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【大内家の野望 新生】 第15話:甲信地方平定戦〜下諏訪の戦い

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メールマガジン『ビジネス発想源 Special』にて約8年、400回にわたって連載し、AmazonのKindleストアで多く電子書籍化もされている、歴史から経営やマーケティングのヒントを学ぶビジネスコンテンツ『歴史発想源』

今年7月に新発売となったコーエーテクモゲームスの歴史シミュレーションゲーム『信長の野望 新生』を使って、その第1章「大内二代篇」の状況から天下統一を目指す番外篇「大内家の野望 新生」を連載しています。

・コーエーテクモゲームス『信長の野望 新生』

・前回の「大内家の野望 新生」第14話

▼第15話:甲信地方平定戦 〜下諏訪の戦い


■第六天魔王・織田信長との決着

大内家織田家の城を次々に奪って、当主の織田信長を美濃国、加賀国と北へ北へ追い出し、ついに能登半島の先の松波城(石川県能登町)にまで追い詰めた。

中部に覇を広げていた織田家も、1城のみにまで衰えた。

現在の最大兵力ランキング。織田家はあと1城で現兵力も1700程度のみ。引導を渡してやろう。東日本では関東の北条家・東海の今川家・東北の伊達家がほぼ無傷の第2位〜第4位を占めていて、武田家は大内家との戦いで兵力が半減している。

長尾景虎の北からの援護が効いてて、とっても助かる。

桜洞城(岐阜県下呂市)の攻略にかなり手こずったものの、同盟勢力の長尾家の援護もあって、少しずつ武田軍を後退させている。武田軍は松尾城(長野県飯田市)へ援軍を送っており、木曽福島城(長野県木曽市)に送る兵が不足しているようだ。

諏訪勝頼が城主の木曽福島城、落としたぞ。

そして約2万の弘中隆包隊の猛攻で、武田信玄の子である猛将・諏訪勝頼(後の武田勝頼)が城主の木曽福島城を攻め落とすことができた。

長尾景虎に再び林城を攻めてもらったのだが……

長尾軍に林城(長野県松本市)を攻めて援護射撃をしてもらうことに。長尾景虎が快諾して林城を攻めたため、武田軍は林城へと援軍を送り始めるが……

右から北条軍が武田領を通ってやってきたぞ。

いきなり東から北条軍が武田領内をズカズカと走り抜けてきた。なんだなんだ。なんと長尾軍が、林城とは別に葛尾城(長野県逆城町)を独自に攻めたため、武田家と婚姻同盟関係にある北条家が防衛にやってきたのだ。無傷の北条軍がここに絡んでくると、今後ややこしいことになりそうだ。なんとかしなければ。

北の混乱のおかげで、南の松尾城を制したぞ。

林城や葛尾城など北の城に武田軍が援兵をしてくれたおかげで、南の松尾城が手薄になってくれて、戸次鑑連隊や明石全登隊が松尾城を落としてくれた。信州への天竜川ルートが開けてきたぞ。

林城を攻めて、長尾軍と念願の合流だ。

木曽福島城を得たことで、林城へ攻めるルートができた。ずっと長尾軍に攻めてもらっていたから、ついに長尾軍との挟撃が叶うことになる。武田家は葛尾城の防衛を同盟勢力の北条軍に任せ、林城に軍勢を集めてくる。この要衝は何としても落としたい。

西日本を台風が襲って、各地が洪水に困ることに。

西日本を巨大な台風が襲った。地下施設をきちんと建てていたこともあって被害が少なかった地域もあるが、堤防が決壊した場所や土砂災害に見舞われた場所は、すぐに対処しなければ。

松波城を落としたことで、能登半島の先端まで制圧。

そして、そんなタイミングで織田信長が籠っていた最後の城・松波城を攻め落とした。長い戦いであったが、これで大名家としての織田家は滅亡となった。

大名家としての織田家は、ここに滅んだ。

最後の城が落ちたことで、最後まで織田信長に従っていた将たちが全員大内家に降伏し、37名を家臣として迎えることになった。木下秀吉(後の豊臣秀吉)、明智光秀柴田勝家竹中半兵衛島左近佐々成政……、名将がたくさん揃っている。

