見出し画像

「因果なアイドル」第4話「名前」

第3話はこちら

 翌日、霧人は授業が終わるとすぐに学校を出て、マナとノゾミが待つ事務所に向かった。今日は事実上、バイトが休みのため、勉強をする時間は確保できると踏んでいた。
「あ、来た来た」マナがビルの前で手を振っている。
「今日はよろしくお願いします」ノゾミは頭をさげた。
「役に立てるかどうかわからないけどね……で、どこで買うの?」
「近くのショッピングモール」マナは言った。「品揃えが豊富だから、色々選べるし。去年のお酒もそこで買ったから」
 ショッピングモールには、徒歩で十五分ほどでついた。マナとノゾミはマスクをつけ、頭からフードをかぶった。
「大変だね、アイドルって」
「たまにバレることがあるからね、仕方ないね」これだけはさすがに面倒、とマナは嘆いた。
 霧人たちはまず紳士服売り場に向かった。「実用的なものがいいんじゃないかな」と霧人が言ったからだ。
「ネクタイとか、どうかな」ノゾミが言った。手に持っているのは、濃紺のネクタイだ。
「いやいや、社長にはこれでしょう」
 マナが見せたのが、かわいらしい猫をちりばめた柄のネクタイだったので、霧人とノゾミはふきだしてしまった。
「さすがにそれはないと思うけど。社長に絶対似合わない」
 霧人が言うと「ギャップ萌えって大事だとおもうんだけどなあ」とマナはネクタイを戻した。
「考えてみるとさ」マナは言った。「社長って、結構高いもの身につけてるのよね。スーツも靴も腕時計も」
「あー、打ち合わせとかのときになめられないようにするため、て言ってたね」ノゾミが言った。
「スーツは男の戦闘服、て父さんも言ってたなあ」
「霧人はお父さんにプレゼントとかしないの?」マナが訊いた。「参考にしたいから、教えてよ」
「……昔、ネクタイピンを贈ったことあったけど」
「今年は?」
「いや、その……うち、父さんもういないから」
 言いにくそうにする霧人を見て察したのか、マナはあわてて口を押さえ、「ごめん」と小さな声で謝った。
 ネクタイピン、ハンカチ、帽子など、色々考えてはみたが、なかなか決まらなかった。食べ物はどうかという意見も出たが、残らないものは贈りたくないし、第一社長の好みがわからない、と却下された。
「ちょっと休もうか」ノゾミが言った。「頭を休ませたら、いいアイデア浮かぶかも」
 三人はショッピングモール内にある休憩スペースに向かい、自販機で適当にジュースを買って腰をおろした。日はかなり西に傾いており、もうあまり時間がないことを暗に知らせていた。
「マナって水ばっかり飲んでるよね」霧人が言った。「大変だな」
「そう、アイドルは大変なの」マナは小声で言った。「こうやって顔も隠さないといけないし」
「だからマスクとかサングラスとか、普段使うものはいつも持ってるのよ」ノゾミは言った。「かさばるから、本当は持ちたくないけど、仕方ないんだよね」
 普段使い。その言葉に、霧人はぴんと来た。「ねえ、社長のスケジュールってどうなってるの?」
 え? とマナとノゾミは声をあげ、スマホのスケジュールアプリを起動させた。社長のスケジュールがすべて入っているわけではないが、事務所にいない日にはチェックを入れているようだ。
「植田さんや田中さんがいるときは、だいたい事務所から出てるわね」マナが言った。「たぶん、番組プロデューサーとかと打ち合わせしてるんだと思う。うちは人が少ないから、すべてを田中さんがやるのは無理なのよ」
「事務所にいるときは、だいたい事務仕事をこなしてると思う」望みが補足した。「AIを使いこなす人だからまわってるけど、かなり大変なんじゃないかな」
「退社するのは早くても午後十時」霧人は顎に手を当てた。「朝は何時から? おそいの?」
「五時には出社してるって、田中さんが言ってたっけ」だよね、とマナはノゾミに同意を求める。ノゾミはうなずいた。
「家族は? 結婚してるとか」
「ううん、独身。家族も、亡くなったお父さんだけで、きょうだいはいないって聞いたことがある」マナがこたえた。「それがどうかしたの?」
「いや……ちょっと思いついたことがあって」霧人は頭をかいた。「普段使いできて、役に立って、社長が喜びそうなもの」

