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危篤の知らせをうけてから、、、

今日は危篤の知らせを受けてからの私の心の変化を書こうと思う。

母が再々発をして、化学療法の治療が難航を極めるようになってからもうほぼほぼ私の心の中で母はもう死への道のりからUターンをして奇跡的に健康体にに戻ることはないんだ、という事実は真摯に受け止めていた

治療がしんどくてしんどくて大変だった時に一度実家へ帰り10日ほど母の面倒を見た、というとおこがましい。 母の話し相手になった。 多分年内に葬儀を上げることを覚悟していたので二人の娘たちを葬儀に出席させるのか、それともまだ生きているうちにもう一度大好きなバァバに合わせてあげるのか悩んだ結果、夏休みに再度日本へ2週間帰国し、毎日母が入院している病院へ娘たちと一緒に見舞いを続けた。

母は元来気丈な人なので、弱音は決して言わなかった。 「来週には退院するから!」「何毎日病院来てるのよ!どっか遊びに行っておいで!」と言い続けてくれた。 

本当は私たちがいる間に退院ができることになるはず、だったのだけれど、そうはならなかった。

2週間の帰国が終わり、出発をする日がまたつらかった。 母が電話で「今日帰っちゃうんだね。私、寂しい。」と言って泣いた。

その日、病院へ行くと母は薄化粧をして私たちを待っていてくれた。 病気になりやせ衰えてしまってからは写真を撮られるのをずっと嫌がっていたのに母が「最後にみんなで写真撮ろう!」と元気に振舞ってくれた。

その写真を見るたびにいまでもあの時の母の一生懸命無理して元気に振舞っている姿が思い起こされる。

しんどい体を起こして帰りにはエレベーターホールまで私たちを送り届けてくれた。 必死に涙をこらえて私の手を握り「またね。」と言う母。

私は「また会えるから。」の気持ちを表明するためにも母の前では涙を流さないと決めていた。

ずっと私たちに手を振り続ける母。 閉まるエレベーターのドア。 エレベーターがしまってから私は娘たちの前で大泣きをした。

(母に会えるのはこれが最後なのかもしれない。)

自分の家に帰宅し、予てから決まっていた引越しの準備をし、引越し、転校、進学とめざましく私の環境は変わって言った。

母からのメールの返信は少しずつテンポが遅くなり、文章はどんどん短くじなっていった。

その代わり、父からの連絡が多くなった。

「また熱をだした。」

「他の検査をするんだって。」

「来週は退院できるかも。」

「やっぱり熱が上がって退院できなかった。」

「また輸血だって。」

「薬が変わるって。」

「今日、お母さんが病室でころんだ。」

「今日もまたお母さんが病室で転んだ。」

「今日もまたお母さんが病室で転んだ。 時間の感覚とか記憶とかが曖昧になって「今日〇〇は子供達と一緒に来ないの?」なんてお前がまだ日本にいると思っているんだよ。」

それから数日後、

「今日担当の先生があと2−3日、持っても4−5日だって言われた。 俺、今日から病院に泊り込むから。」

と連絡があった。

私はずっと覚悟していた連絡がきたと足の裏がひんやりとするような思いになった。

ずどーん、と真っ暗になったような。

そんな感じ。

遠いし、夏休みに「最後」を予感しつつ会いにいったし、葬儀にだけ出席しようと思っていた。

でも、なんども、何度も自分に問いかけてみた。「本当にそれでいいの?」「今お母さんが私にしてほしいことってなんだと思う?」

そこで父が言っていたことを思い出した「お前たちがまだ日本にいると思っているみたいなんだ。」

そして母の最後の電話「私、寂しい。」

「母はきっと今とっても心細い思いをしているはずだ。」あれだけ仲の悪い父しかそばにいない。 今ここで私が母の生きているうちにもう一度会いにいって「心配しなくて大丈夫だよ。」と言ってあげなかったらきっと私は一生悔いるに違いない。

でも、仕事の代行を誰かに頼まなきゃいけないし、金銭的に子供達を連れて帰る3人分の飛行機代を出せる余裕はない、子供達をおいて行くには面倒をみてくれる友達にお願いをしないといけない、、、

でも、私が「母が危篤になった。 日本に帰りたい!」と言っただけで私の周りの友達、仕事仲間が私を救い上げるように全てを取り仕切り、私は飛行機に乗ることができた。

Trust Fall という儀式がポジティブシンキングやスピリチュアルな集まりで行われることがあるけれど、まさしくそんな感じだった。

「お願い助けて!」と私がみんなを信じて一任することで多くの人たちが「大丈夫!しっかりやっといて上げるから!」と落ちてくる私を支えてくれたような感じだった。

母が死んだ理由はよくよくわかっているのだけれど、やっぱりまだ「どうして母は死んでしまったんだろう。」と思う。

会いたい。

私は少しでも母の心を慰めることができたのだろうか?







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