織田家37名の武将が大内家に加わることになった。
第六天魔王・織田信長もついに大内家に屈することに。

そして何より、当主・織田信長も大内家の一家臣に加わったことが大きい。全国1位の政務100、2位の統率99、それに知略が95の武勇88で総合能力値で言えば全武将の中でトップ。さすが『信長の野望』のタイトルになっているだけはある英傑。そんな織田信長がついに臣下となったのだ。


■難攻不落の堅城だらけの北信州

東日本攻略のため、本拠地を京都から東へと移そう。

信濃国へと深く入っていたことで、本拠地である京都の二条御所から前線がかなり遠くなっている。東日本攻略のためにも、本拠地はさらに東に移しておきたい。しかし移設予算もあまりないので、観音寺城(滋賀県近江八幡市)に移しておくことにしよう。お金ができたらまた東へ行こう。

政策もいろいろ。ひと通り進めておく。

政策には様々なものがあるが、特に重視していたのが「制度改新」と「裁量権移譲」。金庫に余裕があればどの制作も少しずつ進めておく。「統治療法」というのもあるが、兵力の回復速度が速くなるものだから軽視はできない。

武田信玄が松尾城を急襲。めちゃくちゃ強ぇな……。

織田信長を能登半島で攻めていることに気を取られているうちに、武田信玄とその弟の武田信繁が松尾城を包囲して猛攻。城兵が少なかったためあっという間に城を奪われてしまった。いつの間に北の林城から南のここに移動してきたんだっ。

林城を狙う弘中隆包隊が山本勘助隊を蹴散らす。

しかし、武田信玄が離れたのならば今の林城は狙い時だ。弘中隆包隊が山本勘助隊を蹴散らして林城を包囲。

林城を奪取。ようやく長尾家の力を借りずに落とせた。

そして弘中隆包隊が林城を落とした。これまで長尾軍に攻めてもらって取ったり取られたりを繰り返してきた林城だが、ようやく大内軍が自身の力で勝ち取ることができた。さらに信濃国の中心に切り込んでいくぜ。

上原城を狙う。前田慶次も武田信繁との対決が楽しみな様子。

次に狙うのは上原城(長野県茅野市)だ。ここは武田信玄の弟・武田信繁が城主である。「敵は音に聞こえし猛将・武田信繁。相手にとって不足はござらぬ!」と、織田家からの降将・前田慶次もたぎっている様子。当主・大内義尊の本隊8000を含め約11,000の兵を上原城へと進める。

武田家の本拠地である躑躅ヶ崎館が東に見えてきた。

上原城を落とせば、武田家の本拠地である躑躅ヶ崎館(山梨県甲府市)を一直線で狙えるようになる。甲斐国(山梨県)に攻め入るにはどうしても押さえておかなければならない要所だ。林城からも木曽福島城からも兵を回す。

砥石城も大内軍がいただくぜ。

葛尾城は長尾家が北条家による援軍を蹴散らして手に入れていた。ならばそれより先に、大内家が砥石城(長野県上田市)を攻め取ることにしよう。能登や加賀からも兵を回して、総勢2万の軍勢で攻める。

砥石城の近辺で一気に扇動をやってしまう竹中半兵衛。

旧織田家の知将・竹中半兵衛が砥石城にて一揆の扇動を仕掛ける。寮内で一揆が起こるため、城から出て鎮圧しに行かなければならない。そこを狙って一気に砥石城を狙うぞ。

すぐ近くの小諸城も一応攻めておきましょうかね。

その東にある小諸城(長野県小諸市)にも、砥石城と一緒に兵を回しておくことにする。北の2城が攻められれば、武田家も本国である甲斐国から援軍を出さなければなるまい。そこで手薄になった甲斐国を攻める。