「社長、お誕生日おめでとうございます!」
 パァン! とクラッカーが事務所に鳴り響く。続いて拍手。
 三人でプレゼントを選んだ翌日、霧人たち三人は谷川より一時間早く出社し、事務所に簡単な飾りつけをして待ち構えていた。
 頭にかかったクラッカーの飾りをつまみながら、谷川は「そういえば去年もこんなことあったな」とつぶやいた。
「だって、学校のあとだと、おそくなるし」マナが言った。「社長がつかまらない可能性もあるじゃないですか」
「それもそうだな」
「で、社長、ケーキが冷蔵庫にあるうえに、プレゼントもあります」じゃん、という声とともに、マナが大きな袋をさしだした。赤いリボンのついた袋だ。
「ほんの気持ちですが、使ってください」霧人とノゾミが言った。
「……開けてもいいか?」
 どうぞどうぞ、と三人が言うと、谷川はプレゼントを机に置き、包みを開けた。
「これは」
「きっと、社長の役に立ちますよ」マナが言った。
「あの、発案は霧人君なので」ノゾミが補足した。「中身は私とマナで選びましたけど」
 三人がプレゼントとして選んだのは、安眠グッズだった。目をあたためて休めるアイマスクに、有名温泉を体験できる温浴剤、足の裏から疲れを取るシート、そして……
「抱き枕」谷川はつぶやいた。「妙に大きいと思ったら」
「それを抱いて、ゆっくり寝てください」マナが満面の笑みを浮かべた。「私たちが選んだものですから、どんどん使っちゃってください」
 谷川はしばし無表情だったが、ふっと笑みを浮かべ、声をあげて笑いだした。谷川のこんな顔は見たことがなかった。
「ありがとう」谷川はすなおに礼を言った。「去年に引き続き、悪いな」
「いいえ、社長にはお世話になってますから」マナは腕を組み、誇らしげに鼻から息を吐いた。「でも、たまには休んでくださいよ。あんまり夜おそくまで仕事してちゃ駄目です」
「そうは言うがな」
「植田さんや田中さん、私たちには時間のことうるさいぐらいに言うくせに」
「せめて今日ぐらいは、早めに帰ってゆっくりしてください」ノゾミが言った。
「……ああ、そうだな。できれば、そうさせてもらう」谷川は霧人を見て「すまないな、こんなことにつきあわせて」
「いえ、僕の方こそ、喫茶店の方ほったらかしにして」
「いや、いい。ありがとう」谷川は微笑み「登校までまだ時間があるだろう。ケーキを切ろう。コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「あ、私切りまーす」マナが手をあげた。
「じゃあ私がお茶いれます」ノゾミが言った。「霧人君は何がいい?」
「じゃあ、紅茶で。社長は?」
「コーヒーで頼む。砂糖とミルクはたっぷりいれてくれ」
「ケーキ食べるのにですか?」マナがふきだした。
「悪いか?」谷川の眉間に少し縦じわが寄った。
 いいえ別に、と言って、マナは笑った。
 谷川をふくめて四人、しばらくケーキを食べていると、植田と田中が出社してきた。「あら、おいしいもの食べてる」「俺のことほっぽって何うまいもん食ってんすか」と言うので、ちゃんと冷蔵庫に置いてある、と伝えた。
 登校時間になったので、霧人たちは事務所を出た。
「早起きしたから眠い」マナは大きなあくびをし、「今日は保健室でさぼろうかな」
「そんなんだから学業にさしつかえるんだろ」
「う」
「今度、霧人君に本格的に勉強教わらないとね」ノゾミが苦笑した。「でも、私も眠い。ちょっと疲れてるかな」
 霧人たちは駅でわかれた。眠いのは霧人も同じで、電車内でうっかり寝てしまわないようにしないと、と気を引きしめた。
 気を引きしめても、あくびは出てしまう。大きなあくびをしたところで、ぱたぱたと足音が近づいてくることに気がついた。
「霧人っ」
 振り返ると、マナが息を切らせて立っていた。
「どうした?」
「言い忘れたことがあって」マナは少し顔を赤くし、小さな声で「その……ありがとう」と言った。「霧人がアイデアを出してくれなかったら、社長はあんなに喜んでくれなかったと思う」
「そんなことないって。社長なら、二人からもらったものなら何でも喜ぶって」
「そうかもしれないけど、でもありがとう」マナは背中を向けた。「それだけ。じゃあね」マナは走り去っていった。
 現役のアイドルに礼を言われてしまった。このことをクラスの男子に話したら、妄想ととられるか、たこ殴りにされるかのどちらかだろう。
 そういえば、と霧人は思った。
 今日はマナもノゾミも、僕のことを「霧人」「霧人君」と呼んでいた。
 少し、距離が近くなったような気がした。

第5話はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?