。
そんなある日、今日も命を絶つことができなかった死神は神様に呼び出されていた。
「神様、私は今までの失敗に対する罰は甘んじて受けるつもりであります」
自分のミスに対する罰を与えるために呼び出されたと思った死神は神様にそんなことをいった。
しかし、神様は穏やかな顔をしながら口を開く。
「あぁ、違う違う。今日君を呼び出したのは違うことなんだ。だからそんなに緊張し無くていい」
「それでは今日はこんな私に何の御用なのですか?」
すっかり怒られる気でいた死神は首をかしげながら神様にそんな質問をする。
すると神さまはにっと笑いながらこう答えた。
「今度、人間の担当をしてみないか」
「え……人間のですか」
死神は困惑した。
人間はほかの動物に比べて死ぬ要因が複雑な生き物だ。
他の動物と同じく寿命や病気でいる物もいれば、生存競争とまったく関係ないただの私怨で殺されたり、自らの意思で死んでしまう物もいると聞く。
だから人間の命を担当する死神は相当なエリート出なければ務まらないというのが死神たちの中の常識だった。
だからこんな落ちこぼれの自分に人間の担当をさせようとする神様の考えが理解できなかったのだ。
「どうして、私なんかに人間の担当を?」
「私が君にはそれが向いていると思たからさ、まぁ行ってみればわかるよ」



そうして、落ちこぼれの死神は神様に指定された人間の所にやってきたのだった。
「あぁ、どうして俺の人生はこんなに上手くいかないんだろ、……もう楽に死んでしまいたい」
死神が人間の所に着いたとき、神様に指定されて人間はそんなことを言っていた。
「確かに本人が死にたいって言っているなら、私の感じる罪悪感も薄くなるのかな。
私に向いてるってこういうことなのかな」
本人が死にたいと言っているなら殺してあげるのが本望だろう。
死神はそう思って自前の死神の鎌を人間の体にスッと入れる。
この鎌が体に入っていくたびに生物は死に近づいていき、段々死神を視認できるようになる。
「なんだ……これ、体が急に」
人間は自分に起きた体の変化に気づいて錯乱する。
「何がどうなって……なんだ、お前??その格好、もしかして死神か?」
人間が死神を見ながらそう言うので落ちこぼれの死神は答えた。
「そう、私は死神。あなたの命を絶ちにきた」
死神がそう言うと人間はさっきより取り乱して死神の鎌から必死に逃げようとする。
「暴れないで!あなたが苦しむことになる!!落ち着いてくれたらあなたの望み道理、楽に死ねるのよ!」
しかし死神の言葉なんてそっちのけで人間は涙を流しながら叫びだす。
「どうしてだよ!どうしてだよ!いつも他人からバカにされて。下に見られて!!まだ一度も誰にも認めてもらってないのに!!一度くらい誰かに認めてほしかった!!すごいって言ってほしかった!!!」」
その姿を見た死神は、今まで感じた中で最大の罪悪感を感じる。
そうして、人間の身体から死神の鎌を抜いた。
「また、殺せなかった……」
「え……」
人間は死神のその言葉に疑問の声を返した。
「また殺せなかった!殺さなきゃいけなかったのに!死神は生物を苦しめちゃいけなかったのに!!あなたのそんな顔みたら殺せるものも殺せないじゃない!!」
そうして死神は人間の肩を掴んで叫ぶ。
「あなたに何があったかなんて知らない!どうして死にたいって言ったのかなんて知らない!でも、死にたいなんて口走ったら私たち死神はあなたを殺しに来なきゃいけないの!!命を絶つっていう大きな責任を負ってここに来るの!!そうなると取り返しのつかないことになるのよ!!!ここに来たのが私じゃなかったらあなたは今頃死んでるわよ!!」
それは、落ちこぼれの死神の心の叫びだった。
そうして、死神は人間に向き合ってこう言った。
「いい?あなたがまだ生きたいなら私が何とかしてあげる。ただもしまたあなたが死にたいって言ったのなら……」
「その時は私があなたを殺すわ」



「神様、ただいま帰りました……」
「うん、お帰り」
落ちこぼれの死神は意を決して神様に訪ねた。
「神様、お願いします!今回の人間を生かしてあげてください!」
「いいよ~。もともとつもりだったし」
「え?」
神様のそんな言葉に死神は疑問の声を出してしまう。
そんな死神をよそに神様は語る。
「自分の死の間際になって人間は自分の出来なかったこと、やりたかったことを思い出すんだ。そうして、死ぬのを嫌がってしまう。しかし、今の生活が嫌なことばっかりだと、やりたいことも思い出せなくなってしまう。そうなると、もう嫌なことを感じたくないから死にたいと考えてしまう」
神様はそこまで言うと死神の方を見た。
「だから人間には君のような存在が必要なんだ。人間の命を絶つ死神ではなく、人間のやりたかったことを思い出させることができる死神が」
そこまで神様が語ると神様は死神に質問した。
「これからも君には、こういう人間達の所に行ってきてやりたかったことを思い出させてほしい。やってくれるかな?」
そう聞かれた死神は笑顔でこう返した。
「はい、わかりました。その大事な役目、私が務めさせていただきます!」



それから数年後、この世界で自殺をする人間が激減したという。
自殺をしようとした人間は決まってこういう。
「死神に助けられた」と。

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