武田信玄の本城・躑躅ヶ崎館周辺にも謀略を仕掛ける。

信濃国内を武力で攻めている間、武田信玄の本城である躑躅ヶ崎館など甲斐国の諸城に一揆扇動などの調略を仕掛けていく。一揆が領内で起これば、鎮圧のために城から兵を出す必要がある。さっそく、甲斐の諸城からは援軍や一揆鎮圧のために兵が出ている様子。

上原城から飯富昌景が飛び出してきた。

砥石城を攻めると同時に、若殿・大内義尊が自ら上原城へ向けて進軍。上原城から猛将・飯富昌景(後の山県昌景)が防戦のために約3000の兵で出撃してきた。

大内義尊vs飯富昌景、「下諏訪の戦い」開戦。

大内義尊と飯富昌景が諏訪地方で激突。「下諏訪の戦い」の始まりだ。飯富昌景こと山県昌景は後に武田四天王と呼ばれ、井伊の「赤備え」のルーツとなった猛将だ。武勇96、統率93という高い能力値を持つ。兵力差は3倍ほどあるが、気を引き締めていこう。

2部隊同士の戦いで盛り上がりに欠けるが、戦う。

両軍2部隊ということで、正面攻撃しかない。黒田官兵衛隊は相手よりも若干兵数が少ないが、多勢の大内義尊隊が一隊を滅ぼしてすぐに飯富昌景隊を挟撃。

「下諏訪の戦い」は、大内義尊の完全勝利に終わった。

飯富昌景隊、1兵も残らずに壊滅。大内義尊軍が圧倒的勝利だ。飯富昌景は一人で敗走し、上原城に残る1300の兵とともに籠城。

上原城より先に、南の松尾城を落としてしまった。

その直後、松永久秀隊と堀立里隊が松尾城を攻め落とした。これで天竜川を攻め上がるルートが確保できた。

次は高遠城を目指すぞ。

まだまだ同盟勢力の今川家の領地を通過させてもらうけど、次は松尾城から天竜川を上った高遠城(長野県伊那市)を攻める。ここが取れれば、上原城への天竜川ルートも完全確保だ。心置きなく甲斐国へ攻めていける。

大内家の軍師勢、張り切って謀略かけまくり。

竹中半兵衛も宇喜多直家も、大内家の軍師たちは張り切って謀略をかけまくる。上原城への一揆扇動もプレゼン争いだ。そしてそれらがことごとく成功して、武田領はあちこちで一揆が起きまくる。

上原城もついに大内軍の手に落ちた。高遠城より早かった。

飯富昌景の守る上原城はもはや力尽き、大内軍の前に陥落した。これで甲斐国への進入ルートが確保できたぞ。現代で言えば中央自動車道を使えるようになったようなものだ。

高遠城へは北からも南からも攻めていく。

一応、後顧の憂いを除くためにも高遠城は落としておきたい。南の松尾城からも続々と兵が来るが、北からも弘中隆包隊などが高遠城を攻める。

高遠城、陥落。これで甲州への進軍に集中できるぞ。

南北からの猛攻で、高遠城はあっという間に大内軍の手に落ちた。これで信濃国は大半が大内家のものとなり、敵本国・甲斐国への進軍に集中できることになる。

いよいよ武田家の本城・躑躅ヶ崎館へ進軍だ。

北の砥石城や小諸城がまだ落とせてはいないが、上原城を手に入れたことで躑躅ヶ崎館へのルートが開けた。武田信玄が城主である本城・躑躅ヶ崎館へ一気に攻めていこう。甲斐の虎・武田信玄との決着だ。

(第16話へつづく)


【武将名鑑】(15)織田信長(おだ のぶなが)
尾張国の戦国大名。駿河国の大大名・今川義元を破ったのを皮切りに、美濃国の斎藤家を滅ぼし、将軍・足利義昭を奉じて上洛して室町幕府の復興に努めた。足利家との決裂後、畿内を中心に勢力を広げていくが、家臣の明智光秀に「本能寺の戦い」で討たれてその生涯を終えた。


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