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海外就職に必要な英語力とは〜その1

このブログの読者の中には「アメリカの大学で働くWilly氏は英語が得意だろう」と想像している方もいるかもしれないが、おそらく私の英語力を知ったらひどくがっかりするだろうと思う。それではなぜ、たいして英語の出来ない自分がずっとアメリカで働けているのかと言えば、一番大きいのは仕事による要求水準の違いがあるからだ。

私が低い英語力で米国で大学教員をできているのは、統計学という分野がそこまで英語力を必要としないからだ。私の専門分野に近いところでは、米国の大学で教員をする場合に必要とされる英語力は以下のような順序になる。

ビジネス、政策 > 経済学 > 工学 > 計算機科学 > 統計学 > 数学

私がビジネススクールの教員ポストの面接を受けに行った時には、あからさまに「英語のコミュニケーション能力が不十分」という烙印を押されたように感じたし、統計学科では内定は貰えたものの英語に関して少し注意が必要といった主旨の事を言われたこともある。一方で、うちの大学の数学科では、採用候補者の英語力について議論することはほとんどない。数学のように論理が明確な分野と、他人を説得することが仕事であるビジネスや政策関連の分野では、要求される英語力が異なるのは必然である。

見方を変えれば、これは外国人が海外で働く上では分野を選ばなければならないということでもある。経済政策を専門とする人がビジネススクールで教えるのは大変だから経済学科で働こうとか、計算機科学の人が外国人でもハンディを感じないように理論的な分野を選ぼうという選択はそれほど珍しいものではないだろう。

さらに言えば、要求水準の違いは分野の違いだけではない。私がPhD新卒として就職活動した際には、米国、英国のほかシンガポールや香港の大学も受けに行ったが、英語の要求水準を国別に見れば、

米国、英国 > シンガポール > 香港

であることはほとんど明らかである。ほぼ全ての国民が英語を母語とする米国、国民の多くが英語を母国語としながらも他言語国家であるシンガポール、中国語を母語とする人が大半の香港では、当然ながら英語の要求水準は変わってくる。

同様にして、国際機関で働くのに最低限必要な英語力は米国の政策立案機関で働くのに必要な英語力よりも低いのではないかと推察される。様々な国の人が集まる場所では、皆が英語を外国語として使うことを理解しているからだ。

英語の要求水準は、職種や立場の違いにも多いに影響される。企業や大学のスタッフや一般大学教員レベルの仕事であればノンネイティブの外国人でもあまり問題がないが、管理職についたり更には起業をしたりという事になってくると、必要な英語力の水準は格段に上がる。運良く現地企業に就職をしても管理職になるのが関門になることは多いし、アジアからの移民第一世代による起業家に英語力の高いインド出身者が多い事にかんがみても、こうした差は無視できないと言えるだろう。

働く際の周りの環境というのも、英語の要求水準に影響してくる。例えば、本来は数学を教えるのに英語力は必要ない。数学はどの国の言葉でやっても基本的に同じだからである。文末決定性のある日本語話者でさえ「A=B」を見た時にわざわざ、「AとBは…等しい!」などと述語の「=」を文末に持ってきて考える人は少ないだろう。それでも英語力が必要となるのは、英語話者の学生が「英語ができない外国人が教えてるせいで私は数学が分からない!」と考えるからなのだ。また、言語の違いに起因する文化の違いが理解の壁となることもある。

そう考えていくと、例えば米国の大学で日本語を教える際に要求される英語のレベルが高くない事が理解できる。理屈の上では、言語そのものを教えるためにはビジネスや政策について語るより更に高い語学力が必要だが、よほどの事がない限り日本語を学びたい学生が日本人講師の英語力に文句をつけることはないだろう。

こうしたことは一度説明されてしまうと当たり前だが、海外に渡る前にこうしたことを適切に理解している人は案外少ないのではないだろうか。例えば、日本から米国トップレベルのMBAに留学しても米国企業で良い仕事に就くのは至難の技だが、そもそも米国での就労を目的にするのであれば、MBA進学自体が最適解からは程遠い。会計、アクチュアリー、経済学、コンピューターサイエンスなどの分野からビジネスにアプローチした方が明らかに勝率が高いだろう。別の例を挙げれば、高卒から海外移住を夢見て進学する人にとっては、シェークスピアを原書で読むことにはほとんど価値がなく、日本の高校レベルの数学や物理、化学をきちんと身につけておく方がずっと価値がある。

海外就職の際の問題は英語力そのものではなく、自分の英語力と専門性の組み合わせに付く市場価値なのである。

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